第一七一話 状況を変える劇薬
掲示板には『山手線内をくまなく回ったけれど、敵の反応が無かった』事が書かれていた。
だから皇居東御苑の魔物は、人を襲わないよう命令を受けている可能性が高い。
これらの事ついては、取り敢えず上野台さんと西島さんに伝えておいた。
そして更に1時間半くらい後の、夜九時過ぎ。
西島さんがタブレットから顔を上げ、こっちを見回す。
「とりあえず返信メールを書いてみました。箇条書きにした方がわかりやすいかな、そう思ったのですけれど、形式として大丈夫かちょっと心配です。あとちょっと、長くなってしまいました。なので見てもらって、これでいいか、書き直した方がいいか、教えて欲しいです」
そう言って西島さんが見せてくれたのは、こんな文章だ。
『返信ありがとうございます。
それでは、
質問の回答として①と②
そちらへ連絡をとった理由として③
こちらからのお願いの④
以上4点について、書かせていただきます。
①『壕に囲われた中で籠城している』事について
壕とは、皇居の壕のことです。集団が皇居東御苑に入って行く様子が、大手門近くのWebカメラに映っていました。
なお昨日、掲示板に『山手線内をくまなく回ったけれど、敵の反応が無かった』という書き込みがありました。ですからおそらくは、人間を襲わないよう命令した上で、配下の魔物を皇居東御苑に隠しているのではないか。こちらではそう判断しています。
なおこの件について知っているのは、私達三人と、以前一緒に戦った一人(そちらの集団と古志ケ谷で遭遇した人です)の合計四人だけです。他の人に教えたりはしていません。
② こちらの状況について
私達は三人で、主に東北地方を中心に自動車で回っています。中学二年生の私、高校生男子、大学生女子の組み合わせで、いずれもこの世界になってから知り合いました。
共通の目的は、実はありません。取り敢えず生き残る為に、経験値を稼ぐという事で一緒に行動し始めて、そのままという状態です。
ただ、今のこの状態を、私は気に入っています。
③ 連絡をとった理由について
おそらくそちらには、日本第一ブロックに現在残っているうち、三割近くの魔物がいるだろうと思われます。そしてそれらの魔物は外部への攻撃をせず、籠っています。
何故そうしているのか知りたい。それが連絡をとった理由となります。
④ メールアドレスの変更について
掲示板で連絡をとった結果、関係ない人からもメールがくるようになりました。
ですので次回からは、次のメールアドレスで連絡を取りたいと思いますが、よろしいでしょうか
新メールアドレス:*****@***.ne.jp
以上となります。
それではよろしくお願いいたします』
なるほど、確かに長い。
でも読んで意味はわかりやすいし、問題はないと思う。
そう言おうとしたら、先に上野台さんが口を開いた。
「長いけれど、わかりやすく丁寧に書いてあるし、これでいいと思うよ。田谷君はどう思う?」
俺も同意する。
「俺もこれでいいと思います」
「なら送ります」
西島さんがそう言って、タブレットを操作した。
ピン、という音は送信したという通知音だろう。
上野台さんが操作しているパソコンから顔を上げ、西島さんの方を見る。
「あと、以降のメールのやりとりは咲良ちゃんの独断でいいから。私や田谷君に見せたりチェックさせたりする必要は無い。向こうが一人なら、わりとしょっちゅうメールが来るなんて可能性があるしさ。場合によってはプライベートな事を相談するなんて事もありうる。だから基本的にはメール作業は咲良ちゃんの独断で、どうしても相談したい時だけ、前に私がやったようにSNSに転載して相談する形がいいと思う」
それでいいのだろうか。俺は正直言って不安だ。
西島さんの能力に疑問がある訳ではない。西島さんは中二だけれどしっかりしているし、頭もいい。
メールを書くための文章能力も問題無いと思う。
だから不安なのは、そういった面じゃ無い。
西島さんが相手に影響されてしまわないかだ。
そうでなくとも西島さんは、かなりマイナス思考気味だ。
つい先日も、元の世界に戻るつもりはないような事を言っていたし。
そしてメールの相手先も、予想では『この世界を元の世界へ戻したくない』位にマイナス思考。
結果、西島さんが更にマイナス方向へ行ってしまったら……
それでも俺は、反対とは言えない。
今のままでは手詰まりだというのも、わかっている。
もちろん手詰まりとは、歪み消失率九五パーセントを達成する方法についてではない。
西島さんに、元の世界に戻る気になって貰う方法、生きたいと思う方法についてだ。
正直、使える手駒は残っていない。
そもそも俺自身、元の世界にそれほど夢や希望を抱いていないし、上野台さんもおそらくは同様。
何せ現在、上野台さんも俺も、西島さんと共依存状態。
俺は自覚しているし、上野台さんもきっと同様。
だから劇薬であろうと、メールの先の相手による変化を期待していたりもするのだ。
なんて、ある種堂々巡りな考えに陥ったところで、西島さんがふっと息をついたのが聞こえた。
「送ったと思ったら、急に眠くなってきました。それじゃ先に寝ますね。田谷さんと上野台さんはどうしますか?」
俺はもうやることはない。このまま起きていても、思考の堂々巡りをするだけだ。
それに今日は、朝六時から夕六時過ぎまで、昼食と魔物を倒す時以外、車を走らせっぱなし。
それを思い出すと、急に疲れを感じた。なら……
「俺も寝るよ。上野台さんは?」
「もうちょっと解析をしておきたいところかな。Webカメラと掲示板への書き込みとの付け合わせもしておきたいところだから。明日は休憩だから、少しくらい遅くなっても大丈夫だしさ」
「無理はしないで下さいね」
「ああ、大丈夫大丈夫」
セミダブルベッドが四つある寝室へ移動。
横になると一気に眠気が襲ってきた。
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