第一章 一、じゃじゃ馬姫の旅立ち 3

 「————これがいいわ!」


 宝物庫の中でかがんで、なにやらごそごそとあさっていたサラは、嬉しそうに声をあげてがばっと身を起こした。


 その手には、古ぼけてはいるが、一際目を引く美しい剣が握られている。

 「見るからに、凄そうな剣」

サラは沢山ある剣の中からそれを選び、うっとりとした表情で見つめた。


 柄に掘られた金の竜は、まるで生きているように大きな口を広げ、激しい炎を吐いていた。

 その下に嵌められた青い玉は、どの宝石よりもキラキラと輝いている。

 見た事もない石だ。


 「中は、どうかしら?まさか、刃が欠けてたりして・・・・・」

 鞘から剣を抜き、サラははっと息を飲んだ。


 勿論、刃が欠けていた訳ではない。

そこに、思いもしなかった物を見て驚いたのだ。


 なんとその剣には、太陽の女神ラーザの姿が、驚くほど見事に彫られていた。それは鮮やかな色彩を放ち、刃の部分にまで及んでいる。


 サラは、こんな風に彫り物がされた剣など初めて見た。

 太陽の印を額に付けたこのラーザ神は、どの教会の絵よりも美しく力強い。


 これが自分の物になるのだと思って、有頂天になった。さっそく誰かに自慢したくなり、急いでモーンの所へ飛んで行く。


 「じい、じい、見て。これは私の剣よ」

 「また、そんなに走って・・・。なんと、裸足ではないですか。オスリアの姫ともあろうお方が、恥かしいとは思わないのですか」


 「うるさいわね、そんなのどうでもいいのよ。それよりこれ見てよ、素晴らしいと思わないこと?」

 モーンの言葉など気に止めず、サラは選んだ剣を高々と振り上げた。


 「—————こっ、これは。姫様、そんな大事な物を、無断で持ち出したりしてはなりませんぞ!」

 剣を一目見るなり、モーンが飛び上がる。


 「無断じゃないわ、お父様から貰ったの。こんな綺麗な剣、お前見た事あって?」

 オーラントから貰ったと聞いて、彼は尚更驚いた。


 「王は、何をお考えか・・・・。これは、世界に二つとない代物ですぞ。今はもうないとされている幻の石、月光石で作られた剣なのです。その青い玉は、原石を加工して磨いた物。そして原石を高温で熱し叩いて作ったのが、その剣なのです」


 モーンは、剣に触れるのさえ恐れ多いと言う感じだ。


 「遙か昔カライマ国では、月光石を加工する技術が発達していました。その石を溶かす為には、考えられないような高い温度を出さねばなりません。それは、木を燃やしただけでは、とうてい出せるものではなかったのでございます」


 熱っぽく語るモーンを、サラは鼻白んだ様子で見つめる。

 そんな古い話など、サラにとってはどうでもいい事なのだ。


 しかしモーンの方は、サラの様子にも頓着せずに話を続ける。


 「月光石の加工法を知っていた為、彼らの国はあのような強い国になったと、伝説では言われております。それはカライマだけの秘法で、どの国もその秘密を探ろうと必死だったと言う話です。まあ、月光石のとれなくなった今では、その秘法ももはや何の役にも立ちませんがな・・・・」


 こほん。一度咳払いをしてから、モーンは神妙な顔つきをした。


 「よいですか、その剣はラーザ様がお持ちになっていたと言う、太陽の剣を模したもの。ラーザ神をこよなく愛していた職人が、丹精込めて作ったに違いないのです。故に、それは神殿の神官達によって、奉納舞を踊る時に使われていました。何かの事情で王家の宝物となりましたが、かつては神殿で使われていた剣を、そのように無闇に振り回すなど、じいは感心致しません」


 サラは、ふんと鼻を鳴らした。

 折角の喜びに水をさされ、少しばかり不機嫌になっているようだ。


 「モーン、お前の演説はもう結構よ。じいがそんなにお喋りとは知らなかったわ。そりゃあ昔は神殿の剣だったかもしれないけど、今は私の手の中にあるのよ。お前は、骨董屋で見つけた何かを、遙か昔に遡って使っていた人が分かったからと言って、人の物だから使わないと言うの?そんなの、間抜けも間抜け、大間抜けよ」


 「姫様!」

 哀れな老人は、じゃじゃ馬娘を持て余して空を仰いだ。


 「よくもまあ、そんな口がきけるものですなあ。神も、あなた様の舌には呆れ返っておりますわい」


 「————あら、何を言ってるの。それこそ、私に神が与えた天分なのよ。神は、大いにその口を使いなさいと言っているのだわ。それが願いなのよ。だから私は、心おきなくそうしているの。世の中の人間がみんな慎ましく上品だったら、なんてつまらないのだろうと思うわ。見てご覧なさい、ダンドリアのロイヤ王子は賢くて善人だけど、冗談一つ言わないつまらない男だし、弟のガイヤ王子は逆にお調子者の馬鹿。誰もが彼らを讃えるけれど、私はちっとも偉いと思わない。お望みなら、厭味の一つでも言って舌を見せてあげるわよ。—————城の女達と言ったら、口を開くたびにロイヤガイヤと。本人も脳無しなら、周りも脳無しばかり。じいだってそうよ、事あるごとに結婚結婚って・・・・。本当に耳が痛くて仕方無いわ。そんなので耳が悪くなったから、もう何も聞こえない。馬鹿げた事で患わされるのは、御免こうむります」


 殆ど息継ぎもせず、一気に喋り切ったサラ。それっきり、彼女はモーンの話には耳を貸さなくなった。


 新しく得た玩具を振り回して、恐ろしい雄叫びをあげる始末。

 モーンは仕方なく姫から離れて、いつものように深々と溜め息を吐くのだった。

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