第5話 それは全て
次の日、東京のとある駅で待ち合わせした二人は新幹線で栃木に向かった。そして電車をいくつか乗り継いだとある駅で降りると水色の車がハザードランプを炊いていた。
「お母さんが迎えに来てくれているから乗って!」
「いいのかしら……」
わざわざ迎えに来てくれたことに申し訳なさそうな輝夜の手をマワリは引っ張った。
「いいよ! むしろここからは車の方がいいから」
二人が近づくと助手席の窓が開き、ショートカットの女性が運転席から手を振っていた。
「初めまして。あなたがマワちゃんの友達ね」
日焼けした肌と活発そうな顔立ちが若く見える。「マワちゃん」という呼び方から仲のいい親子ということがうかがえた。
小学校は共学の私立、中学校は私立の女子校。どちらも入学する生徒の家系の影響か、友達のような一面もある親子を見たことがなかった輝夜は驚きもしていた。
「初めまして。月見里輝夜と申します。娘さんとはいつも仲良くして頂いています」
しかし、ここは育ちの良さが功を奏し、綺麗なお辞儀をする輝夜。その美貌と、転生者のオーラ、そして何より知らない人はいない大企業と同じ苗字にマワリの母親は慌てた様子で、自分の娘に確認した。
「ちょっとマワちゃん、お友達ってあの月見里グループの娘さん!?」
「そうだよ~」
おかしいことなんぞ何もないと言った様子のマワリ。
学園にいる頃はだんだん忘れられていたけれど、私は「月見里グループの代表取締役社長の一人娘」。だから、マワリのお母さんが驚くのも当然だわ……。私が普通の家の子供だったら、迷惑かけなかったのに。
胸が苦しくなっている輝夜だったが、マワリの母親は違っていた。
「さすがじゃない! 昔から誰とでも仲良くなれる子だったけれど、大物の娘さんとまでなんて。月見里さんも、娘と仲良くしてくれてありがとう!」
飾らない話し方に自分に対して偏見を持っていないのだと、理解した。それが、輝夜にとってどうしようもなく嬉しかった。
今まではどの人と仲良くなっても、相手から見た自分の背後には父親や母親との繋がり、家の名前があった。決して、自分の出生や、両親、相手を恨んでいるわけではない。けれど、友達というものをどこか諦められない自分がいたのだ。
「とりあえず、車乗って。それから色々聞くから」
車内は広く、そして仕事道具が入っているのであろう箱が助手席に置いてあった。
「ごめんね。仕事でも使っている車だから汚くて」
謝るマワリの母親に輝夜は手を横に振った。
「そんなことないですよ! 農業は土仕事ですからどうしても汚れますし、汚れた分だけ真剣に働いている証拠なので。それにお迎えまでして下さって嬉しいです」
「マワちゃん……」
「どうしたの?」
「月見里さん、凄くいい子じゃない……? 高校生とは思えないほどしっかりしているし」
友達を褒められたマワリは自分の事のように自信満々に胸を張った。
「そうだよ! かぐやんは頭もいいし、美人だし、優しいんだ。だから、お母さんが迎えに来てくれて助かったよ。かぐやん、すぐナンパされるからさ」
マワリの母親は車のバックミラーから輝夜の顔をまじまじと見ると納得したように頷いた。そして彼女に対する印象を話し始めた。
「きっと、人を惹きつける力があるのね。異性だけじゃなくて、人そのものを。ずっとどんな子か気になっていたけれど、話を聞いただけでもあなたは不思議な魅力があるって思ってた」
その言葉に輝夜は返答に困った。マワリの母親が言う「魅力」はかぐや姫に由来するものであって、それは彼女を苦しめるものであるからだ。
異性だけだと思っていたのに、同性も? こんなことなかったのに。
もしかすると自分の力が強くなっているのかもしれない。そう、不安になるものの今は確かめようがなかった。
「でも、かぐやんは彼氏がいるからさ。誰が何と言っても、他の人なんかに振り向いたりしないよ」
「えー! そうなの! どんな人よ!」
途端にテンションが上がり、グイグイと話かける様子に少しだけ圧倒されながら輝夜は答えた。
「同級生で、すごく声が綺麗な人です」
「イケメン? 美少年系? どんなタイプ?」
「あ、えっと、美少年だと思います……」
