第6話 君は誰

「去年の受験問題が数字だから、今年は言葉か……? それか言葉の中からの選択式も有り得るな。だんだん傾向も変わってるから……」

 休憩時間中、スマホをスライドさせながらあさひはずっと独り言を呟いている。その顔には眉間にシワが寄っている。

「あさやんどうしたの?」

 台所に入ってきたばかりのマワリは状況が分からず、あさひの向かい側に座っている真珠に聞いた。

「あさひ先輩、今年の試験の傾向を探っているんや。デザイン科は突拍子もない出題にも対応せなアカンからな」

「え!? あさやん、デザイン科なの?」

 モネと言えば色彩に特化した表現と、油絵の滑らかさが生きる画面のイメージが強かったマワリは思わず聞き返した。デザインといえば、アクリル絵の具やソフトでのパッキリとした塗り方が特徴だ。そして、印象派と全く傾向が違う。

「あぁ、意外に見えるだろうな。アタシ、東京にある私立のグラフィックデザイン科志望なんだ」

 スマホで大学のホームページを見たマワリはすぐに分かった。私立の美大の中ではデザイン科が有名で、就職には有利な大学だ。デザイン科を目指す学生なら一度は夢見る大学だろう。

「ここなら就職先にも困らないからな。もう金がなくて絵が描けなくなる生活は懲り懲りなんだ」

「でも、なんでデザイン科? あさやんの実力ならどこだって受かると思うよ。それこそ東京なら国公立大学でも……。それに日本画の方があっている気がするんだけれど」

 失礼な質問ではあるもののマワリは聞かずにはいられなかった。良くも悪くも彼女は絵が好きという気持ちだけで美大を目指している。両親は私立でもいいと言ってくれていることもあり、志望校は最終的な実力で決めようと考えていたのだ。

 だからこそ、あさひが将来のことまで考えて志望校を決めた理由を聞きたかったのだ。

「アタシもさ悩んだんだよ、最初は。でも、ある日グラフィックデザイン科の受験作品を見てさ。それがすっげーカッコよかった」

 その横顔は感動を思い出してか高揚している。そして、噛み締めるように口元が滲んでいた。

「デザインは、色使い、テクニック、構図……全てが誤魔化せない。だから決まった時はいいデザインが出来上がっているんだよ。それが気持ちいいんだ。アタシら印象派は結局はリアリズム。前世はそこにあるものを描いていたけど、グラフィックデザインってさ、メッセージ性が強いんだ。そして、個性がある。みんな同じ出題なのに回答は全く違う。目の前にある景色は誰にも描けるけど、デザインはその人にしか出来ない世界なんだ。アタシはデザインに、可能性を感じた。印象派の展覧会を初めて開催した時みたいにな」

 その言葉は印象派をまとめ、先陣を切って発展させたモネの生まれ変わりだからこそだった。転生者であっても、今世も同じような生き方をしなくてもいい。古い価値や技法にこだわっていることよりも、新しいものを求め、自分らしさを貫いて作り続けたい彼女らしい理由だった。

「デザイナーになって金稼いだら、睡蓮とスミレが綺麗な庭のある家に住んで、チョコみたいな可愛い犬飼うけどな」

 その笑顔は眩く、自信に満ち溢れていた。

「あさひ先輩、ええ夢持ってるやろ」

「うん。あさやんのデザイン、色が綺麗なんだろうな。女子人気高そう」

 まだターゲット層は考えてないけどな、とあさひ。マワリは真珠にも志望校と理由を聞いた。

「まこりんは志望校どこなの?」

「京都の大学の日本画専攻やな。せっかく日本に生まれたからな。日本画習いたいんや」

 真珠の志望校は日本画で有名な市立大学だ。日本にあるいくつかの芸大とも連携をとっているのが特徴だ。そして、京都は大阪からも近い。

「まこりんは現世すごく楽しんでいていいね。あさやんも将来のこと考えてるし。ボクは、ただ絵が好きなだけで大学目指してるから恥ずかしいな」

 そう苦笑する彼女に二人はこう言った。

「もし、志望校悩んでるなら磁水先生に相談すれば? アタシも磁水先生から話を聞いて決めたしな。やっぱり卒業生の言葉が一番わかりやすいし」

「先生、あさひ先輩の志望校の卒業生やからな。それに如月さんも有名な大学に通ってるから参考になると思うで」

 その言葉にマワリは少しだけ元気が出た。そして、二人にお礼を言った。

「ありがとう! 聞いてくるね!」

 

