二五日目 八月二一日
第三七章 ただ遊ぶ日の筈が
第一七二話 必要だった
「今日は時間がありますから、朝食も少しゆっくり取りましょうか」
「ああ。何なら外で水着でランチというのはどうだい」
「面白そうですね」
上野台さんのしょうもない提案と、それに乗った西島さんにより、洗面の後、まずは水着調達へ。
ホテル1階から連絡通路を通って、プールの手前でぐるっと左に回ると、水着をレンタルしたり販売したりする場所に到着する。
「何か種類がいっぱいありますけれど、どれを選んでいいかわからなくなります」
「何なら後で別の水着を着てもいいんだからさ。悩まずに気分で決めていいと思うよ」
「確かにそうなんですけれど……」
「この後に朝御飯だからさ。ここは悩まずさくっと行こう」
面倒な事にならないようさっさと退避して、自分用を探す。
男性用なんて、特に悩むような事はない。
値段を気にしなくていいならなおさらだ。
サイズを確認して、更衣室でそのまま着用。
上はTシャツのままでいいだろう。
脱いだズボンとパンツは魔法で収納して更衣室の外に出たところで、2人がやってきた。
それぞれ水着を持っている。
「試着ですか」
「ああ。朝食があるから、さっさと決めた。あとサンダルと浮き輪をキープしたら外へ行こう。今日は午後から天気が急変するらしいから、それまで夏のプールを満喫したい」
上野台さん、やる気満々だ。
でも水着選びで時間がかかるよりは、よっぽどありがたい。
「なら俺は、自分のサンダルを探しておきます」
「ああ。あとゴーグルとかもさ。魔法で収納できるから、ちょっとでも必要と感じたものはキープしておこう」
「確かにそうですね」
◇◇◇
プールサイドのちょうどいいところに、テーブルがない。
という事で、わざわざ他の場所にあったテーブルを収納して持ち運び、プールサイドの屋根があって直射日光を防げる場所に設置。
「他に人がいないからこそできる贅沢だな、これは」
「確かに夏らしいです」
なお上野台さんの水着も、西島さんの水着も、露出少なめの可愛い系。
上野台さんはもっとヤバい水着を選ぶかもと思っていたので、ちょっと安心だ。
「売店がやっていれば、それらしいものを食べるんだけれどさ。残念ながらここはピザとソーセージ、あとコーラくらいか」
「あとカップ焼きそばもいいですか」
「いいな。ならウィンナーを追加して」
ここはハワイがテーマのテーマパークなのだ。
そこでヤキソバの匂いがするのは、リゾートという感じを薄れさせる気もする。
でも焼きそばの匂いは、確かに夏らしい。
「何というか、夏休みっぽいですね」
「ああ。これも正しい日本の夏だよな」
確かに夏休みという気がする。
それも水着の美女美少女同伴という、俺には縁が遠い感じの夏休み。
「2年位前の私には、堕落といわれそうだけれどさ。こういう遊び方も、否定するもんじゃないよな」
上野台さんが、妙な事を言った。
何とはなしに聞いてみる。
「どういう事ですか?」
「いや、ちょい前までの私は、もう少し尖っていたんだ。人と同じ事をするのは堕落だ、そんな感じでさ。今思うと、自分に自信がない事の裏返しなんだろうけれど。だからサブカルチャーっぽい方向に走ってみたり、急に思い立って意識高めな感じの授業を取りまくったりしてさ。普通とみられることが怖かった。自分の価値がなくなってしまう気がして」
「普通とみられると、自分の価値がなくなってしまう気がして、ですか?」
西島さんの質問に、上野台さんは頷く。
「ああ。それまでの私のエネルギーの裏返しってやつなんだろう。私の実家がある場所は何というか、田舎のヤンキー的文化が一番イケていると信じている人が多い場所でさ。その反発で勉強して脱出してきたって面があるわけだ。結果、自分が普通じゃないって事に、密かに誇りをもっていたりするわけだ」
ぎくっ! またはぐさっ! という奴だ。
もちろん俺は、表情にも態度にも出さない。
でも思い当たることは、山ほどある。
「だから意識高そうな授業を取ってみたり、サブカル的なものに頭を突っ込んでみたりと、普通ではない私、人とは違う私を気取ろうとしていた。
ただそれで突っ走るのも、正直疲れてさ。疲れたなと思って、そして気づいたんだ。そんな事をしなくても、私は私なんだってさ。諦めでも敗北宣言でもなく、ただ自然に認めたって感じで。きっかけがあったわけじゃなくて、ただ突然ふっと気づいた」
ただ自然にか。
今の俺には、ずっと遠い境地なのだろうと感じる。
何というか、まだまだ反発して走っていかなければならない場所にいる気がするから。
今現在、この世界ではそうではないけれど。
「ただそうやって迷走したのだって、悪くはなかった。吐き気を覚えつつやった廃鶏の解体だって、昨夜みたいに料理の切り分けに役立ったりするわけだ。あとは意識高くとってみたデータサイエンスの授業が、全国のWebカメラ確認に役立ったりなんて事もあったりなんてさ」
なるほど。
「解剖学実習じゃなくて、鶏の解体だったんですね」
「ああ。ついでに言うと鹿や猪も解体できるぞ。適当な水場とお湯が沸かせる鍋があれば」
何というか……
「本当に何でもやっていますね」
「普通ではないけれどその気になれば体験可能で、それほどお金がかからない事は、出来る限り首を突っ込んだ。若い女子というのは便利な立場でさ。その気になって頭を突っ込めば、大体どこでも歓迎してくれる。なんで女を使ってと自嘲しつつも、普通ではない私を目指して、片っ端から首を突っ込んだわけだ。全部無駄だと思った時もあったけれど、今思えばそれも必要だったんだろうと感じている。現にこの世界でも結構役に立っているしさ」
うーむ。
「そのバイタリティは、きっと真似できないですね」
あと若い女子という立場も無理だ。
俺は男だから。
「真似する必要はない。ただ、私には必要だったというだけで。なんか、しょうもない話をしてしまったな。自分語りをするようになると歳だというけれど。これでもまだ、花の女子大生なんだけれどな」
そう言って上野台さんは、ピザにかじりつく。
それを見ながら、俺は思った。
今の話は、何か意図があったのだろうかと。
意図があったとしたら、何を伝えようとしたのかと。
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