第一七六話 上野台さんの作戦

 休憩を四回入れ、午後二時半過ぎに、高速道路っぽい国道のインターチェンジを下りる。

 三分もしないうちに、指定のコンビニが見えた。

 コンビニの駐車場には、見覚えのあるスクーターの他に、箱形のワンボックスカーが止まっている。


「あの車も、シンヤさんのですかね」


「わからない。ただ人や魔物の反応は1人分しかないから、いるのはシンヤだけだろう。敵の反応もないんだろう?」


 確かに察知+は、何の反応も示していない。


「ええ」


「じゃあ大丈夫さ」


 近づいて、既に止まっているワンボックスの横に停めたところで、ワンボックスの後ろ扉が開いて、シンヤさんが出てきた。


「久しぶり、どうだった?」


 上野台さんが声をかける。


「岐阜の奥の方を中心に回ってみたけれど、昨日倒せたのは魔物三体だけだった。もう残った魔物は数が少ないしバラバラで、走り回って運良く見つかる事くらいしか期待出来ないようだ。ごく僅かな例外を除けば」


「だろうね。それでスクーターから車に乗り変えたのかい?」


「今は両方使っている。この車ならスクーター1台くらい載るし中で寝る事も可能だ。魔物と出会う事が少ない今は、涼しい分、車の方が楽だ」


 なるほど。


「今はスクーターを出して、中で寝る事が出来る状態にしてある。テントは寝にくい場合もあるから、今回はこっちの車で行こうと思うんだが、どうだろう」


 なるほど、確かにそれは便利だし面白いかもしれない。


「中を見てみていいですか?」


 西島さんも興味があるようだ。


「ああ。今は4人乗れるようにしてある」

 

 シンヤさんが出てきた扉を開けて、中を見る。

 運転席と助手席は普通の状態だが、後席が明らかに違った。


「分厚い椅子ですね。あと床がフローリングになっています」


 西島さんが言うとおり、後席の椅子と床が明らかに違う。

 そして後席の後ろは、後席座面と同じ位の高さのマットが面積一杯広がっていた。

 後席を前にスライドしてリクライニングすれば、セミダブルベッド以上の広さになりそうだ。

 端に布団が畳まれている。


「確かにこれなら、1人で寝るのには問題無さそうだね」


「ああ。走り回った後、寝場所を探す必要が無くて楽だ。1人ならスクーターを入れたままでも眠れる程度の幅を確保出来る」


 確かに一人旅なら便利だろうと思う。

 ただ俺達3人の場合だと、辛い事になる。

 上野台さんか西島さんがすぐ横にくることになるから。


「それじゃ行こうか。今日明日食べる分は魔法収納に入れているからさ。このままでも大丈夫だよ」


「ああ。この車や僕の収納にも最低限は入れてある」


「キャンプが楽しみです。初めてですから」


 今回は上野台さんが助手席、俺と西島さんが後席だ。


「国道三〇九号に出て、あとは南下でいいか」


「それでお願い。多分対象の集団は弥山辺りの谷にいると思う。この道を通れば、私の能力で引っかかる筈だ」


 車は走り始める。俺の運転よりやや速めだが、荒いという感じでは無い。

 そこそこ安心出来る走り方だ。


「参考までに、何処までが観測出来ていて、どこからが推測か聞いていいか」


「確認出来たのは霜市町から三〇九号を南下したところと、点川村のみたらい渓谷のカメラちらっと映ったところまで。上北山村から先へ行くのなら、霜市町から一六九号で行く方が合理的なルートだろう。だから集団は、みたらい渓谷から先、一六九号と合流するまでの何処かまでで山に入った。そこまではいいかい?」


「ああ、そこまでは間違いないだろう。ちなみに時間的にはどんな感じだ?」


「霜市町のカメラに映ったのが一昨日の午後一時。みたらい渓谷のカメラに映ったのが同じく午後七時過ぎ」


「ならとっくに抜けているんじゃないか、この辺を」


 確かにまる一日経っていれば、それなりに遠くに行っているのが普通だろう。

 そう俺も思うのだけれど。


「そこは多分、大丈夫だ。今のところ、下りてくるだろう場所のWebカメラに映っていない。それに元々この先にいた、集団が目指している魔物が下に下りてこない理由を考えるとさ」


「どういう理由ですか?」


 俺やシンヤさんより先に、西島さんが尋ねる。


「沢とか岩とかを登ると、往々にして、登ることが可能なのに下りられないって場所があるらしいんだ。私も登山をやらないからよくわからないけれどさ」


 登れるのに、下りられない場所。

 普通の道では考えられない。


「そんな場所があるんですね」


「例えば岩登りの場合、上方向は頭が上にあるから見やすいが、下方向は見えにくいから足も置きにくい。上に登るのにゆっくり力を掛ければ滑らないところでも、下へ下りようとすると力のかけ具合が難しくなる。急斜面や足場の悪いところほど、登るより下りる方が難しい」


 シンヤさんは知っていたようだ。


「なるほど、そんな感じなんだね。私は経験がないから、よくわからなかったんだけれど。

 今回この辺にいた魔物は、多分そういう場所にひっかかって動けなくなっているんじゃないかと思うんだ。そして集団も、やっぱり同じ場所で動けなくなるんじゃないかってさ。

 ちょうど昨日は雨だ。なら山道は一段と動きにくい。だから集団もそこで動けなくなっているだろう」


「ならそこまで、山を登って攻撃か?」


 これはシンヤさんだ。


「いいや。私の体力じゃ登山なんて冗談でもやりたくない。魔物の集団は下りようとするから動けないだけで、登ろうとすれば多分動けるんだ。だから登った先から繋がるコースの終わりに私達が陣取ってやればいい。登り方向を合理的なコースと判断して、集団がやってくるだろう」


「そうやって魔物が谷で立ち往生していると、確認方法は?」


「問題の場所はこの道から二キロ程度だからね。谷間の隙間から歪みが見える筈だ。歪みを見て、魔物の位置が確認出来て、なおかつ魔物がこっちに動いてこないのなら、私の予想が当たりって事さ、多分」

 

 ◇◇◇


 そしておよそ一時間後。


「この辺からゆっくり走ってくれないか。そろそろ魔物を確認出来る筈の場所だから」


「了解だ」


 ゆっくりになった車の助手席から、上野台さんが自分のスマホと前の景色を交互に確認しはじめる。


「そのカーブのところで止まってくれ」


「了解」


 停まったところで、上野台さんは車を降りた。

 そして右側、ガードレールぎりぎりに移動して、スマホと前の景色を見比べて、頷く。


「間違いない。予想通りの場所で立ち往生しているようだ。それじゃ今日のキャンプ場に行って、魔物を待ち受けるとしよう」

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