第一七三話 プールで遊んだ午前中
朝食を食べている間に、本日のレポートが出た。
ただし内容は、昨日とほとんど変わりない。
『二四日経過時点における日本国第1ブロックのレポート
多重化措置後二四/三五経過
ブロック内魔物出現数累計:一九万六五五七体
うち二四時間以内の出現数:〇体
魔物消去数累計:一八万六八四八体
うち二四時間以内の消去数:二五三体
開始時人口:一一九人
現在の人口:八五人
直近二四時間以内の死者数:〇人
うち魔物によるもの:〇人
累計死者数:三四人
うち魔物によるもの:二六人
現時点でのレベル状況
人間の平均レベル:五六・六
人間の最高レベル:レベル一〇四
人間の最低レベル:六
魔物の平均レベル:九・五
魔物の最高レベル:二六
魔物の最低レベル:一
本ブロックにおける魔物出現率:一〇〇パーセント
歪み消失率 九一・〇パーセント
なお一八日八時以降、魔物の発生はありません』
昨日の歪み消失率を確認する。予想通りの悲しい結果だ。
「消失率、〇・二パーセントしか上がっていませんね」
「実際はもっと下だろうな。四捨五入して少し増えたくらいだろう」
そう言った上野台さんに、更に尋ねる。
「全国で二五〇体くらい倒せたんですね、昨日でも」
「ああ。ただ平均レベルがさして上がっていない。レベルがそう高くない低い魔物を、多数の人間で倒したという事だろう。単独で数多く倒してレベルアップした訳じゃない。だからまあ、心配はしなくていい。心配するのは消失率の方だけだ」
消失率か。
「まとまっていそうな魔物は、皇居東御苑の他には奈良の一〇〇体くらいの集団だけでしょうか」
「ああ。他にもいるかもしれないけれど、Webカメラでは捉えられていない。あと奈良県の魔物集団は、山奥方面に向かっているようだ」
発見出来なくなるなら、いっそ……
「倒しに行きますか」
「ああ、それが正しいだろうな。でもちょっと考えさせてくれ」
上野台さんはそこで一呼吸置いて、そして続ける。
「倒す必要があるのは確かだ。ただ今日はやめておこう。天気予報では、今日は昼前から大雨の予報だから。大雨とか夜間とかに、長距離運転をして貰うのは申し訳ない」
「私達より先に他の人に見つかる可能性は、あるでしょうか?」
これは西島さんだ。
「わからない。ただ見つけてもそう簡単には倒せないと思う。もう一つの集団に比べれば少ないけれど、それでも100体クラスの集団なんだ。ある程度の人数でかからないと、勝ち目はないだろう。それに今日は向こうも雨の予報だ。雨だと走り回る奴もそう多くないだろう。
だから今日はその辺を考えず、遊ぶ。明日には低気圧が抜けて前線も北上するという予報だ。だから行くとしても、明日にしよう」
つまり今日は遊ぶ事に決定だ。
さて、昼食後は屋外のプールや温泉を歩き回っては試していた。
しかしほぼ一通り試した辺りで、空が暗くなってきた。
「天気予報では10時位となっていたけれど、ちょい早いかな。屋根のある方へ逃げよう」
テーブルや椅子も撤収して、全体に屋根があるエリアに移動。
こちらは大きいプール、流れるプール、ウォータースライダーがある。
ただし流れるプールは流れていないし、ウォータースライダーも水が流れていないから使えない。
それでも流れるプールはトンネルなどがあって、周回が楽しい造りになっている。
まずはそこを浮き輪とゴムボートを使いつつ、回ってみる。
◇◇◇
1時間位経過。
「うーむ、余は快適ぞよ」
なんて言いつつ、ゴムボートの上にいるのは上野台さん。
ゴムボートの上にいる理由は簡単だ。
「私の無敵の運動神経で泳げる筈はないだろう。水の中を歩いて移動するのだって自信が無い」
乗る際も、水中からでは無理だった。
ゴムボートをプールへりに俺が押しつけた状態で、四つん這いになって移動という形だ。
西島さんも、基本的には泳げない。
これは病気のせいで、今まで泳げるような状況がなかったから仕方ない。
それでも今はレベルアップで得た体力があるから、浮き輪を使えばバタ足で水面を高速移動出来る。
結果、プールの水面を暴走しては浮き輪のまま休憩、というのの繰り返し。
とっても楽しそうだ。
あまりに楽しそうなので、上野台さんも一度、浮き輪に挑戦したくらいだ。
三分程度挑戦して諦めたけれど。
「やっぱり私はゴムボートの方があっている気がする。一度乗ってしまえば動かない限り安定しているし、呼吸困難になることもない」
浮き輪に掴まってバタ足で泳ごうとすると、浮き輪を持っ手が何故か浮き輪から離れて沈むとか。
