第2話 綺麗なんかじゃない 

「富士山だ! かぐやんが不死の薬あげたから活火山の!」

 新幹線から見える景色に隣の席のマワリがはしゃぐ。その声の大きさと内容に辺りを見渡しながら輝夜が止めた。

「ここ新幹線よ! 変な誤解されるから!」

 傍から見れば高校生が騒いでるぐらいで済まされているから良かったわ。

 夏休みが始まって四日目。輝夜と方面が同じのマワリは帰省するために一緒の新幹線に乗っていた。新幹線は学割も利用できるので長期休みは帰省する生徒が多い。残る生徒は自分の好きな分野の練習に励んでいる者か、思春期も相まって帰りたくないかのどちらかだ。

「かぐやんのお父さん太っ腹だね。新幹線の付き添いってだけなのに、ボクの分まで席用意してくれて」

「両親からしても新幹線で付き添いがいてくれる方が安心なのよ。一人で公共機関使う時は変装しないといけないから。それに、私に友達が出来て嬉しいのでしょうね」

「かぐやん。小中学校は友達いなかったの?」

 輝夜は小中学校の頃の学校生活を自分から話したことがない。それほど彼女にとって思い出が薄いのだ。

「ええ。仲良くしてくれる人たちはいたけれど、みんなどこか怖かったの。私を見る目が違うの」

「かぐやん普通に歩いていても存在感あるって言うか、目立つけれど、悪意のある視線だったの?」

 不思議そうにするマワリ。友達思いなのもあってか、輝夜が、悪く思われる理由が思い当たらないのだ。

「そうじゃないんだけれど、違和感があるの。前世の影響かもしれないけれど私、人の欲が見えるの。それが貪欲とか、向上心とかいい欲ならいいけれど、悪意のある欲は好きじゃなくて。他の人たちが純粋じゃないとか、悪い人って言いたいわけじゃなくて。ただ、私には合わないだけ。だから、学園に入るまで表面上でしか人と付き合ってこなかったの」

 輝夜は小さい頃から人の合う合わないが激しかった。表面上では付き合えるものの、かなり無理しているためプライベートでは一人を選んでいた。

 輝夜にとって「悪意のある欲」は、品定めするようなまなざしや、委縮させるような蛇の近づき方や、カエルように湿った舌で舐められるような気持ち悪さを感じるのだ。相手にとって「悪意」がなくても、輝夜は受け取る側だ。

 前世でかぐや姫の魅力に取りつかれ、欲に溺れた人々を見てきたからなおさらだ。

 価値観も、抱く欲も人それぞれだと言うことを理解もしていた輝夜は小中学校の時は無理をして周りの求めるように振舞っていた。

 学園に入ってからもずっとそれが抜けず、悩んでいたこともあったのだ。

「それわかるな。ボクも絵に関して、否定したいわけじゃないけど合わないものはあるから」

「石膏デッサンとか?」

 マワリは石膏デッサンが苦手だ。前世では石膏デッサンに関して画塾でもめたこともあるほどだ。

「石膏デッサンは基礎の一つだからちゃんと今世は勉強し直しているよ。西洋の美は完成された静さがあるからこそ好きだし。……実は、デジタルイラストそんなに好きじゃないんだ」

「そういえば、言っていたわね。絵が先の未来にも残って欲しいって」

 現代の絵も残ると彼女は言っていた。けれど、便利なものではなく、基礎を大事にした絵が残り続けて欲しいのが本音だと察しはついていた。

「うん。ボクが絵を描き始めたのは十歳の頃なんだけれど、デジタルイラストがその頃は特にブームでさ。両親はもちろん液タブも買ってくれた。だから、使ってみたんだけれど全然違うんだ」

 デジタルイラストに使用するタブレットは大きく分けて二つだ。板タブレット――通称「板タブ」と呼ばれるものと、液晶タブレット――通称「液タブ」と呼ばれるもの。前者はパソコン画面に映し出されたものを見ながらタブレットに描くように操作し、後者はタブレットの画面に映し出されたものに直接描くのだ。最近では、タブレット端末やスマホでも、液晶タブレットのように描くことが出来るようになった。

「私もちょうどプログラム系やデジタルイラストの導入で美術の時間に少しだけタブレット触ったことあるわ。機能が充実しているからコツさえ掴めば、手軽に描けるのは確かね。それにアナログイラストはどうしても画材の費用と作品の置き場で躓いてしまうわ。それに人は便利な方へと流れてしまいがちだから。あなたが複雑な気持ちもわかるわ。私の前世は和歌が重視されていたけれど、言葉がこんなに移り変わるなんて思わなかった」

 平安時代は和歌が政治的な役割を持つほど重要なものであった。そして、和歌は恋愛でも影響をもたらしていた。

 和歌を詠むのが上手い人は人気が高い。和歌でアプローチをするからだ。和歌には知識も垣間見えるため、強要の深さや経済力も伝えることが出来る。つまり和歌の上手い人はモテていたということだ。

 陰陽道や仏教が色濃く絡む時代、簡単に会えることの出来ない貴族は短い言葉でいかに風流のある歌を作るか必死だったのだ。和紙を染めたり、香りをつけたりと工夫もしていた。今で言うラブレターのレターセットに気を遣うようなものだ。

