第一八五話 夜中の質疑応答

 風呂から出て、風呂に入る前に選んでおいた作務衣を着る。

 男湯の暖簾からエレベーターホールに出て、階段を上って七階へ。


 土産物コーナーを見てみる。

 いかにも東京土産という感じのお菓子類と、足袋やストラップ、Tシャツ等という感じ。


 冷えているスポーツドリンクがあったので、一本いただく。

 うん、美味しいと思いつつ飲み干したところで、三人がやってきた。


「それじゃ部屋に行って、夕食にしましょう」


 エレベーターにのって、八階へ。


 ◇◇◇


 夕食はレトルトと冷凍を組み合わせた、おかずの種類多めのものだった。

 麻婆豆腐、酢豚、餃子、シュウマイ、鶏照り焼きに、サラダ、スープ、御飯というメニュー。

 

「明日は市場を漁って、冷凍の刺身でも手に入れよう。久しぶりに海鮮丼とかもいいよな」


「市場は船台以来ですよね。楽しみです」


 なんて話をしながら食べた後、それぞれの部屋へ。

 一人になったら急激に眠気が襲ってきた。

 そういえば今日は、奈良から車を運転して帰ってきたのだった。

 疲れているのは当たり前だ。


 部屋は広く、ベッドが二台、ソファーセットなんてのもついている。

 しかしこの眠さなので、ベッド以外に用はない。

 だから手前側のベッドのシーツをめくり、横になって。


 よし寝るぞと目を閉じる。

 ちょっと寝たかなと思ったら、耳元でスマホの振動を感じた。

 何だろうと思って、画面を見てみる。


 新谷美奈萌、誰だと思ってすぐ思い出した。

 アラヤさんだ、これは。

 そう言えば夕食の時、SNSに登録したのだった。


『少し話をしたいのですが、大丈夫でしょうか。もう寝ているなら無視して結構です』


 何だろうと思いつつ、取り敢えず返信。


『大丈夫です』


 ついでに時刻表示を見ると夜一一時過ぎ。

 一瞬にも感じたけれど、二時間程寝ていたようだ。


『ありがとうございます。それでは七階のフロントでお待ちしています』


 てっきりこのままスマホで会話するのかと思ったけれど、違うようだ。


『わかりました』


 そう手早く返信して、ベッドから身を起こす。

 部屋の洗面所でうがいをして、髪をささっと直して、そしてルームキーを持って部屋を出る。

 足音を立てないよう廊下を歩いて、階段を下りて七階へ。

 

 階段を下りたところで、アラヤさんの姿が見えた。

 インフォメーションのところに立って待っている。


「すみません、お待たせして」


「いえ、こちらこそ遅くにすみません。こっちに椅子とテーブルがありますから、移動しましょう」


 アラヤさんの後をついていって、お土産コーナーの奥にある、椅子とテーブルが何セットか置いてある細長いスペースへ。


「西島さんや上野台さんとは、メールやお風呂等で話したのですけれど、田谷さんとはまだ話をしていません。二人が一緒にいる時には田谷さんの本音を聞くのが難しい気がしたので、夜遅くで申し訳ありませんが、こうして呼び出させてもらいました」


 なるほど。状況はわかった。

 そして思った。

 この人に対しては、言葉ではっきり自分の意見を話した方がいいだろうと。


 性格的な理由ではない。

 ゆっくり考えて感じてくれと言えるほどの、時間がとれない気がするから。


 それにはどう話を持っていけばいいのだろう。

 少し考えて、そして口に出す。


「状況はわかりました。それでは何か質問はありますか。質問と返答という形が、多分一番話しやすい気がしますから」

 

 自己紹介は夕食の時に済んでいる。

 フルネームと学年くらいだけれども。

 アラヤさんは新谷あらや美奈萌みなも、高校二年生だそうだ。


「ありがとうございます。それでは質問形式でということで。まずは西島さんや上野台さんにも聞いたのですけれど、私を招いてくれた理由です。私の立場は間違いなく敵だと思うのですけれど、何故こうして招いていただけたのでしょうか」


 なるほど。


「敵かどうか、まだ確定しているとは思っていません。俺は一キロ以内の敵の位置がわかる魔法を持っていますけれど、少なくとも今はアラヤさんに反応していませんから。もっとも、この魔法における敵とは、攻撃をしてくる対象という定義なのでしょうけれど」


「つまり攻撃をしてこないうちは、敵と見做さないという事ですか?」


「そこまで厳密ではないですけれど。魔法に敵と出て、なおかつ逃げても追っかけてきた相手については、向こうから攻撃を仕掛けてくる前に反撃しましたから。

 それにアラヤさんについては、西島さんが招いたからという理由がほとんどです。それに招いて無防備でやってくるような相手なら、そこまで警戒する必要は無いと思います」


 こんな所だろうか。

 模範的な回答とは思わないけれど、少なくとも俺にとっては事実だと思う。


「なら私を招いた理由は、何でしょうか。おそらくは私に魔物を放棄させ、あの魔物を倒して歪み消失率を九五パーセント以上に持っていくことだろう。そう私は思っているのですけれど」


 その通りだが、ここは誤魔化すべきところだろうか。

 ただ誤魔化した方が、かえって問題になりそうな気がする。

 ならここは素直に認めた方が、きっと正しい。


「その通りです。招いた理由というか、もともとのメールでやりとりする計画の理由というか、目的ですけれど」


「ならここで私を倒してしまうというのが、一番正しい解決法なのではないでしょうか。人間を近距離で倒したくないから、そのままにしているのでしょうか」


 これはどう説明するべきだろうか。

 正しく説明するのは、少し難しい。

 頭の中で組み立てを考えて、そして口に出す。


「アラヤさんと連絡をとる計画には、もう一つ別の理由があります。その理由については説明出来ません。ですがそっちの理由を考えると、少なくとも今の段階でアラヤさんに攻撃を仕掛ける、あるいはアラヤさんを倒すという選択肢は無くなるんです」


 西島さんに、生きようと思わせたい。

 そっちの理由だ。


「その理由を聞いていいでしょうか」


「言いたくない理由なので、すみません」


「わかりました」


 アラヤさんは、あっさり引き下がった。


「それでは田谷さんは、何故元の世界に戻りたいと思っているのでしょうか。例えば恋人がいるとか」


 これは難しい。

 というか、そもそも俺は元の世界に戻りたいと思っているのだろうか。

 ここも素直に言ってしまった方がいいだろう。

 ただ……


「難しい質問です。俺一人なら、元の世界に戻りたいと思ったかどうかわかりません。そもそも俺自身が元の世界に戻りたいかと言われると、素直に頷けなかったりします」


「そうなんですか」


 アラヤさん、意外そうだ。


「そうです。実際、元の世界に戻りたいとは思わないけれど、死ぬのに痛かったり苦しかったりなんて思いをするのは避けたい。だから取り敢えず当座は生き抜く。それが俺の、この世界における最初のスタンスでしたから」


「でしたという事は、今は違うんですか」


 アラヤさんに言われて気がついた。

 今、過去形で言ったという事に。

 でも言われてみると確かに、今はスタンスが違う。

 だから俺はこう答える。


「今は違います。俺自身が元の世界に戻りたいかは、正直まだ怪しいです。でもそれでも、この世界ごと消えて終わりにしたくない理由は、今はあります」


「その理由も、話せないものですか?」


「言わぬが花、という奴です」


 健康になった西島さんに、元の世界を楽しんで貰いたい。

 多分俺の今の理由は、そんなところだ。

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