第3話 帰ってきた実家

 駅に着いた二人は輝夜の道案内で改札、バスターミナルへと進んでいく。途中やはり、人の目が集中するので道を選んだり、目を合わせないように駆け足で歩いたりと、待ち合わせ場所まで向かった。

 バスターミナルに着くと近くに見覚えのある車が停まっていた。

「迎えの車が来ているからここで。ありがとうね、マワリ。お互い、帰省楽しみましょうね!」

「うん! また後で連絡するね!」

 二人はバスターミナルで別れると、それぞれの方面へと向かった。輝夜は車へ、マワリは新幹線を乗り換えるために駅へと。

 輝夜は急いで迎えの車に乗った。誰かに声を掛けられてしまえばここまで着いてきてくれた気遣いを無碍にするからだ。

 東京にいた時はよく送迎をしてくれていた運転手と雑談をしながら、車はとある区域の高級住宅街へと向かった。人でにぎわっているイメージの強い東京とは思えないほどの落ち着いた空気が街を満たしていた。

「窓を開けてもらっていいかしら」

「承知いたしました」

 後部座席の窓が開くと薫風が吹いてくる。木々は青々しい葉を、輝夜は緑の髪を揺らしていた。その時、スマホから通知が来たので画面を開いた。そして、画面を閉じながらある歌人が残した和歌を詠んだ。

「君待つと吾が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」

 女性らしい繊細さと、待ち人を思ういじらしさを感じる恋の和歌。和歌では書かれていないものの「あなたではなかったのね」と、残念がる作者の姿が輝夜の目に浮かぶ。

「お嬢様らしい風流ある和歌を選ばれましたね」

 輝夜が生まれた時から知っている運転手相手とはいえ、聞かれてしまい恥ずかしくなる。

 父親がプライベートにまで運転を頼むだけあって教養のある人だ。有名な和歌の意味はもちろん、その背景も知っているに違いない。けれど深くは尋ねず、相手を褒める。プロフェッショナルとも呼べる接客態度に、輝夜が移動の際は必ずこの男性運転手をと父親が選ぶ理由を理解した。

「今は夏の風だけれど、素敵な意味だから」

 窓の外を見やる彼女に吹いた風は秋風のように寂しく、冷たいものだったのだ。

 窓の外の景色を楽しんでいると和モダンの平屋の前で車は止まった。関西より更に西の地域で多く見られる焼杉の壁と白壁の対比が美しい。引き戸も木の香りが今でも鼻を通り抜けて行きそうなほど鮮やかな色をしている。この伝統文化と現代文化を混ぜた家が輝夜の実家だ。

 車を降りた輝夜はそのまま玄関へと向かい、インターフォンを鳴らした。すると到着時間がわかっていたかのようにすぐ母親が出迎えてくれた。

「輝夜、おかえりなさい」

 日本人女性らしい奥ゆかさと、育ちの良さが滲み出ている母親の姿は春休みの時と変わっておらず安心した。

 両親は高齢で子供を授かったため、同学年の人よりいつか別れる未来が近いことを、前世を思い出してから特に意識しているのだ。今度は不死の薬を持たない自分がなすすべもないまま両親と別れる日がくるのだと。

「ただいま、お母さん。お父さんは?」

「リビングで待っているわよ。もうずっとまだか、まだかって何度も言っていたのよ」

「お父さん、相変わらずね」

 二人で笑いながらリビングに入ると、忙しなく辺りを歩いていた父親がそこにいた。厳格で昔気質なことが一目瞭然の容姿をしている。けれど、輝夜に気づくや否や満面の笑みを向けた。

