第二〇二話 仕切り直し

 腕につけていたスマホの画面に目を走らせる。

 アラヤさんからのSNSメッセージだ。


『せっかくこちらまでいらしたのですから、少し話をしませんか。受け入れていただけるなら、こちらに来ていただけるでしょうか。私は休憩所西側のベンチにいます』


 察知+から敵の反応が消えた。アラヤさんの命令で、魔物たちが俺達を敵ではないと認識しなおしたのだろう。

 こっちを向いた西島さんと目があう。


「行くか」


「はい」


 並んで細い道を少し歩くと、すぐに休憩所の正面に出た。

 右側の先は広い芝生の広場で、魔物が大勢、整列している。

 魔物の種類はメイジバガブとバガブアーチャー、それ以外のバガブの上位種らしい何か。


『アークバガブとメイジバガブ、バガブアーチャーです』


 どの魔物も、レベル一五程度はある、出現した中では最強レベルのゴブリン系の魔物だ。

 アラヤさんの部隊の最精鋭といったところだろうか。


 その魔物の方へ向かって歩いて、休憩所の広場側へ。

 並んだ木製のベンチの手前側に、アラヤさんが座っていた。


「どうぞ、お座りください。不意打ちはしませんから」


「失礼します」


 俺と西島さんは、向かい側のベンチに座る。


「ここまで、思った以上に早く到達されてしまいました。戦闘を避けて、すり抜ける形で。これでも途中、最低二か所は魔物の集団と戦うように配置していたつもりなのですけれど」


 いや、どうだろう。俺としては疑問に感じる。

 確かに通常の人間なら、今の配置で正解だろう。

 しかしこの世界でレベルアップしていれば、高さ五メートル超の石垣だろうと、普通に飛び越える事が可能だ。

 レベル一〇〇のアラヤさんがその事を知らないとは、俺には思えない。


「戦わないという選択肢は、本当にもう無いですか?」


 西島さんの言葉に、アラヤさんは頷く。


「ええ、先日お話した通り、私は世界を滅ぼしたい側ですから。つい先程の台風情報で、鹿児島は暴風雨圏内に入りました。ですが今のところ、まだ世界が終わる様子はありません。ですから私が、世界をもとに戻す障害である事実は、変わらない訳です」


 どうだろう。俺は、怪しいと思う。


「ですので田谷さんも西島さんも、元の世界に戻るつもりなら、私を倒すことが、今の時点での最適解です。

 ただ今の状態では、少々私に不利でしょう。私は魔法に特化していますから、この間合いでは田谷さんや西島さんに勝てません」


 しかし、この状況に持ち込んだのは、アラヤさん自身だ。

 トイレの陰に隠れた後、継続して魔物に攻撃を命じていれば、優勢に戦えると感じていただろうと思う。


 俺はこの程度の魔物なら、見える範囲を魔法で眠らせる事が出来る。

 しかし俺が睡眠魔法を使える事は、アラヤさんは知らない筈。


「ですから、仕切り直しをしましょう。今から私は魔物を連れて、向こうの天守台の上まで移動します。配置が終わったらSNSで連絡しますから、攻めるなり逃げるなりしてください。

 貴方方がこの休憩所から出た時点で、魔物に攻撃命令を出します。見える範囲の魔物になら、直接命令を出せますし、天守台の上からなら、此処本丸跡や大奥跡のほぼ全体を見ることが出来ますから。

 此処には私の配下の魔物が、三〇二体います。天守台の向こう側にも三〇〇体いますが、こちらは北桔橋門からの侵入対策に徹して、こちらの戦いに参加させません。

 それでも三〇〇体いれば、倒さず速度ですり抜けるという方法論は無理でしょう。ですから全力で攻撃して、私と魔物全部を倒すつもりで来てください」


 すり抜けずに、倒して来いか。

 多分これは、俺達を戦って倒すという宣言ではない気がする。

 経験値をやるから、確実に西島さんの身体を直せと言っているように感じるのだ。


 なら俺は、その提案に乗ろうと思う。

 もちろんアラヤさんを倒すつもりはないけれど。


「俺はアラヤさんを、敵だとは思っていない。でも仕切り直しには賛成だ。そして西島さん、当初の方針で行こう。出来の悪い少年漫画の方だ」


 これで西島さんに伝わるだろうか。

 

「殴る方ですね」

 

 通じた。俺は頷いて、その通りだと伝える。


「わかりました。私も賛成です。アラヤさんの仕切り直しの提案を、受けようと思います」


「ありがとうございます。それでは私達は、移動を開始します」


 アラヤさんは、立ち上がった。そして右側から、広場の方へ歩いていく。

 魔物の集団が、先頭から順に動き始めた。一気に動かないのは、一度に命令できる数が限られているからなのか、それとも視界に入っていない魔物には命令が届かないからなのか。


 わからないが、どちらにせよとれる作戦は限られている。


「俺は刀装備で、先に道を空ける。加速魔法を使えば、遠距離攻撃に当たる可能性は少ないし、範囲防御もあるから問題無い。西島さんは天守台方向に向かいつつ、適宜ライフルで援護してくれ。ただし遠距離攻撃を避けるのを優先で」


「わかりました。あの魔法を使うとは思いますけれど、十分注意してください」


「わかった。大丈夫だ」


 今の魔力なら、レベルが二〇程度の魔物でも、三〇二体を睡眠魔法で眠らせる事は余裕だ。


 ただアラヤさんが、あえて経験値稼ぎの場を残してくれたのだ。だからここは、睡眠魔法を使った後、ある程度以上倒して経験値を稼ぐのが正しいだろう。

 目標はシンヤさんが四国で倒した四〇体プラス、名古屋からトラックに乗ってきただろう魔物七〇体の、合計一一〇体。


 ただし睡眠魔法は、見える相手にしか効果がない。

 魔物が多いうちは、影になって見えない相手が多いから、一気に倒せないだろう。

 加速魔法で全力で走りつつ、魔物をあらゆる角度で見て、睡眠魔法を連続でかける必要がある。

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