 磁水とノアはアトリエにいた。二人でこの場所にある卒業生の作品の整理について話をしている。

「先生、ちょっと相談があって。その……志望校のことで」

 志望校の話は時としてナイーブな話題でもある。ノアが気を遣って部屋を出ようとしたが、磁水が止めた。

「どうかしましたか?」

「その、二人はどうやって志望校を決めたのかな……と。ボクはただ絵が好きだから、油絵描きたいからしか理由がなくて」

「私の場合はデザイン科と最初から決めてましたからね。デザイナーとして活動するのは慣れてますから。如月さんの方が参考になると思いますよ」

 話題を振られて露骨に困った様子を見せるノア。講師として指導はしているものの、苦手意識を完全に持ってしまっているからだ。

 けれど、目を輝かせるマワリに良心には勝てなかったのか簡単に在学名と入学した理由を答えた。

「……東京にある国公立大学の彫刻科在学です。理由は何故かハッキリとは思い出せないんですが、彫刻が一番しっくりくるんです」

「超有名大学じゃん!! さすが君は才能ある人だからね!」

 前世のこと含めて素直に褒めたマワリに少しだけ彼はなにか引っかかったような顔をした。その違和感を尋ねようとしたものの、磁水の言葉の方が先だった。

「如月さんは現役合格ですからね。この画塾でも芸大の現役合格者は初めてです」

「現役!? 彫刻科倍率高いよね!」

 彫刻科となると大学も限られてくる。そして、日本では一番レベルの高い芸大だ。二人の顔を何度も交互に見るマワリは驚きが隠しきれていない。

「油画よりかは低いですね。最近はデザイン科の倍率が高くなってますから、芸大だと3番目ぐらいです」

「へえー!デザイン科の需要、年々高まっているからね。あさやんもデザイン科志望だし」

「睡庭さんは仕事を得るためにデザイン科を志望してますからね。デザイナー職をしていて思いますが、やはり安定していますし、転職やフリーランスへの道もあります。ただ、クライアントの意図をくみ取る仕事ではありますので苦手な方もいるのが事実です」

 ボクはまさにそれだ……。自分の好きなものばっかり描いてしまうんだよな。自分の中のブームに相手と合わせれないし。

「でも、ここの画塾は現役合格者が多いですから。わたしはそんなに凄くはないですよ」

 その控えめな言い方に彼女は少しだけ寂しくなった。

 やっぱり、君は記憶が無いんだね。ボクの知ってる君はきっと当然のように言うんだよ。自信があるからこそ、君は行動力があったんだ。フランスのアルルの町に日本を見出していたボクと、楽園を求めてフランスを出た君とでは何もかも、違うんだ。