「輝夜!」

「ただいま、お父さん」

 これが幼い頃であれば父親に抱きしめられていたのだが、輝夜ももう思春期なので肩を軽く叩く程度に落ち着いている。

「ここまで来る時何もなかったか?」

「大丈夫よ。友達がバスターミナルまで付いてきてくれたから」

 友達という言葉に両親は顔を見合わせると綻ばせた。あらかじめメッセージで聞いていたものの本当なのか気になっていたのだ。

「お母さん、お友達の話聞きたいわ。学園の話と一緒に聞かせてちょうだい」

「もちろんよ」

 お茶の準備をするためキッチンに向かった母親。輝夜は父親と先にソファーへ座って話を始めていた。

「学園は楽しいか?」

「ええ、さすがお父さんの支援している理事長さんね。環境が整っているし、生徒のみんなも優秀な人ばかりだわ」

「天勝君が十代の頃から支援をしているからな。ちょうど、二十五年前だったが当時から見どころのある人物だった。まさか、こうして娘が彼の学園に通う日が来るとは当時想像がつかなかったな」

 当時の理事長を思い出しながら笑う父親に、輝夜は引っかかった。二十五年前という言葉に。

「待って。二十五年前って、理事長何歳なの!? どう見てもまだ二十代中盤にしか見えないのだけれど」

 西洋の美をつぎ込まれた容姿の理事長。宗教画のようにどこか老練で神々しい雰囲気だからこそ年齢不詳と言われてもおかしくはない。学園で「万里一空高等学園の理事長は何歳だと思いますか?」とアンケートを取れば平均二十五~二十六歳と結果が出るだろう。

 でも、十代ってことは小学校在学中も含まれるわ。それなら最低でも三十五歳。まだ、それなら信じられるわね。

 けれど、父親から返ってきた年齢は予想の上をいっていた。

「不思議な人だろう。いつ会っても全く変わっていないからな。もう四十三歳だと言うのにまだ若々しいよ、彼は」

 瀬川先生より年上……!? 先生は見た目に頓着が無いから年上に見えやすいのかもしれないけれど。それでも、理事長の若々しさと美しさは細工でもしているんじゃないの? あの人、お金持っているし、美にはこだわる人だし。うん、ある得るわ。

「天勝さん、整形も、美容医療もしなくてあんなに綺麗だから女性からしたら嫉妬するわよね」

 思わずあんぐりと口を開けて驚いていると、母親は「本当よ~」と、笑いながらお茶を人数分それぞれ置いた。

「お母さんも混ぜてもらうわね」

 そう、母親は父親の隣に座る。用意された冷えた水出しの玄米茶ときんつばに輝夜は呟いた。

「私の好きなもの……」

「輝夜が喜ぶと思って用意していたの。東京とではお店も違うから。そう、お父さんが張り切って」

 ニコニコと笑いかける母親に、父親は一つ咳ばらいをしただけだ。それが照れ隠しなのだと家族みんな知っている。

「お父さん、ありがとう」

 輝夜が美味しそうに好物に舌鼓を打っていると、父親は優しい眼差しを向けていた。母親はお茶を飲むと、興味津々に友達のことについて聞いてきた。

「輝夜。それでお友達ってどんな子?」

「一個下の学年だから後輩でもあるんだけど、関係性は友達ね。元気で可愛らしい女の子よ。栃木県出身で、絵が上手なの」

 芸術を鑑賞するのが好きな父親と知識欲の深い母親が、絵が上手という友達に興味を持った。

「あら、輝夜が上手っていうならよっぽどね。あなたの人や物の価値を見定める目は才能と言ってもいいほどだから」

 人や物の価値。それは両親が大事な事として輝夜に教え込んだものだ。決して、金額や優劣ではない。本質の価値を大事にするよう多くのものに触れさせてきた。その影響もあり、輝夜の元々かぐや姫の生まれ変わりとして備わっていた力は養われたと言ってもいい。

「栃木だとここから近いし、いつか遊びに来てもらいましょう。ねえ、お父さん」

「輝夜の初めての友達だからな。親としてもきちんと挨拶しておきたいものだ」

「どんな子か楽しみね。お母さん、張り切って玄関のお花生けるわ」

 そう、両親が娘の友達について盛り上がっている中、輝夜はただひたすら自室に戻りたくて仕方なかった。

 両親の前でスマートフォンばかりを気にしていれば不審がられるため、わざとスマートフォンを鞄へ入れたままにしている。けれど、それが逆効果となり気になって仕方ないのだ。

