第4話 友達と両親

 駅で待ち合わせした二人は、いつもの運転手の送迎で家に向かった。日本文化が好きなマワリは輝夜の家に歓喜の声を上げていた。あれこれ聞く彼女の質問に答えたのち、家に入れた。初めて出来た娘の友達の来訪に出迎えた輝夜の両親は喜んだ。

「星月マワリです! 今日は呼んでくださりありがとうございます!」

 持ち前の明るさですぐに両親とも打ち解けたマワリに、輝夜は内心胸をなでおろしていた。

 父親はプライベートでの人間関係に対してとても慎重な人だからだ。強要するほど口出しはしないものの、娘には変な人と関わって欲しくないのが親というものだ。

「マワリちゃん、輝夜の言っていた通り可愛らしい子ね。絵も本当に上手だし。いつかうちの銀行に飾る絵も描いて欲しいわ」

 特に母親がマワリを気に入った様子で、先ほどからベタ褒めをしている。育ちの良さと親しみやすさを兼ね備えた性格の母親は誰とでも仲良く話せられるが、いつもよりテンションが上がっていた。

 今日のマワリは普段の二つに結んだ三つ編みと汚れてもいい服ではなく、巻き毛の髪をおろし、服もワンピースだ。大人しくしていれば、赤い髪や黄色い目の色も相まって外国から来たお嬢さんに見えるだろう。

「星月さんは学園で絵を習っていると輝夜から聞いたが、どんなことをしているんだ」

「はい! 油絵を中心に受験でも必要となるデッサンの他に、たまに日本画を教えてもらっています」

「天勝君は芸術が特に好きな人だったからな。こんなに熱心な生徒が入学して彼も嬉しいだろう」

「そんな、ワタシはまだ未熟ものですよ」

 マワリって場に合わせて話し方変えるのね。自分を貫いているというか、マイペースを極めているイメージが強かったけれど、意外だったわ。

 前世が男性なせいか、男性性と女性性を合わせた話し方をする彼女の印象が強い輝夜は意外に思っていた。

 話をするのが好きなマワリだが、あまりにも両親の質問が激しいせいか圧倒されていた。なので、輝夜は助け舟を出した。

「そろそろ、私の部屋で話してもいいかしら。この後、画材屋に行く予定だから」

 両親は状況に気づいたのか、慌てて謝った。マワリは明るく「気にしないでください」と笑っている。

 そして部屋に案内され、ようやく解放されたマワリは興味津々に部屋を見渡した。

「へぇ~、ここがかぐやんの部屋か~。てっきり和室だと思っていたけど洋室だね!」

 いつもの話し方へ戻ったマワリに輝夜はクスリと笑った。

「どうしたの?」

「マワリが普段と全然違っていたから。輝夜ちゃんって言われると思わなかったし。あと、いつもは圧倒する側のあなたが逆の立場になっているからおかしくて」

 マワリはむぅと、膨れる。けれど前世から性格が激しいのは自覚しているのか「そうだけどさ……」と反論した。

「でもボクだって、TPOは意識するよ。今は学園で絵を描いているからなくなったけれど、入学前は地元のテレビ局とか、SNSでライターから声かけられたからさ。取材の対応したり、絵を買ってくれた人や企業には直接挨拶へ行っていたんだ。だから、状況によって見た目も話し方も変えるよ」

「確かに髪を下ろしたら全然印象違うものね。最初、誰か分からなかったわよ」

 顔立ちが幼いので可愛らしい印象になっているものの、長い巻き毛やパッチリとした印象的な目が成長次第では色っぽくなることを今からでも醸し出していた。

 この子、実は原石じゃないの? 異性からの目に関しては私が一番よく知っているから下手にオシャレしたらって言えないけれど。

 化粧をしたり、ヘアアレンジすれば「彼女にしたい女の子」の容姿の部類よ。話したらギャップで驚くのが目に見えるけれど。

 それに転生者って容姿の平均自体、高いのよね。みんな、前世で「容姿が良くなりたい」て祈ったのかしら。

「お母さんも、中学生の時の同級生も、髪下ろした方がいいって言うんだよ。そっちの方がモテるってさ。でも、ボクは恋愛に興味ないんだよね」

 恋愛に興味ないと言う彼女に輝夜は首を傾げた。初めて会った時の記憶を遡ったものの疑問は変わらなかったので、思い切って聞いてみた。

「誤解していたら悪いんだけれど、ゴーギャンのことは好きじゃないの?」

 「好き」という言葉にキョトンと今度はマワリが首を傾げた。

「ん? もちろん大事な人だし、色んな思い出もあるから、好きだよ」

「違くて。恋愛の意味で好きだとずっと思っていて……」

 その瞬間、マワリは肩を震わせた。人の家にお邪魔しているので頑張って声を押さえているのだ。けれど、その努力も虚しく耐え切れずに声を出して思いっきり笑い始めた。

「ないない! ボクとゴーギャンが? ありえないよ!」

 あまりにもおかしそうに笑う姿に自分がとんでもない誤解をしていたのだとやっと気づき始めた。

 前世はお互い男性とはいえ、今世のゴッホは「星月マワリ」として生まれた女性であるし、彼女が生きた時代よりも多様な愛が認められている現代。もしそうであっても何ら不思議ではなかったのだ。