「本来国公立の美大や芸大は浪人する方が多いです。けれど、あなたたちは人生二度目です。浪人では埋められない技術と人生の差があるのです」

 どこか元気の無いマワリを気遣った磁水なりの声掛けだろう。けれど、彼女の心の空虚さは、冷たさは、初めて訪れた年のフランスの冬のようだった。


「おかえり。なにか参考にはなったか?」

 台所に戻ると今日も菓子パンを食べているあさひだけがいた。

「うん……。あれ、まこりんは?」

「アイツは昼忘れたから買いに行ったよ。こりゃあ次の授業に合わないだろうな」

 ありとあらゆる不幸に巻き込まれる真珠に二人は苦笑いするしか無かった。そして、向かいに座ったマワリにあさひは元気の無い理由を尋ねた。

「今度はどうした? 元気ねえけど。また如月兄のことか?」

「うん。やっぱり何も覚えてないんだなって。あと、妙に距離感がある」

「そりゃあ、赤の他人としか見てないからな。それでも振り回されすぎだけど、もっと何かあるんだろ?」

 前世と併せても彼女より長く生きている分、あさひは見抜いているのだろう。マワリは言葉に詰まった。

 どうしよう。記憶を取り戻させたいなんて、言っていいのかな。でも、あさやんはノアのことを知ってるからヒントをくれるかも。

「記憶を、取り戻させたいんだ。ノアの」

 正直に言ったマワリにあさひは難しげな顔をした。

「それはまた、むちゃくちゃだな……。前世からのよしみか? それでもアンタら大喧嘩してるだろ」

「あまり知られてないけど、ボクが死ぬまで文通はしてたんだ。もうあんなこと二度と起こしたくないから会わなかったけど」

 黄色い家での共同生活の破綻をきっかけに二人は一切関わりを持たなくなったというイメージが一般的には強いだろう。けれど、それは間違いだ。二人は最後まで文通をし、ゴーギャンはゴッホにアトリエを開くことまで提案している。けれど、その時既に入院していたゴッホは迷惑をかけたくない思いから断ったのだ。

 そして二人は二度と会うこともないまま、互いの人生を終えたのだ。

「今は比較的、メンタルも落ち着いてる……落ち着いてるか……? だから会えたのか。いや、それはいいとして。記憶を取り戻したいのにはそれ相応の理由があるんだな」

 マワリは重々しく頷く。そして、誰にも話したことの無い理由を少しだけ明かした。

「ボクは前世ではずっと後悔していて、その度に自分が嫌になって、どうしていいか分からなくなった。ただ、死ねることしか考えてなかった。前世のことを思い出してからはずっとあの時の心残りだけが残っていて。それを伝えたいだけなんだ」

 実際、黄色い家での共同生活が解消されるきっかけにもなった耳切り事件。その後、冷静になったゴッホの後悔は深く、今でもその時の心情は書簡にも残されているのだ。

「……聞いたら悪いと思って聞かなかったけどさ。アンタら前世でなんでそんなに喧嘩ばかりしてたんだ?」

 話の流れ的にやはり聞かれることであろう。当時高齢とはいえ、モネは生きていた。そして、モネは画商であるテオとも繋がりがあった。色々知る機会もあったのだろう。

「うーん。まずは、お互い好みが真反対だったんだよね」

「そんなにか?」

「ボクが好きなものが相手は嫌いで、ボクが嫌いなものは相手が好きなんだよね」

 当時のことを思い出してか、彼女は少しだけ笑った。画家の好き嫌いが逆でよく大喧嘩をしていたと。

「逆にすごいなそれ。でも、画家同士は主張が激しいからよくある事じゃないのか?」

「お互い普段から喧嘩ばっかりだったからね。これはボクが悪いけれど、ゴーギャンの絵の悪いところ言ったし。塗り方のっぺりしてるって」

「それ言うなよ……。アンタ、物言いがハッキリしてるけどさ」

「あとで凄く反省したよ。今でも反省してる」

 印象派でも似たようなことがあったな……と思い出すあさひ。新古典主義に方向転換した友であり画家のルノワール。印象派と新印象派の仲を取り持とうとしたピサロ。印象派から抜け出して後に後期印象派を作り上げたセザンヌ。だんだんと仲違いしていった印象派のメンバーを懐かしみながらも、今はどうしているのか気になってしまった。

「じゃあ、あの事件の時は何があったんだ。そう些細な喧嘩じゃないだろ」

「あれは、大喧嘩した時ゴーギャンに『自画像の耳変な形してるな!』って出ていかれて『そんなに変って言うならこんな耳なかったらいいだろ!』って思ったところまでは覚えている」

 本人から直接、事の顛末を聞いたあさひは思わずツッコミを入れずにはいられなかった。

「いい歳したオッサン同士が小学生みたいな喧嘩をするな!」

 今で言うアラフォー世代の喧嘩とは思えない内容といえばそうだ。芸術家は自分の世界が大事で、自分が正しいと思っている、ナルシズムの強い人が多い傾向だから仕方ないといえばそうなのだが。

「でもさ、あの時は黙っておいたけどさ……。君も先生のこと言えないじゃん」

 マワリもずっと言いたかったことがあるのだろう。急に反撃され始めたあさひ。モネは生涯二人の妻がいたと言うが、再婚相手は不倫相手でもあったのだ。

「まあ……うん……そうだけどな……」

 けれど、彼女は苦笑はしたものの、すぐに真面目な面持ちになった。

「でも、アタシの方が愚かだよ。妻が死んでから後悔したんだ。もう人物が描けないぐらいには」

 もう人物が描けない。その事実はモネの生涯からしても事実だった。一人目の妻カミーユの死後、モネは二人目の妻の子供をモデルにした絵を描いて以降、人物の絵は一切描かなくなったのだ。そして、生まれ変わった今でも彼女は描いてないのだろう。