「お父さん、お母さん。昨日、忙しかったから少し部屋で休むわね」

「あら、そうだったの。ゆっくり休むのよ」

 お茶の残りを飲み切り、食後の挨拶を済ませ、荷物を持った輝夜に父親が声をかけた。

「輝夜。少しやせたか?」

 声はいつも通りなものの、経営者らしい人を見抜こうとする目に輝夜の心臓は凍った。ここで動揺してしまえば理由を聞かれるのは目に見えているので演技をすることを意識しながら普段通りを装った。

「ちょっと、早い夏バテよ。もう元気になっているから」

 それでも心配する父親に一言、二言交わして彼女は逃げるように部屋に行った。そして、荷物を置くと一気にベッドに飛び込んだ。

「はぁ~! 実家に帰って嬉しいのに小夜に会えなくて寂しい……」

 だって、付き合えたのよ。まだ四日しか経ってないのに物理的に離れるなんて。

 一緒にいてもまだ上手く話せないわよ。でも、同じ時間を共有して、同じ空間にいるだけで幸せなの。時間がゆっくり進んでいっているみたいだけれど、本当はすっごく早く進んでいて。緊張しているはずなのに、身体の力が抜けて眠たくなるのよね。それで余計頭が働かなくて話題が思いつかないのだけれど。

 もしかして、恋愛に安眠効果でもあるの? でも、アンデルセン童話読んでいる時は一気読みするから目が覚めるのよね。不思議。

「メッセージ、送っても今は迷惑よね……」

 スマートフォンのロック画面をつけたり、消したりしながらはぁ、と輝夜はため息をついていると、考えるのを止めさせるように電話がかかってきた。

「マワリ! どうしたの、急に?」

「かぐやん! あのね、両親にかぐやんの話をしたら会いたいってさ。よかったら迎えに行くからどっかで来ない?」

「そうなの! 私の両親も同じこと言っているの。良ければ、お互いの家にそれぞれ行きましょう」

 いったん電話を切り、両親に聞くと二つ返事で喜んでいた。マワリが早く戻らないといけないことを話すと「お友達がいいならいつでも来て欲しい」と、伝言を頼まれた。

 再び電話をかけなおして相談した結果、明日に輝夜の家に来てもらい、一泊したのちマワリの家に行くこととなった。

「せっかくの帰省だったのに一泊していいの?」

 心配する輝夜に彼女は、

「こっちの画材屋に用があったからいいよ! かぐやんも一緒に行こう!」

と、明るく返事をしていた。

 数十分ほど雑談をし、電話が終わった。通知は相変わらず、会員登録しているアプリからのみだ。

 男性って連絡ばかりするの嫌がるって聞いたことがあるのよね。あと、「私よりゲームを優先にして!」とか、連絡が遅すぎるとかでよくもカップルはもめるって中学の同級生が話していた。

 小夜にもプライベートがあるから、無理して連絡したいわけじゃないんだけれど。連絡の頻度がわからない。でも、お互いの時代は今より連絡手段が発達していなかったからあまり連絡を取るより直接話す方がいいかもしれないわね。

 窓の外を見ると月が輝いている。外はきっと暑いのだろう。けれど、冷たい隙間風が通りすぎていく胸の内を一つの和歌で例えた。

「月みれば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど」

 月も秋もみな等しくあるのに自分だけ何故こんなにも物思いに沈んでいるのだろうと、嘆く作者の様子が和歌から伺える。月も秋も何もかも自分の気持ちを表してくれているのかと、錯覚するほど思い悩んでいる姿が

 今の月は輝夜にとってどう映るか。それは、彼女にしかわからない世界なのだ。

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