第一八六話 夜中の質疑応答⑵

「田谷さんと、西島さんや上野台さんとは、どういう関係なんでしょうか」


「どういう関係、ですか」


 そう正面きって聞かれると、難しい。

 恋人とかそういうのではないし……


「友人ですかね。友人と言っても色々あると思いますけれど」


「確かに友人では幅が広すぎて、具体的ではないですね。参考として、ここにいない二人の回答です。

 上野台さんは、『旅の仲間、ただし指輪をどこぞへ投げ入れるといった目的はなしで、若干の先輩後輩関係ありってところ』でした」


 なるほど。


「上手く今の関係を表している気がします。指輪というのは、トールキンですね、きっと」


 トールキンの『指輪物語The Lord of the Rings』を三部作としたときの第一部のサブタイトルが、『旅の仲間』だ。

 上野台さんの事だから、『旅の仲間』という言葉で連想したのだろう。


「ええ、きっとそうなんだろうと思います。ただ私は名前だけは知っていますが、読んだ事はありません。だからもっと深い隠喩があるのかもしれないけれど、わかりません」


 それは同意だ。


「俺も読んでません。長くて大変そうなんで」


 アラヤさんは薄く微笑んで、再び口を開く。


「西島さんには、メールでやりとりしている時に聞きました。メールで書いていたんですけれど、西島さんにとって田谷さんは『遅すぎた白馬の王子様』で、上野台さんは『何でも知っている魔法使い』だそうです。なら西島さん自身は何かって聞いたら、『帰る気が無い、オズの魔法使いのドロシー』と書いていました。この三人で、それでもドロシーを元の世界に帰そうとしつつ旅をしているのが、今の私達なんじゃないかって言っていました」


 上野台さんについては、何となくわかる、

 確かに何でも知っている魔法使いだから。


 俺が白馬の王子様というのは、正直柄じゃ無い。

 それに『遅すぎた』がついているのは、どんな意味があるのだろう。


 そして帰る気が無いドロシーか。

 そのドロシーを、それでも帰そうと旅をしている。

 そこは何となく、わかる気がする。


 そして西島さんも、俺や上野台さんが、元の世界に帰そうとしている事に気づいていたという訳か。

 特典を手に入れられた際の俺の願いが、西島さんの病気治療だという事も気づかれていた。

 だから気づいていて当然なのかもしれないけれど。


「こっちは設定が難しそうですね。それに俺は、白馬の王子という柄ではないです」


「でも、外に魔物がいる病室から助けて貰ったのなら、やっぱりそれは白馬の王子様じゃないでしょうか、女の子的に」


 その辺についても、西島さんに詳しく聞いているようだ。


「最寄りにいたのが俺だった、というだけです。それに西島さんと組んだのは、単なる生き残り戦略ですから」


「それも西島さんは書いていました。田谷さんはそう言っていたけれど、本当は私が心配だから一緒にいる事にしただけだろうって」


 完全にバレている。

 でも元々、バレることは承知の上での言い訳だ。

 だから仕方ない。


「遅すぎた、という部分が気になりますね」


「そこは私にも教えてくれませんでした。田谷さんのせいじゃないし、誰のせいでもないからって」


 つまり、わからないままという事か。

 勿論想像することは可能だ。

 その想像がその通りなのかは、この場ではわからないけれど。


 西島さん本人に聞いても、きっと答えてくれないだろう。

 でも遅すぎたという部分に、西島さんの絶望を感じるような気がする。

 俺の気のせいかもしれないけれど。


 さて、それはそれとして。

 思いついた事があるので、聞いてみよう。


「こちらからも質問、いいですか」


「ええ。答えられる事なら答えます」


「何故こうやって、会ってくれる気になったんですか?」


 考えているような少しの間の後、彼女は口を開いた。


「疲れていたんですね、きっと。スクーターに乗って来たのですけれど、魔物の歩く速度にあわせて移動ですから、とにかく遅くて疲れて。睡眠も東御苑に来るまでは、一日六時間程度。皇居東御苑についても、中には泊まるのにちょうどいい部屋は無いですし、風呂もなくて仮眠室みたいな部屋とシャワーだけ。