 あさひは遠い眼差しになる。どこか親心を感じる表情で前世の思い出を語った。

「あぁ、子供が生まれた時は幸せだったな。あんなにかわいい子が大きくなるのを見ることほど幸せなことはないと思ったし、今でもあの幸せを越えるものは無いな。あの頃は……みんな元気だった。過去に戻れるならお金より大事なものがあるだろってぶん殴りたいぐらいだ。なんで、アタシは金なんかとって側にいてやらなかったんだって」

 中流階級であるモネと、絵のモデルとして働いていたカミーユは身分差の恋愛結婚だった。互いの両親から反対されて結婚したため、貧しい生活も送っていた。絵を描く資金のために身重の妻を置いて親戚の家にいた事もある。今の倫理観ではバッシングを受けても仕方ない。

 生まれ変わった今、彼女なりに悔いているのだろう。その後、一家がどうなったかを知っているからだ。

「ごめん。軽率だった」

 マワリが謝る。彼女も前世のことが理由で人の絵が描くことが出来ないからだ。けれど、あさひは首を振る。

「いや、これはアタシの業だよ。今世は間違えるんじゃないぞって言われているのかもな。それに現代には妻の……カミーユの最期の絵が今でも残っている。墓だって。一人でずっと残してしまっている。でも、今は無理でも大人になれば、フランスへ会いに行ける。現代でも死んだ妻の絵を描いたなんて言う行動は狂気だのなんだの言われているけどさ。でも、これが画家としての生き方だし、愛し方なんだ。愛しい人の、死の色がついて行くあの絵を、残せてよかった」

 モネはカミーユの死顔を気づいたら描いていたというエピソードがある。それは評論家の間では狂気だと言われることもしばしばだ。けれど、画家はいつだって画家だ。愛し方もまた画家という己あってこそなのだ。

 深い沈黙が続いたあと、あさひは続けた。

「こういう話、真珠の前ではするんじゃねえよ」

 突然出た名前にマワリは首を傾げる。

「え、どうして?」

「フェルメールは不倫されたんじゃないのかって専門家では言われているんだよ。アイツ、本当に詳細なこと残さないし、意地でも残ってること以外は言わないから分からないけどさ。まあ、アイツは裏表ないから少なくともアタシらのことは嫌ってないからそこは安心しな」

 異性関係では決して褒められない前世の二人だ。嫌われてなかったことに安堵しつつ、まだ戻って来ない真珠の話を始めた。

「アイツ、前世から誠実だからな。前世じゃあ結婚するために改宗もしたし、今世も彼女の親が厳しいからって門限厳守で毎回送り届けてやってる。よくやるよ」

「まこりん、モテそうだよね。でも、絶対思わせぶりなことしないから女性からしたら好感持てるのもわかるな」

「それに考え方もしっかりしてる。あんなにチャラチャラしてるように見えるけど、自分の立ち回りも理解してる」

「フェルメールは市場価値を見極めてレンブラントみたいな劇的な絵から庶民派な絵に切り替えて描いてたからね。ボクには出来ないよ」

 愛する地元で画家として生き残るにはどうするべきか。そして、自分には何ができるのか。常軌を逸するほど青と黄色にはこだわった絵画からは到底、想像がつかないほどの弱者戦略があったのだ。

