第一七七話 少しだけ登山して

 上野台さんが魔物を確認した場所から、十分ちょっと。

 俺なら絶対運転したくない細く曲がりくねった道の先、トンネル左側に設けられた砂利敷の駐車場に車が停まった。


「到着だ。トイレはそこのプレハブ脇。トイレ休憩をしたら、もう少しキャンプらしい場所へ移動しよう」


「ここにテントを張るんじゃ駄目かい?」


 確かに車の近くで、トイレもすぐそこで便利ではある。

 そのかわりトンネル、道路、崖という景色で、山奥というのは感じるけれど、自然という感じは無い。


「虫がいないし、今の状況なら何処へテントをはっても問題ない。ならもう少し景色がいい場所の方がいい」


「遠くないよね」


「二〇〇メートル程度だ。テントその他は僕の収納に入れてあるから、食料と水だけ持ってきてくれればいい」


「二〇〇メートルって、標高差じゃないよね」


 上野台さん、粘る。

 よっぽど動くのが嫌いらしい。


「大丈夫、水平距離だ」


「なら行ってみましょうか」


 西島さんがそう言ったら、事実上の決定。

 荷物は収納に入れたままなので手ぶらだ。


『登山届記入ボックス』と書かれた箱の横にある、滑り止め鉄板のような道を登る。

 人一人分くらいしかないような登山道だ。

 そしてその先は、砂利道のゆるい上り坂。


「この道を魔物が下りてくるんですか」


「その予定。魔物が停まっているところからここまで、コースタイムだと七時間四五分。向こうが四時間程度歩いて谷間から抜ければ、私の能力で確認できると思う。それにしてもこの道、きつくないか」


 上野台さん、流石にそう言うのは早過ぎる気がする。

 確かに登り坂だ。しかしそこまで急な坂ではないし、そもそもまだ一分歩いていない。


「上野台さんも、レベルなりに体力は上がった筈ですよね」


「私の場合は、レベルアップしても体力があまり上がらず、代わりに魔力が人の倍近く上がるという仕様らしい。少しは上がっているようだけれど、それでもレベルアップ無しの常人よりちょいましか、互角か、下手すれば負ける。その程度」


 いや、多分違う。

 だからちょっとばかり、俺から指摘させて貰おう。


「実は歩きたくないだけじゃないですか。普通に話せるってことは、それだけ呼吸に余裕があるってことですよね」


「……君のような勘のいい奴は嫌いだよ」


 そんな感じで歩いていくと、堰堤を乗り越えて、川の高さが一気に近くなった。

 そして川と言うか沢沿いに平らなところがあって、少し上側に木製の歩行者用橋がかかっている場所に出る。


「ここでいいだろう。川沿いだし景色も悪くない。虫を含む動物がいないから、この辺の何処を歩いてもテントを張っても問題ない」


「確かに山でキャンプという感じですね。この川もいい感じです」


「昨日の雨でもっと増水しているかと思ったけれど、そうでもなさそうだ。水の跡を見ると増水が終わって、減ってきたところだろう」


 落ち葉と砂利という感じの場所に、無事到着だ。


「テントを張ろう。というか、既に張って持ってきた。だから場所さえ決めれば置くだけだ」


 シンヤさんがそう言って、テントを3張り出す。

 2つは同じ形の大型テント、1つはその半分くらいのテントだ。


「小さいのは僕用だ。大学時代から使っている。あと2つは今回用に、量販店から持ってきた。山で使ったり持ち運んだりするには重いし弱いけれど、今回は特に問題ないだろう」


「でもここだと、少し傾いていないか。あと下が砂利だけれど、寝る時は大丈夫?」


「通常なら石をどけて寝やすくする。ただこの世界なら、多少大きくて重いものでも収納して持ってくることが可能だ。だからキャンプ用のベッドを持ってきた。中に寝袋と一緒に入っているから確認してくれ」


「どれどれ」


 上野台さん、西島さん、そして俺の三人は、手近なテントをのぞき込む。

 中には折り畳みのベンチといった感じのベッドが二つ入っていた。

 上に布団っぽい長方形のシュラフが置かれている。


「なるほど、これなら下の地面がどうであろうと眠れそうだ。こういうのって、キャンプするときに持ち歩くのかい?」


「僕のスタイルはこっちのテントだ。コットを使わず、エアマットを使う」


 どれどれ。やっぱり三人でのぞいてみる。

 こっちのテントは高さが低いし、床面積もずっと狭い。

 畳二畳あるかないか。

 寝る場所も厚めのマットとシュラフと簡単だ。


「これだと寝にくくないかい?」


「僕はこっちのスタイルで慣れている。この組み合わせなら登山でもバイク旅でも使える位、小さく軽い。

 実はコットや大型テントを使うキャンプは初めてだ。今までは登山とかバイク旅でのキャンプばかりだったから」


 そう言いつつシンヤさんは、残った平らなスペースにテーブルと椅子四脚を出す。

 何というか、色々と持ち込んでいるな。

 でも確かにこれは、楽しそうだ。


「座り心地が良さそうだね、その椅子」


「ああ。ただこういったオートキャンプ的装備は、実は僕も初めてだ。だから売り場にあるうち、お高めで良さそうなものにしてみた。あと一応、お遊び的装備でこんなものもある」


 フレーム付きのハンモックが2つ、更にロッキングチェアっぽい、ゆらゆら揺れそうな椅子も1脚出現。


「何というか、シンヤ、これって結構ノリノリで持ってきていないか」


「これまでキャンプは一人で、最小限の装備でやっていた。だから今回は、いつもと違う方向性を試してみたかった」

 

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