 というより、月人、つまり天女である彼女は前世から地球の文化は把握していても、人間ではなかったので今でも恋愛において性差はそんなに気にするべき項目ではない。それに彼女の愛は、元々は「博愛」であり、少しずつ様々な愛に移り変わり始めている。平等を前提とした博愛もまた性差など関係ない。

 物語から生まれたからこその常識の違いと、マワリの前世を思い出して一気に恥ずかしくなってきた。

 ゴッホとゴーギャンは黄色い家で共同生活していた時、とにかく喧嘩していたわ。性格も、好き嫌いも真反対の画家同士だったから当然だけれど、合わないあまり二カ月ほどで共同生活は終わっていた。また仲良くするどころではないわね。

 じゃあ、なんであの時……。

「でも、あなた私が間違って告白した時に言っていたじゃない。会うまで告白は受け取らないって」

「ああ、あれはそういう意味じゃないよ。今はゴーギャンに会うことがボクにとって人生の目的だから。絵を描くことに支障が出る恋愛はしないって意味なんだ」

 笑い過ぎて出た涙を拭きながら、マワリは続けた。

「それに、あの人今でいうロリコンだからね」

「え、そうなの……?」

 突然の爆弾発言に輝夜の思考速度が下がる。その様子に気づいていないマワリはいつもの様子でエピソードを話し始めた。

「そうそう。十歳過ぎたぐらいの女の子とばっかり不倫しているんだよ。『死霊が見ている』っていう絵なんて、モデルの女の子十三歳なんだけれど現地妻だってさ。だから、ボクがいくら童顔でも十五歳だからありえないって!」

 衝撃的な事実にか、情報量の多さにか、自由な恋愛模様にか。思考回路が完全に停止して現実世界から離れていきそうな輝夜にようやく気付いたマワリが戻ってこさせようと肩を揺さぶった。

「ごめん、かぐやんには刺激が強すぎたよね! でも、画家ってこんな人多いだけだからショートしないで!」

 かくいう彼女も前世では一時期は異性関係でもめていたので人のことは言えないのかもしれない。

 転生者って前世は積極的なのかしら……。でも、瀬川先生はそんなことないし。他の転生者の前世を聞いたら調べてみましょう。

 自分は案外奥手なのかと安心しつつも、恋愛の知識がない自分に少しだけ落ち込んだ。結局、彼女にとって恋愛はまだ別世界の話なのだ。

「大丈夫?」

「ええ……。処理に時間がかかっただけよ」

 神様。万が一にも、絶対ないってわかっているけれど、小夜が私より遥かに年下の人と浮気したら殴る権利を下さい。相手が認知していたら相手も殴らせて下さい。……殴るしか選択肢のない私の乏しい発想力が悔しい!

 冷静になるためわざと考えているだけであって、彼女とて本当に疑っているわけではない。そもそも、彼に対して疑いの気持ちなんぞ一切ないのだ。彼女は知らないからこそ純粋なのだ。

「良かった。でも、心配だから画材屋はボク一人で行くよ」

「え、約束したからもちろん行くわよ……!」

「かぐやんはずっと連絡したい人がいるでしょ」

 図星だった輝夜は少し赤くなるとコクリと頷いた。

「じゃあなおさらだよ! 気持ちって言うのは伝えられる時に伝えた方がいいからさ」

 それでも行こうとする輝夜に彼女のスマートフォンを押し付け、簡単に支度を済ませたマワリは一つ手を振ると部屋を出て行ってしまった。

 取り残された輝夜は言われた通り、連絡を取るためにチャットアプリ「マリン」を開いた。

「連絡って言っても何を送っていいのかしら」

 トーク画面を開き、悩むこと三十分。結局思いつかなかったので、通話で話すことを決めた。五分も考えながら打った確認のメッセージを送りしばらくすると、いつもの口調を思わせる端的な返事が来た。

