花曇工場からドロップキャンディ
長月瓦礫
花曇工場からドロップキャンディ
生まれてこの方、太陽が見たことがない。
煙突がずらっと並び、煙がもくもくとのぼっている。
いつも分厚い雲で覆われ、なかなか日が差さない。
特に工場のある区画は煙突から出る排気ガスのせいで、余計に空気が悪い。
電子楽器が奏でる音楽が常に流れ、人々の頭を狂わせる。
労働、労働、労働、それ以外のことを考えさせないようにしているのだ。
「私はアイツの絶望した顔が見れればそれで充分だったのよ?
それ以上のことは何も考えていなかったんだって」
電子楽器よりも高いキー、とても耳障りだ。
ロゼはロボットから零れ落ちるキャンディを袋に詰める。
花曇工場で生産されるキャンディは、主に富裕層に向けて売り出されている。
綺麗に型抜きされたものばかりで、少しでも傷があるとレーンから弾かれる。
「キャンディが欲しいならお金を払ってと言っただけなんだけどね。
もう本当にすごいのよ、目を血走らせてさ。
結局、警官にさらわれて死んでしまったんだけどね」
キャンディの大量摂取は禁じられている。
最初は健康のためだったり、仕事の効率化を図るために導入されたが、次第にそれの持つ中毒性に溺れることになる。
秩序を保つために警官が何人か派遣されているらしいが、キャンディ依存症患者を捕縛しているところしか見たことがない。
「アンタも気をつけなさいよ、キャンディは本当にすごいんだから……」
袋詰めをするロゼを見ながら、キャンディを口に放り込んだ。
仕事中は静かなのだが終わった途端に壊れたロボットのように勝手の会話を始める。
元々は富裕層の出身でこんなところで働くような身分ではないらしいが、何かしらの不幸があって、ここに転がり落ちてここにたどり着いたらしい。
その間に発狂して今に至る。
誰かに向けて話しているわけではないから、無視をするのが一番だ。
弾かれたキャンディは廃棄処分されるのだが、それでも食べられないわけではない。
傷物だったとしても、キャンディはキャンディだ。
廃棄処分されるより誰かに食べてもらった方がいいに決まっている。
花曇工場の労働者たちは売り物にならないキャンディを持ち出して、最下層の貧民たちに売り込む。
最下層に住む住民にとって、キャンディは嗜好品だ。ゆえに、法外な価格で売り込んでも誰も文句は言わない。
彼らは適正価格というものを知らない。
「らっしゃいませー、キャンディはいかがっスかー」
電子楽器の音色は変わらず、狂った音楽があふれている。
ここから抜け出せさせまいと見えない檻に閉じ込めている。
工場での仕事が終わると色とりどりのキャンディを袋に詰めて、街の一角で売り込む。下層は空気がたまりこみ、どんよりと重い。
通りを歩く人々の表情も心なしか暗い。
しかし、キャンディを見るや否や、誰も彼もが重そうな体をテキパキ動かして買いにくる。目の色がキャンディの色に変わる。
「お客さん、一個千円ね。分かってるでしょ? お金は支払ってくれないと困るよ」
腕を伸ばしてくすねようとする客から逃げる。
金のない依存者に用はない。
不満そうに無言でうなずいて代金を支払った。
「私は鏡よ。どんな姿にだってなれちゃうんだから!」
甲高い声を上げながら、少女がキャンディが入った袋を掴む。チープなアニメの魔法少女になりきって、クルクル回る。
貧困層に手を差し伸べるヤツはいない。
キャンディの持つ魔力に取り憑かれて元に戻った人間はいない。
「ハイハイ、ひとつ千円ね」
「人間どもが抱く欲望を写す鏡なの。
だから、アンタのワガママが全部叶ったの」
少女は千円札をゴミのように投げ捨てた。
何かのシーンを再現しているのか、ずっと喋っている。
壊れたテレビのように、同じシーンを繰り返している。
「前髪切るところから始めなさい。
そんなんじゃ何も見えないわ。いいわね?」
壊れた少女に手を差し伸べる人はいない。
背後から近寄る影にも気づかず、少女はただ、一人で喋り続ける。
花曇工場からドロップキャンディ 長月瓦礫 @debrisbottle00
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