第一七四話 メールと、明日の予定と

 午後も基本的にはプールで浮いていたり、泳いだり。

 違うのは、西島さんが時々スマホを確認したり、操作したりしているところだ。


「何か随分とメールが来るようになったな。一時間に一通は来ているんじゃないか?」


 今度は一番大きなプールで、相変わらずゴムボートの上に乗った状態で、上野台さんは尋ねる。


「話し相手がいなくて暇みたいです。魔物は一杯いるけれど話し相手にはならないそうですから。個性とか学習能力といったものは無いようだと書いてありました」


 西島さんはメールが来るとプールから上がって返信し、それ以外はビート板で泳いだり、浮き輪で浮かんだり。

 俺は専らプールの中で歩きで、たまにビート板を使うという状態だ。

 

「魔物には個性がないか」


 上野台さんの言葉に、西島さんは頷く。


「ええ。同じ種類なら姿形は全く同じで、命令に対してもその通り、全く抵抗せず動くと書いています。量産型のロボットに、同じプログラムを入れた感じだ。そんな風に書いています」


 そう言えば以前、上野台さんが似たような事を言ったような気がする。

 本人もいるので、直接確認しておこう。


「上野台さんも前、飽田にいた頃に言っていましたよね。オートなんとかみたいだって」


「オートマトンさ。有限長のプログラムで動く自動人形って意味で。やっぱりそんな感じなのか」


 俺は更に、西島さんに聞いてみる。 


「何処かの世界の生き物、という感じではない訳か」

 

「アラヤさんも最初はそう考えたそうです。他の世界の人間にあたる生き物、もしくはそういった生き物を洗脳して使っているのではないかって。でも支配下に置いて観察してみると、どうもそうではないようだと。他の魔物と戦闘をさせると、経験値は稼ぐしレベルは上がるけれど、種が変わらない限り攻撃パターンは全く同じで、学習しない。おかげで魔物を支配して命令しても、心は傷まない。けれど退屈だって」


 アラヤさんというのは、向こうの名前だ。

 名字なのかペンネームみたいなものかは、わからないけれど。


 西島さんによると、まだ年齢も性別も書いてはいないそうだ。

 ただ西島さんはこう、推測している。


『私より少し上くらいの、多分女性だと思います。何故そう思うかについては、言えないですけれど』


 メールについて西島さんの一存で書いていいし、俺や上野台さんに公開しなくてかまわない。

 そういう規則にしている。

 だから俺もメールの内容は、西島さんが言ってくれる範囲でしかわからない。


 正直なところ、不安がないわけではない。

 西島さんがアラヤさんに流されて、余計にマイナス思考にならないかと。


 それでも今のままでは、色々と手詰まりだ。

 西島さんについても、歪み消失率についても。


 奈良の集団を倒せば、ある程度は歪みも消えるだろう。

 それでも九五パーセントには、足りない気がする。

 奈良の集団を倒して、全国に出てくる魔物を倒して、更に東御苑の魔物を倒して。

 それでやっとという感じがするのだ。


 そこでふと、まだ確認していない事に気がついた。

 上野台さんは、カメラの情報等で知っているのだろうか。

 西島さんは、メールで聞いているのだろうか。


 俺はそれを、口に出して聞いてみる。


「ところで皇居東御苑の魔物って、概ね何体くらいいるんでしょうか。千体以上とは前に聞いたのですけれど」


「私がカメラで数えた時は、一七〇〇体くらいだった。その後で増えているか減っているかはわからない」


 千体どころではなかった。

 何というか、圧倒的な数だ。そう思った時だ。


「現在は一八一三体だそうです。東御苑内に発生した魔物も集団に取り込んだそうですから。これ以上増えると案外やばいかも。そう書いています」


 更に増えた。

 でも思わず俺は聞いてしまう。


「それって、俺達に言ってもいいのか?」


「こっちの仲間になら言っていい。そうアラヤさんは書いています。それに数が多い事を知っている方が、攻め込まないだろうって。ただ掲示板に居場所を書くのは、やめて欲しいそうです。出来れば静かにこのまま時間を稼ぎたいって」


 なるほど。


「取り敢えず今はまだ、掲示板に書く気はない。もう少し事情を確認してからかな」


「わかりました」


 上野台さんは、ふっと溜め息をついた。


「さて、今朝、田谷君が言っていたけれどさ。やっぱり明日は奈良の方へ移動するとしようか。シンヤにも連絡して」


 奈良か。


「此処からだと、結構遠いですね。奈良のどの辺ですか」


「想定では奈良県点川村、国道三〇九号の何処かになると思う。厳密に何処になるかは、近くに行ってからだけれどさ」


 言われて見てみると、かなりとんでもない場所だ。

 道路が右に左にという感じでくねくね曲がっていて、俺はあまり運転したくない。


「ちょっとこの道では、俺は運転出来る自信は無いですけれど」


「シンヤに頼めばいい。来てくれるならだけれどさ。まだ魔物が一〇〇匹単位でいるとわかれば、こっちと合同作戦であっても来ると思う」


 なるほど。


「あと現地に行っても、すぐに討伐準備は出来ないと思う。居場所を探さなければならないしさ。国道沿いの登山口付近で、降りてくるのを待つという形になると思う。だから現場についても、半日くらいは待つ事になると思うんだ」


 あと気になる事がある。


「一〇〇体の魔物に対して、四人で何とかなるんですか」


「本当はもっと増やしたいところだ。しかし残念なことに、信頼出来る相手がいない。信頼出来ない人間と一緒にいると面倒な事が起こりそうだからさ。その分は作戦と魔法とスキルで何とかする。基本的にはいつもと同じ、ある程度遠くから連射で倒すという形にするつもりだ。まあその辺は何とかなるような作戦を考えるからさ、心配しないでくれ」

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