第一八九話 別れ
「どうしたんですか?」
「掲示板だ」
西島さんの問いに、パソコンを操作したまま上野台さんが返答する。
上野台さん以外、俺を含む三人がスマホを取り出した。
『とんでもない数の魔物が隠れている場所を発見! これを倒せば達成率間違いなし! 経験値もUP! ただ数が多くて俺達だけでは倒せない。集まれる奴は集まってくれ。場所は東京。詳細な場所は、集まった時に説明する #魔物情報 #仲間募集 #悪意のある投稿』
「悪意のある投稿がついてますね、これ」
西島さんの言葉に、上野台さんは頷く。
「ああ。集めた人間を利用して、危険を冒さずに経験値を稼ごうなんて考えたんだろう。ただこれで、あの魔物が見つかる可能性が増えてしまった」
なるほど。
「そしてこうなったら、奴らを倒さない方がいい。奴の存在自体が牽制になるだろうからさ。という事で書き込み」
掲示板に新たな書き込みが現れた。
『うのみにしないで、慎重に行動した方がいい気がする。近づいて撃たれたらやばい。悪意のある投稿とついているし、人間狙いの危険な奴もいるようだから #注意喚起』
「上野台さんですか、この書き込み」
「ああ。奴に対しては事実だから、悪意ある書き込みというタグはつかなかった。これで少しは牽制になるだろう。ただあまり持たないとは思う。少なくとも本州はもう魔物がいないだろうから、経験値を稼ぎたい奴は半信半疑ながらも、様子を見に来る可能性があるからさ」
そう話しているうちに、更に書き込みが増えた。
『東京に魔物の集団がいる件、拝見しました。ただこれだけでは、真偽がわかりません。メールで詳細についてお伺いしたいです。場合によっては、こちらも戦力を出せるかもしれません。ただ場所が名古屋なので、軍団を連れていくには時間がかかります アドレスは****@***.***です #交渉』
名古屋というと、以前Webに協力者募集と書いていた奴がいた記憶がある。
Webの更新が途絶えていたから、てっきり失敗して死んだのかと思っていた。
しかしどうやら、生きていたようだ。
そしてこのメールアドレスと、交渉しようとしている感じにも覚えがある。
以前アラヤさんと連絡を取るために掲示板に書き込んだときに、大量に偽メールをよこした奴だ。
何というか、混沌には混沌でというか……
「とりあえずこれで少しは時間が稼げるだろう。それでアラヤさん、どうする? このままでは危険な情勢になりそうだ。魔物と一緒にいなくても命令的には支障ないなら、私達と一緒にいるほうが安全だと思う」
上野台さんだけでなく、西島さんも引き留める。
「私も一緒にいてくれた方が嬉しいです。それに、まだまだ日は残っています。なんなら皆で、山の方へ行ってみるのはどうでしょうか。キャンプ道具なんてのもあるので、結構楽しいと思います」
キャンプ道具というのは、アラヤさんを誘う為だったのだろうか。
そんなことを思いつつ、俺も付け加える。
「車も余裕があるし、気分転換位はしてみてもいいんじゃないかと思います」
アラヤさんは頭を下げた。
「ありがとうございます。でも私と皆さんは、立場としては敵同士なんです。ですから私は、本来のポジションに戻ろうと思います。ここからなら歩いて帰れますので、良ければここで失礼します」
「ならもう少し先まで行くから、そこまでは一緒に行こう。襲撃した時の破壊跡とか、残留物があるかなと思ってさ。それでは田谷君、済まないが次の信号のところに、左側に入れる場所があると思う。そこから中に入って見てくれ」
「わかりました」
俺は車をスタートさせる。
確かに次の交差点の左側に、歩道の鎖が途切れていて、可動式の鉄柵が開いているところがあった。
曲がると、正面側に車が停まっているのが見える。
「やっぱりここだったか。あの車の横に着けてくれ。多分侵入者が乗ってきた車だ」
敵の反応はないから、大丈夫だろう。
言われた通り、止まっている黒くて平べったく大きい車の横につける。
ここで戦闘があったのは確かなようだ。
濠の向こうへと続く道がある鉄の門が、何らかの魔法で向こう側に向けて破壊されている。
焼け焦げた樹木の根元が、壕を渡る道の両側に転々としている。
アスファルトも波打っていて、その向こうにある城門っぽい場所が、やはり同じように向こう側に向けて破壊されていた。
「降りてみよう」
降りて、そして手前側の破壊された鉄門を確認してみる。
「何か高熱で吹き飛ばす系統の魔法だな。スマホの解説だと……爆裂魔法か」
俺もスマホを確認してみる。
『爆裂魔法は、一〇メートル以内のものを、熱と爆風で吹き飛ばす魔法です。およそ二〇〇〇度の高温と風速六〇メートル強の暴風が一〇秒間程発生し、対象物を破壊し、吹き飛ばします。吹き飛ばす方向は、対象物から見て、術者の反対方向です。魔力を二四消費します』
つまりこれは魔物の魔法では無く、人間の魔法。
ここを襲撃した誰かが使用したという事だ。
「剣呑な魔法を持っているなあ。ファンタジー系の漫画や小説に馴染みがあると、こういう魔法を覚えられるのかな」
「私の魔法も似たようなものです。熱ではなく冷気ですけれど」
アラヤさんの魔法は、ファンタジー系だったようだ。
俺や西島さん、シンヤさんはほぼ最初頃から銃を使っていたから、そういう魔法を覚えられなかったのだろうか。
上野台さんはきっと思考回路のせいで、ファンタジー系ではなくなったのだろうけれど。
「あと福島でBMWが壊れた後は、ベンツに乗っていたんだな」
上野台さんの言葉で、車を見てみる。
目の前の黒い車は、俺が知っている四ドアの高級車という、いわゆるベンツとは形が違う。
二ドアの、背が低くて威圧的な形のスポーツカーだ。
「これもベンツなんですか」
「みたいだ。ほれ、このマーク」
確かに前に、円の中に三ツ矢サイダーのマークがあるような、特徴的なマークがついていた。
「高い車が好きなんですかね」
「みたいだな。高速でスピード出して乗るんだろうか。今ひとつ私にはこういった車の良さがわからないんだけれどさ」
そんな事を話していると、アラヤさんが門の方へ向かって歩いて、そしてこっちを向いた。
「ちょうどいいので、ここでお別れします。次に会うときは、きっと戦いの場で、敵としてでしょう」
そう言って、そしてアラヤさんは頭を下げる。
「なにも敵だと決めなくてもいいと思うんだけれどさ。何とかなる可能性も無いわけじゃない」
「いえ、私はあくまで世界を滅ぼす側ですから。でも昨日今日と、楽しかったです。ありがとうございました。それでは失礼します」
その言葉とともにアラヤさんの姿が消え失せた。
おそらく隠蔽魔法を起動したのだろう。
敵ではないから、俺の魔法ではもう居場所はわからない。
それでも上野台さんには、きっと見えているのだろう。
あと西島さんも見えているようで、何かを目で追っている。
西島さんの目線が壕の向こう側、壊れた城門まで達したところで。
「咲良ちゃん。急で悪いけれど、ここから近くておすすめのホテルは何処になる? 出来るだけ近い方がいい」
上野台さんの、そんな言葉が聞こえた。
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