「この中じゃあ地頭でも、学力でも、一番頭いいのアイツだよ。何気に学力高い高校通ってるし。頭良くて、お嬢様の彼女……そこだけ言えば運いいよな」

「マワリちゃん、あさひ先輩、照れるやん!」

 後ろを振り返るとコンビニ袋を下げた真珠がいた。いつものように人懐っこい笑みだが、どこか照れくさそうだ。

「褒めてもなんも出んからなー」

 と、言いつつもお菓子の袋を開けて二人に1つずつあげた。画塾の人におすそ分けするために買ったのだ。

「クッキーだ! ありがとう!」

「こういう所なんだよ、お前は」

 小突きつつもお礼を言うあさひ。あさひの隣に座った真珠の姿は今日は何も巻き込まれてなさそうに見えた。

「帰ってくるまで遅かったけど何かあったの?」

「秘密」

「まーたそうやって今でもはぐらかす癖あるよな、真珠は。昼休憩終わるまでに帰ってこれたからいいけどさ」

 クッキーの小袋を開けて食べ始めるあさひと、スマホを少しだけ操作して戻した真珠。隣町から来ているあさひと、わざわざ大阪から来ている真珠にマワリは尋ねた。

「そういえばさ、二人はうちの学校に転入は考えなかったの?」

 万理一空高等学校は転生者であれば容易に転入可能だ。ただし、前世で学問や芸術において何かしらの功績を残したものに限る。そのため転入生も少なくは無い。

「アタシは今の学校が気に入っているからな。家政科、デザイン科が強い学校だから校則も緩いんだ。だから、この容姿でも怒られない。むしろ、メイク用品のシェアとかしてるぐらいだ」

 家政科はどの時代も一定数女性に人気の学科だ。服飾系や調理系の進路に強く、将来性もある。そこに加えてデザイン科があるとなると、更にだ。実際、この女子高校は情報系の学科も導入され、女性の社会進出に力を入れている。

「オレは学費と家から近いからやな。兄弟多いから早く家帰れる方がええんや」

「学費が安い学校だよね。兄弟多いとお金かかるし。じゃあ、あの猫はどうなったの?」

「うちで飼ってるで。バイト代から出しても飼う気やったんやけど、弟たちが気に入ってな。子守りしてくれてるから助かるわ」

 真珠が助けた子猫はきちんと家族として迎えられたようだ。写真を見せてもらうと、綺麗な青と黄色い目の白猫だった。

 そんな話をしていると休憩時間は終わりに近づいていく。転生者のこと抜きにしても仲のいい三人は話しながら教室へと戻って行った。

 

 午後の授業が終わり、他の生徒が帰ったあとアトリエで最近制作した作品の整理をしているノア。その作品から感じる色はかつての彼の色と今の彼の色とで混沌としている。マワリは一人帰らず、教室と繋がる扉の前でその様子をずっとただ見つめていた。どこか寂し気に。

「あの……一つ、聞きたいことがあってさ」

 あの時のように話しかける。あの時と違うのは不安げな顔だ。

「どんなことですか?」

 警戒するノア。ロリコンかどうか突拍子のないことを聞かれてから彼はマワリを避けるようになっていた。

「君は、作品を作っていて楽しい?」

「はい。この道に進んだかは覚えてないのですが、粘土を触ると何故か手に馴染みがあるんです。それに、本当に技術を極めるにはいい大学なので」

 君は彫塑も好きだったし、得意だったからね。きっと幼い頃、ペルーに住んでた影響なんだと思う。ボクは描くことしか出来ないから、やっぱり君は才能のある人なんだと実感するよ。ボクなんかより、ずっと。

「でも、身体の方を大事にすることも考えてしまいます。何故か、目覚めたら病院にいたこともあるので」

 当たり前と言えばそうであるのだが、マワリは信じられないような顔をした。

「それ、本当に言っているの……」

 絶望感と裏切られたような声音は震えている。尋常ではない様子にさすがのノアも訝しがる。

「星月さん?」

 その呼び方により一層、心が抉られる。「赤の他人だから」と言っていたあさひの言葉が蘇る。彼女の頭の中には懐かしい声が響いた。

 フィンセント、どうしたんだい?

 記憶の中の彼を思い出してしまった瞬間。彼女は泣きそうになりつつも、けれど前世からの衝動的な所が抑えれずに叫んでしまった。

「そんなの君の本心じゃない! 君は偽物だ!」

 反響した声が静まっていくと共に冷静になっていく。

 ボクはいつだってそうなんだ。カッとなって怒って、思ったことすぐに言って……。

「ごめん……」

 こうやって後悔して、もうしないって謝るんだ。

 目も合わせずに謝ったマワリはそのまま、その場から去ってしまった。教室の中は夏だと言うのに、どこか冬のように早い日暮れの色をしていた。

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