どんどん丸裸にされている気分になっていく輝夜。同時にまたキャパオーバーしそうにもなっていた。一度、彼女がショートしたところを見たことのあるマワリが、輝夜の表情を見るなり制しをかけた。
「お母さんやめてあげなよ。かぐやんは初心なんだから困ってるよ」
「ごめん、ごめん。若い子の恋愛ってその時にしかない感情や経験ばっかりで聞くの好きなの。それにマワちゃんは全く恋愛に興味ないから今どきの子ってどうなのかなって知りたくて」
「ボクは絵を描くので精一杯なんだって。恋愛は絵もそうだけど、メンタルも振り回されるからさ」
いつもと同じ主張なのだろう。母親もわかりきっているのか文句は言わない。輝夜も昨日聞いていたこともありもう驚きはしなかった。
「この子、本当に小さい頃から絵が好きなの。誕生日プレゼントだって画材か画集。行きたいところも美術館か絵の題材になりそうな景色のいいところ。三度の飯より絵だから、仲良くなっても自分を優先してくれないって小学校の時はよく同級生の子が怒るばっかり。だから、いつかこの子が連れてくるとしたら相当変わっている人だって今から確定事項よ!」
「お母さん失礼だよ! そんな変な人選んだりしないって!」
反論するマワリと、「絶対変な人だって」と笑っている母親。仲睦まじい親子の姿を見ながら、輝夜はマワリが好きになるならどんな人だろうかと想像したものの全く思いつかなかった。
マワリって、男女関係なく仲いいのよね。でも、恋愛やその先の関係のラインには決して踏み込ませない。恋愛や家族だけが抜けているような。
マワリのお母さん、ポジティブで、自分の娘のことをよくわかっていて。過保護でもない、放任主義でもない、いい距離感を保っているあたりいい人そうなのに。どこかマワリが家族と距離があるのはどうしてかしら? 私のように、なにか考えてしまうことでもあるのかしら。
そうこうしているうちに、マワリの家に着いた。農家住宅をリホームしたという家には裏玄関や、水回りの設備などその名残が残っている。表玄関からリビングに通してもらうとそこにはたくさんの絵が飾ってあった。
「凄い! 全部マワリが描いた絵ですよね?」
「よくわかったじゃない! この子が小さい頃から中学卒業するまで描いた絵を飾っているの。欲しい人に売ったものも多いから残っているのはこの部屋にあるものだけれど」
それでも額装をしたり、表面の様子から保護スプレーをかけたりと、丁寧に扱っている様子から両親の愛を感じとれる。額装もマットと呼ばれる見栄えをよくするのと同時に更に画面を保護する役割のある厚手の用紙を挟んでいたり、油彩額縁、ボックスフレームなども選んでいる辺り専門店で買ったことがうかがえる。
「かぐやん! これがうちの農園を描いた絵!」
マワリから一枚一枚説明を受ける輝夜。地元の風景画、農園の絵、はたまた近所で仲が良かったという大型犬の絵まであった。全て前世を含んだ今の彼女の絵であるということが輝夜には伝わっている。けれど、一つの疑問があったのだ。
「家族の絵はないの?」
そう、家族の肖像画が一枚もなかったのだ。ゴッホは自分や親しい相手など多くの肖像画を残している。その数は画家の中でも有名だろう。けれど、この空間にはない。風景画の一部として描かれることはあれど、主体として描かれている作品はないのだ。
「あ、うん。ボク人物描くの苦手だからさ。学園でもっと上手くなったら描く予定だよ」
家族の絵だもの。自分の納得のいくものにしたいわよね。マワリはこだわりが強いし、家族とも仲がいいから一番いいものを描いてあげたいのね。
「月見里さん、絵が好きなの?」
「ええ。小さい頃から両親が色んな美術館や展示会に連れて行ってくれたので、見るのは好きです」
「じゃあ、二人とも、美術館に行ってみたら? せっかく栃木に来たんだから、観光ぐらい楽しまないと! お父さんまだ仕事から帰って来なさそうだし」
マワリの母親の提案に、彼女の方を見ると笑顔で頷いていた。以前、地元の美術館は展示作品が変わっていると聞いていたのもあって興味が沸いてきた。
「お言葉に甘えて。観光楽しんできます!」
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