第一七八話 そして夕食へ
西島さんが、テントや周囲の風景を写真に撮っている。
「シンヤみたいに、ホームページを作ってアップするかい?」
「アラヤさんに送ろうと思うんです。今はこんな事をしていますって」
そういえば西島さん、此処へ来るまでの車内でも、結構メールをしていたような気がする。
昨日も割とメールを頻繁にやりとりしていたし、アラヤさんは暇なんだろうか。
確かに暇かもしれない。こっちみたいに移動等をせず、東御苑に籠っているのだから。
魔物は話し相手にならないようだし。
「当分は魔物もこないし、夕食まではのんびりしますか。という事で早速そのハンモックに挑戦だ」
上野台さんはハンモックのところへ行った後、布を広げて、座ろうとしてやめて、そしてこっちを見る。
「田谷君ごめん。ハンモックに乗りきるまで、反対側から少し支えていてくれないか。どうも私が乗るとひっくり返りそうな気がするんだ」
確かに上野台さんの動きは、見ていて危なっかしい。
本人曰く、無敵の運動神経というのも頷けるので、反対側から布を広げる方向で持って、ひっくり返らないように押さえておく。
「これで反対側には転がらないから、ここは深く腰掛けるのが正解。だからまずここを思い切り手前に引っ張って……」
上野台さん、逆側に落ちそうになったりしながらも、何とかハンモックに乗る事に成功。
「快適だけれど、こんな感じで斜めになって大丈夫かなあ。下手に動くとひっくり返りそうだから、動かないけれど」
「斜めに寝る方が正解らしい。ハンモックの取扱説明書に書いてあった」
シンヤさんのフォローが入った。
どうやら上野台さんの今の姿勢が正解のようだ。
「ならこれでOKってことか。ならしばらく、これでいいかな。今が午後三時五〇分だから、魔物が私の能力で確認出来るのが午後八時位、此処まで来るのは一一時三〇分頃か」
「なら夕食は遅めにした方がいいですね」
これは西島さんだ。
テーブル上にタブレットを取りだし、ポチポチと何か操作している。
おそらくはメールを打っているのだろう。
「なら午後八時に夕食でいいか? 少し遅いが」
「そうですね」
「わかった」
「わかりました」
西島さん、上野台さんにあわせて俺も返事をしておく。
さて、どうするか。
ここに居ても何だし、折角こういう場所に来たのだ。
となるとやっぱり、沢が気になる。
虫も蛇もいないから、足場だけ注意して沢へ。
察知+は反応しないから、増水等の心配は無さそうだ。
沢っぽくなっている部分の幅は大体三メートルくらい。
その中心の一メートルくらいの部分を、水が流れ落ちている。
触れてみると結構冷たくて、気持ちいい。
この大きさだと、足を水に浸すくらいがせいぜいだ。
という事で靴と靴下を脱いで、入ってみる。
かなり冷たいし、底がコケか何かで滑りそうだけれど、気持ちいい。
「水、冷たいですか」
メールを打ち終わったらしい西島さんから、声がかかった。
「冷たいけれど、足を入れるくらいしか出来ない」
「やってみたいです」
西島さんがやってきて、靴と靴下を脱いで足を踏み入れる。
「冷たいです。ただ滑りそうで怖いですね」
「狭いしさ」
「確かにもう少し大きいと、もっと遊べそうです。泳げるくらいだと楽しいんでしょうね」
確かにもっと川が大きくて、泳いだりする位の大きさがあれば楽しいのだろう。
しかし今回は魔物を倒す為に来たのだ。
だから遊べないのは仕方ない。
「東京近郊だと、億多摩辺りなら川遊びを楽しめる場所が結構ある。メジャーなのは氷河キャンプ場あたりだが、体力その他に自信があるなら宇名沢渓谷の下部がお勧めだ。泳ぎありの沢登り初級編が楽しめる」
「沢登りって、楽しそうですね」
「登るなら沢靴とヘルメットくらいはあった方がいい。登山用品店か、大きい釣具屋で売っている」
それも楽しそうだなと思うが、懸念がひとつ。
無敵の運動神経(悪い方で)を誇る上野台さんをどうしようかと。
沢登りではなく、キャンプ場くらいでとどめておく方が正解だろうか。
◇◇◇
川に浸かった後、特にやることがないから昼寝。
ハンモックは上野台さんと西島さんに取られたので、俺は大きいテントの中にあった、コットという名の簡易ベッドを使用。
テント内に冷却魔法をかけて、シュラフのファスナー全開で入ると、なかなか快適。
だからすっかり寝込んでしまって……
「田谷さん、御飯ですよ」
西島さんに起こされて周囲を見ると、もう暗い。
暗視能力があるから困らないけれど、思った以上にぐっすり寝てしまったようだ。
テントの外を見ると、テーブルに明かりが灯っている。
結構明るい。
そしてテーブルの上には、鍋と平皿が並んでいる。
匂いだけで、もうメニューが何かはわかってしまう。
「キャンプというと、何かカレーのイメージなんだよな。なんで今日はカレーにした。お高いレトルトカレー八袋と適当な冷凍肉をぶち込んだ豪華仕様だ」
何か微妙に違う気がするけれど、きっと気にしてはいけない。
「本当はキャンプでカレーはあまりお勧めではないんだが。油汚れは落としにくいし、御飯を焚いた鍋を洗うのが面倒だ。今は魔法を使えるから問題無いが」
「ならシンヤ的なお勧めは何なんだい?」
「袋ラーメンを水ぎりぎり、スープの素少なめで。乾燥野菜とソーセージを入れれば充分豪華になる。軽くて保存性がいいし、スープまで飲めば片付けが楽だ」
シンヤさん、いかにも実践派的な意見だ。
「確かに魔法を使えなくて、洗い場がない場所ならそれが正解なんだろうな。魔法で収納なんて使えないから、山の中ではあまり重い物を持ち込めないだろうし」
「そういう意味では、この世界はアウトドア向きだな。収納で自由に物を持ち運べるし、何といっても虫がいない。これだけで充分快適だ」
「そっか、虫がいないってのは確かに大きそうだね」
そんな事を言いながら、パック御飯を魔法で解凍して盛り付ける。
カレーを鍋からかければ準備完了だ。
「レトルトで作ったから、大きい具は肉しかないけれどさ。肉は期待していいと思うよ」
別に冷凍肉を入れたから、肉だけは豪華という訳か。
いや、ルーそのものも結構豪華な筈だ。
和牛だの地鶏だのジビエだののお高いカレーを混ぜ込んだ代物だし。
「いただきます」
皆でそう言って夕食開始した後、真っ先に肉の味を確認して見る。
あ、確かに美味しい。ただこの肉、何の肉だろう。
「これって何肉ですか?」
「秋田の何処かにあった、冷凍鹿肉。解凍して酒に浸して、柔らかくなるまで魔法で加熱したから、そう悪い味じゃないと思うけれど……」
上野台さんは途中で言葉を切って、ふっと山の上の方を見る。
「何かありましたか?」
「魔物の反応だ。予定より一〇分程度早いけれど、歪みが見える。正確な数はわからないけれど、かなり多そうだ。これは期待していいんじゃないかな」
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