「これで通話をしていいわけだから。このマークをタッチして……」

 ゆっくり、ゆっくりと指を近づけ、電話マークをタッチする。数コールのあと、いつもの彼の声が聞こえてきた。

『もしもし。どうしたの』

「えっと、どこから説明したらいいかしら。そういえば今日はマワリが家に来ていて。画材屋に今は行っているのだけれどその前にビックリすることがあって……っきゃ!」

 立ちくらみのせいで均衡が崩れ、声を上げながらベッドの端に座り込む。近くにあったのがベッドで良かったと安堵しているとどこか心配そうな声が返ってきた。

『大丈夫?』

「ごめんなさい。本当に初日から色々あって……。電話中に行儀が悪いと思うけれど、横になりながら話すわね」

 ベッドへ横になると身体が溶けていくように疲労が流れ込む。その疲労の多くは怒涛の一学期の分でもあった。同時に今、電話しているのはずっと好きだった相手だと思うと、緊張とそれ以上に睡魔が訪れ始めた。

「……小夜が、十三歳の、女の子と浮気したら、ぶん殴るから」

 眠気で頭が働いていないため脈略のないこと言っていることにも気づいていない。電話だと相手の様子は完全に伝わらないため電話からの声だけ聞けば疲れた声で唐突に浮気がどうの、殴ると宣言しているのだ。

「小学生ぐらいの人を好きになる趣味はないし、僕が今でもキリスト教徒なの知っているでしょ」

 キリスト教では浮気はしてはならない。姦淫は罪であると聖書に書かれてある。

 アンデルセンはキリスト教徒であったため、物語の中には多くの神を信じる登場人物が描かれている。そして、同時に信者であるが故に抱えていた多くの悩みや罪の意識もまた。

 赤い靴がいい例で、堅信礼で履いた靴が嬉しくて大事な儀式に集中出来なかったことへの罪の意識が元になっているという。

 普段の輝夜ならここで我に返る所だろう。けれど、今日は疲労もあってか完全に意識はぼやけていた。

「とにかく、ぶん殴る。それで、私が悪い理由、聞くから」

 声音がどんどん変わっている様子に物凄く眠たいという状況を察したのか、帰省してからの話や現代の恋愛観との違い、はたまた関係ない話まで脈略も気にせず続けていても小夜はただ相槌を打っていた。

 そしてひとしきり終わった後、何があったか大体わかった彼はやっと相槌以外のことを言った。

「学園に帰る日を遅らせて、実家で休んだ方がいいよ」

「それは、嫌だって……。せっかく、約束したのに。二学期始まっちゃうわ……」

「別に僕は逃げるわけじゃないから。それに、相当疲れているなら……」

「違うの!」

 その瞬間だけ目が覚めた輝夜は大きな声で遮った。それは一瞬で、さらに眠たくなったのか目を閉じたまま続けた。

「本当に、違うの。あの学園に……いる方が、今は、実家より、楽しくて。あなたと、いると、安心、して……」

 段々と声が更にゆっくりと遅くなる。最後に言った内容すら認識できない。海の中を揺蕩うように体に力が入らず、遠のいていく意識の中、小夜が言ったことを頭が理解しないまま相槌を打ってしまった。

 次に目が完全に覚めた時、部屋は真っ暗闇だった。最後に話したことはおろか、電話の内容もほとんど覚えていない。

 まずは部屋の照明のスイッチを探すためにスマートフォンのライト機能を起動させようとし、叫んだ。

「充電が切れている!」

 それはいきなり電話が切れたことを意味している。変な誤解を与えたかもしれないと落ち込んだものの、まずは時間を知るのが先だと記憶を辿って壁のスイッチを探し、スイッチを入れた。明るくなった部屋の壁にかけてある時計を見ると夜の九時半だった。六時間以上寝ていたことにゾッとしながらも、帰省前より軽くなった体に疲れていたのだと改めて痛感した。

 スマホを充電器に刺した輝夜はリビングに急いで向かった。マワリがまた両親から質問攻めにあっているのではないかと。けれど、リビングの扉を開けるとそこには母親しかいなかった。

「あら、輝夜よく寝ていたわね」

「あれ、マワリとお父さんは?」

 高校生なので夜遅くの外出は補導案件だ。なので用意してある客室かリビングしか思いつかなかった。しかし、リビングに戻ってきた痕跡すらない。

「お父さんは会社からの呼び出しに行ったわ。マワリちゃんはあなたを休ませたいからって今日は帰られたわよ」

 少し残念そうにしている母親にまた次の長期休みに連れてくることを約束した。そして輝夜は心の中でお礼を言った。

 マワリ、ありがとう。気を遣ってくれて。両親のことも。

「夜ご飯はどうするの?」

「もちろん食べるわ。せっかくお母さんが用意してくれたもの」

 明日は輝夜がお邪魔する側になる。初めて友達の家に行く緊張もありつつも、どこか彼女の家族に会ってみたい自分がいた。

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