 八月七日の朝に森岡を出てから、ずっとそんな感じでしたから。だからお風呂に入りたいし、服も着替えたい。それで西島さんの誘いに乗ってしまったんだと思います」


「森岡から、スクーターで来たんですか」


「魔物の歩く速度にあわせての移動ですから、スクーターでも速すぎるくらいです。それに自動車を運転する自信はありませんから」


「途中、雨が降った日もありますよね」


「レインコートを着て運転しました。魔物は雨でも関係なく歩きますから」


 何というか、それは……


「疲れそうですね、確かに」


「ええ。なので、もう欺されたら仕方ないくらいのつもりで、会う約束をしたんです。何かきっかけがないと、魔物の側を離れられませんでしたから」 


「そこまでして、何故東京を目指したんですか」


「東京なら、魔物が大量にいて、歪みを集められる。この世界を元に戻せないくらいに魔物を集めるには、東京に行くしか無い。そう思ったからです。誰も積極的に殺さず、世界を終わらせる事が可能なチャンスは、多分他に無いですから」


「チャンスですか」


「ええ」


 アラヤさんは頷く。


「こうなる前の元の世界、戻りたいと思えるような魅力的な世界ではありませんでしたから。むしろ嫌な事ばかり多くて、そのくせ将来にも希望はほとんどない。あの世界に戻りたいほど楽しかったなんてのは、才能か環境に恵まれたごく一部の恵まれた人だけなんじゃないかと思います。違うでしょうか」


 俺には、答えられない。

 

「田谷さんも、きっとその気持ちは理解できると思います。さっき言っていましたよね。『元の世界に戻りたいかと言われると、素直に頷けない』って。元の環境や原因は違うと思いますが、田谷さんも私も、元々の考え方はそう遠くない場所にいると感じるんです。違うでしょうか?」


 これも俺には、答えられない。

 そうだと言ってしまうと、アラヤさんの行動を肯定してしまう気がして。

 ここでそれを肯定するのは、まずいと感じるから。


「答えなくていいです。それでも田谷さんは、世界を元に戻そうとする側なんでしょうから。

 私と田谷さんの大きな違いは、元の世界に戻したい人がいるか、いないか。元の世界に戻って幸せになって欲しい。もしくは元の世界に戻ってもう一度会いたい。そんな人に出会ったかそうでないか。違うでしょうか?」


 その通りだ。

 ただ素直には返答しにくい。


 それでも返答無しというのはまずい、もしくはずるい気がした。

 何故そう思ったかは、言語化出来ないけれど。


 だから俺は、あえて返答する。


「俺の動機に関しては、その通りです」


 アラヤさんは頷いた。


「だから、このまま消去率が九五パーセントに行かない場合、私と戦う事になるのでしょう。私の下には消去率換算で三パーセント近い魔物がいますから」


「戦わないで済む。そういう選択肢はないですか」


 アラヤさんは首を横に振る。


「戦わないで済む。そんな結果に向かう選択肢も、今までに幾つかあったのでしょう。例えば粟原の町を出たところで、戦いでなく対話を選ぶとか。ただ私はその選択肢を選ばなかった。だからきっともう、避ける事は出来ません」


 それでも俺は食い下がる 


「粟原の町を出たところでは、俺達の方も戦うつもりで準備していました。アラヤさんのせいじゃありません」


「魔物の集団、それも戦闘直後で攻撃的だとわかっているものを、相手にしたんです。ですからそれは、当然でしょう。どちらが悪いという訳ではないのだと思います。ただ気づいた時には、きっと遅すぎた。それだけだと思います」


『遅すぎた』という言葉がまた出てきた。

 前に出たのは……西島さんがメールに書いた、『遅すぎた白馬の王子様』か。

 

 この言葉に絶望的な響きを感じるのは、俺の気のせいなのだろうか。

 何か見逃しはないのだろうか。


 アラヤさんは、更に続ける。


「田谷さんにとっての最適解は、この場で私を倒して、そのまま東御苑の魔物を倒しに行く事です。そうすれば消失率は一気に上がりますし、経験値も稼げるでしょうから」


「いえ、まだ戦わなければならないと、決まった訳じゃないです」


「そうでしょうか」


 アラヤさんはふっと息をひとつついて、そして続ける。


「私には、もう避けられない事だと感じます。そして戦うからには手を抜かないつもりです。

 だからその時は、全力でかかってきてください。私の全力をもって、本気でお相手しますから」


 思い詰めたような雰囲気で、それでもアラヤさんは、そう言い切った。

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