浮き輪の中に入って浮くという形だと、何故か浮き輪だけが浮いて本人は浮き輪の穴の中に落ち、頭の周囲が浮き輪の穴で塞がれる形になって身動きがとれなくなるとか。
浮き輪にお尻を落として、両足と両腕で身体を支える形にしても、やっぱり穴の中に落ちてはまって、身動き出来なくなるとか。
挙げ句の果てには逆さ浮き輪というか、浮き輪の穴に頭と肩が入って動けなくなったりまで……
救出で俺も疲れた。
だからもう、上野台さんはボートの上のままでいいと俺は思う。
ゴムボートを漕ぐなんて事すら試みずに、ただ浮いているだけで。
ゴムボートを引っ張る方が、救出より楽だから。
流れるプール(流れていない)を周回して、洞窟部分を抜けたところで。
「そろそろ一休みしようか」
ボート上の上野台さんから、そんな意見が出た。
「わかりました」
ゴムボートを岸に押しつけ、上野台さんがのそのそと岸へ這い出た後、俺と西島さんも上へとあがる。
「やっぱり楽しいですね、ここ」
「ああ。プールで泳ぐなんて何年ぶりかわからないけれど、楽しいな」
貴方は泳いでいないでしょう、というツッコミはしないでおく。
「外は天気が悪そうですね。暗いです」
西島さんが言うとおり、窓の外が暗い。
雨が降っているのだろう。
「前線が一気に東南に進んでいるみたいだからさ。抜けるのに今日いっぱいはかかるんじゃないかな」
「ここまで割といい天気が続いていたんですけれどね」
確かにこの世界になってから、晴れの日がほとんどだったような気がする。
「例年だと水不足になったりしたかもな。ところで、そろそろ昼食にしないか。いい時間だ」
スマホを取り出して確認して見る。
確かにもうすぐ、お昼だ。
思った以上に遊んでいたらしい。
「それじゃテーブルを出して、昼食とするか」
「わかりました」
収納から折りたたみ式のテーブルと椅子を出したところで、スマホの通知音がした。
見ると西島さんがスマホを持ち上げて見ている。
「メールが来ているので、ちょっと先に返信しておいていいでしょうか」
「ああ。今日は遊ぶだけだから、何をしても問題ない。昼食の方は私と田谷君で用意するからさ」
「ありがとうございます」
「それじゃ田谷君、中サイズの鍋ひとつと、冷凍の野菜、葉っぱものを三人分程度出してくれ。昼食はカップじゃないラーメンといこうじゃないか。咲良ちゃん、メール打ちながらでいいから例のラーメンを出してくれ。調理はこっちでする」
「わかりました」
俺の方も収納を確認する。
「冷凍ホウレンソウと冷凍ニラでいいですか」
「上出来だ。本当はモヤシとキャベツなんだろうけれど、冷凍が無いから仕方ない。あとは丼と箸、お玉。調理は私がやるから」
西島さんが出した冷凍ラーメンは、麺が太く、煮豚ががっちりあって、ニンニクと脂マシマシなタイプ。
つまりはいわゆる二郎インスパイア系だ。
「こういう下品でがっつりしたラーメンだと、餃子もあった方がいいよな、やっぱり」
上野台さん。そんな事を言って冷凍餃子を出した。
「あとフライパンもあったよな。ちょっとこの辺の野菜は炒めた方がいい気がする」
冷凍野菜を解凍しながら炒めたりもしている。
なお麺はいつでもゆがけるよう、お湯の鍋も準備済み。
すぐに麺を茹でないのは、西島さんがメールを書き終わるのにあわせようとしているのだろう。
俺も皿を用意して出来た餃子を盛り付けたり、丼にスープの素を入れたりして手伝いつつ、西島さんの様子をうかがう。
そして上野台さん、更に冷凍炒飯を出して、フライパンで炒めたりしつつ、その途中で、
「そう言えばベーコンもあったよな」
と出して刻んで炒飯に投入。
そういった時間潰し作業のおかげで、ラーメンだけだった筈のメニューが、ラーメン&炒飯&餃子とがっちり揃った。
もうあとは麺を湯がいて盛り付けるしかない。
そんな状態になったところで、ようやく西島さんのタブレットからメール送信音らしい音がした。
「メール、送りました」
西島さんが顔を上げる。
ほぼ同時に、上野台さんが麺を湯がき始めた。
「この麺がほぐれた後、水切りをして盛り付ければ完成」
「すみません。待っていて貰って」
「麺がのびたら悲しいからさ。でもプールで疲れた後にガッツリ系のラーメンって、夏らしい気がしないか?」
「確かにそうですね。お腹もすきましたから」
いや、プールの後に食べるラーメンは、きっと袋ラーメンかカップラーメンだ。
間違えても二郎インスパイア系ではない……気がする。
でもまあ、確かにお腹が空いているから、今日はいいとしよう。
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