 現代ではストレートな伝え方が好まれるが、日本人というのは元々婉曲で奥ゆかしい人種なのだ。

 マワリも輝夜の言う現代の文化の移り変わりに頷いた。

「結局、ボクは流行りに乗れなかったんだ。周りから色々言われて正直しんどかった。SNSでは数だけが増えていくし。ボクだって現代は色んな表現が増えて嬉しいよ。でも、前世で見た印象派の時のことを思い出すたびに、悲しくなるんだ。そんな時『ああ、ゴーギャンなら空想で描く時代が来たって喜ぶんだろうな。この現代に生まれ変わっていたらボクたちは何を描くんだろう』そう、思ったんだ」

 印象派が大衆へ認められ、誰もに讃えられた頃、ゴッホは弟であり画商でもあったテオに印象派以外にもいい作品はあることを手紙で伝えていた。

 彼女にとってデジタルイラスト、デジタルアートがもてはやされる現代は、印象派の時代と重ねてしまうのだろう。どちらも時代を変えるほど美術の歴史に影響を与えている表現なのも相まって。

 だからこそ、SNSという流行りのツールから見られる目がしんどい時もあるのだろう。

 輝夜にもその気持ちはわかる部分があった。

 周りと違う自分。周りが異性を意識する年頃になっても避けている自分。けれど、異性からの目は必ずしも着いてきて、徐々に丸みを帯びる身体の成長と共に増えていく。

 自分の望まない理由で多くの人の目に留まるのは恐ろしいことでもあるのだ。

 だからこそ、まだ小夜啼鳥の作者を知らなかった輝夜はいつか出会うかもしれない「たった一人の誰か」だけは性別だとか、容姿だとか、家柄じゃない。自分の愛が博愛でもいい。ありのままで、たった一人の女の子として見てくれると。怖い目にあった日、辛くなった日のその夜、いつも自分に言い聞かせていた。

 そんな自分だからこそ、いつまでも少年のような純粋さと、自分とは違うけれど人の本質を見据える目を持った彼に会ってみたかったのだ。そして、自分でも知らない自分の本当の姿が彼にはどう映るのか知りたかったのだ。

「それが、会いたい理由?」

「ううん。それはまた別。ボクの場合はかぐやんみたいに綺麗な感情じゃないんだ。もっとぐちゃぐちゃで独りよがりで、押し付けでしかなくて。でも、この可能性を逃したらもう伝えることも出来ないんだなって」

 綺麗な感情という言葉に胸が苦しくなる。自分が最初に抱いていた感情は夢を見ていただけだったことを自覚しているからだ。

 自分の怖い現実から逃げて、まるでマッチ売りの少女が灯した火の生み出した幻に縋るように、消える度に灯しては、乏しい経験と知識から織りなす空想にふけていた。

 きっと彼には、マッチ売りの少女が天国から迎えに来たおばあさんと一緒に神様の懐に抱かれた時のように、寒くもなく、怖くもない、優しい温もりがあると。自分の苦しみが全てなくなると。

 そう、ただ自分が救われたかっただけだったと。

 それをあの屋上で泣いた日にやっと気づいたのだ。今、抱いてる気持ちこそ恋なのだと。

「私の感情も誰かから見れば、ぐちゃぐちゃで、独りよがりで押し付けだったと思うわ。今から思い出しても恥ずかしくなるぐらい。でも、それを解釈するのは受け取る相手でしょ? あなたは決してズルをしない。前世からずっと努力家よ。だから、あなたにも後悔しない選択をして欲しいの」

 小夜の受け売りもあるけれどね、と輝夜。彼はいつだって解釈を相手に委ねるからだ。マワリはその言葉に大きく頷いた。

「ありがとう、かぐやん! 頑張るよ!」

 いつもの明るい彼女に戻って輝夜は安心した。

 転生者はよくあるのか、二面性を持っていることが多い。マワリのようにひまわりのような明るい時と星月夜のような暗い時。どちらも同じ黄色いをしているが違うのだ。

 小夜も氷の女王の城のように冷静な面と小夜啼鳥のようにふと、どこかへ飛んでいきそうな行動力を兼ね備えている。

 人生二度目だからこそ、滲み出る人間性と言ったところだろう。

 新幹線のアナウンスはいつの間にか東京を告げていた。

「そろそろ下りる準備をするわね。マワリは乗り換えでしょ?」

 荷物棚からバッグを取り出し始める輝夜に、マワリは首を振った。

「ううん、待ち合わせ場所まで送っていくよ」

「いいの? 帰るの遅くなるわよ」

「大丈夫だよ! かぐやんが変な人に声かけられる方が辛いし」

 先ほどの話もあってか普段より心配しているようだ。輝夜が異性を惹きつけやすいのもあってか、自分が買い物に行くときはいつも彼女も誘っている。おかげで学園に来たばかりの頃のように怖い目に遭わなくなった。

「じゃあ、お言葉に甘えるわ」

 荷物を棚から取り出す二人。お互い悩みを共有できたせいか表情は乗る前よりも明るくなっていた。

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