第一六八話 俺にはわからない意図
上野台さんはスマホを取りだし、画面を見る。
さっと見るだけでは無く、何やら操作をはじめた。
「何か急ぎですか?」
「急ぎという程じゃないけれどさ。東御苑に籠もっている集団を支配している奴からのメールが来た。多分本物だ」
えっ。
「本物だってわかることが、何か書いてあったんでしょうか?」
「ああ。実は前に一度メールが来ていてさ。こっちのメールがあてずっぽうでないか確かめる為、戦った場所と状況を送ってくれってあったんだ。だから粟原で戦った日時、火球魔法が飛んで来て逃げたこと、あと友人にメールで聞いたとして、シンヤと交戦した日時と状況を書いて送ってみたんだ」
西島さんにはまだ、その辺は説明していなかったようだ。
俺は昨夜聞いたけれど。
「文面はSNSにコピーして転送するからさ。どうするかは食べながら考えてくれ。後で意見を聞くからさ」
「わかりました」
俺と西島さんは頷く。
同時に俺と西島さんのスマホが振動した。
見ると上野台さんからのSNS、つまり今の話にあった、先方からのメールだ。
『メールを拝見しました。確かに私は、粟原と古志ケ谷で戦っています。日付も状況も、お書きになった通りです。
ですから貴方は私の状況を知っていて、それでメールを書かれたのだろうと思います。ですが、もう少しだけ確認させてください。
① 最初のメールには『壕に囲われた中で籠城している』と書いてありましたが、それは何をどう意味しているのでしょうか。具体的に書いていただけるとありがたいです。
② もし良ければですが、そちらの状況について、書ける程度でいいから教えて下さい。一人か複数か、何か目的があるか。何でも結構です。
前のメールで質問は一つと書いたのに、二つになってしまい、申し訳ありません。ですが何卒よろしくお願いいたします』
「あと、前に私が受け取ったメールと、その返信についても送るな」
立て続けにメッセージが二件、送られてきた。
さっと見たところ、以前聞いたり見たりしたのと同じだ。
だから考えるべきは、次にどういうメールを送るか。
「ところでこの鶏半身、切り分けていいか」
球に話題がかわったなと思いつつ、鶏半身の燻製の方を見る。
確かに一人一人が自分用を切っていくのは、時間的効率が悪いだろう。
切り分けて貰った方が楽だ。
「お願いします」
「わかった。任せてくれ。解剖学実習で鍛えた腕をみせてやる」
ちょっと待って欲しい。
「上野台さんの専門って化学ですよね。生物や医学じゃなくて」
「バレたか。実は解剖ではやったことが無い。でもまあ任せてくれ。一応丸焼きを作ったりした結果、この程度は出来るようになった」
上野台さんはそう言って、包丁片手に切り分けをはじめる。
まずは大きい塊の中央付近の凹みに刃を入れ、上下にささっとわけた。
「これがモモ肉と胸肉の境目だ」
更に胸肉の内部に包丁の先を入れて、ささっと分割。
「これで取れたのがササミ。手羽元と手羽先は咲良ちゃんが取ったからさ。モモ肉とスネ肉を切り分ければ、ほぼ部位別分割が完成。ただこれだと一つの部位は一人でしか食べられないから、切りやすい部分は分割してと」
何というか、鮮やかだ。
「何というか、本当に何でも出来ますね」
「出来ないことも多いけどな。自動車の運転とか」
そう言えばそうだ。
この方が正確だろう。
「出来ることと出来ないことが、常人の基準とは違うんですね」
「自覚はある。面白そうなことだけ率先してやりこんだ成果だろう。こういった事のほとんどは大学生になってから覚えたんだ。一人暮らしだと、その気になれば割と何でも出来るしさ」
一人暮らしか。
なんて思った時に、ふと気づいた。
西島さんが、何か妙に真剣にスマホを見ている事に。
今、上野台さんから来たメールの写しには、そこまでの内容は書いていない気がする。
メールとは違う、別のWebページを見ているのだろうか。
それも何か違う気がする。
ただ、わざわざ聞くのもおかしいだろう。
そう思った時、上野台さんが声をかけた。
「咲良ちゃん、相手の事が気になるかい?」
「少し。錯覚かもしれないですけれど、何かわかるような気がするんです」
何がだろう。
俺にはよくわからない。
丁寧な、だからこそ書いている人の実像がわかりにくくなっている文章。
強いて言えば、これを書いた人は馬鹿ではないだろうと感じるくらいだ。
それでも上野台さんは、頷いた。
「ああ。それならこのメールは、以降、咲良ちゃんに任せる事にしようか。私はWebカメラからの情報を調べる作業があるし、田谷君には日中ずっと車を運転して貰っているしさ」
何故そうなるのか、流れが俺にはわからない。
しかし上野台さんの誘導だろう。そう俺は感じた。
昨晩、言っていたのだ。
『あと、相手と状況によってはこのメール連絡作業、咲良ちゃんに任せることになるかもしれない』
上野台さんと西島さんの会話は続いている。
「でも、私より上野台さんが書いた方が、いい結果が出るんじゃないですか?」
「問題は何がいい結果か、正しい答とは何か、定まっていないところにもあってさ。例えば東御苑の魔物を倒さなくても討伐率が九五パーセントを超えて、今生きている人が元の世界に戻れたとしてだ。それは果たしてハッピーエンドかい? この世界の今生きている人全員に対して。咲良ちゃんに対して。どうかな」
西島さんは、答えない。
そして答えを待たずに、上野台さんは続ける。
「答えが出ない事をあえて聞いてみたけれどさ。正しい正しくないなんて、所詮その程度だ。少なくとも私はそう思っている。だからまあ、気楽にメール交換のつもりでやってくれて構わない。勿論相談は大いに結構だ。私に対してだけでなく、田谷君に対しても。だろ?」
上野台さんの意図は、俺には理解できていない。
でも相談大いに結構というのは確かだから、俺は頷く。
「はい」
「以上だ。という事で、メールは後で咲良ちゃんのスマホで直接受け取れるよう、設定しなおしておこう。いっそ新たなメールアドレスを使うようにしてもいいかもな。今回使ったメールアドレス、明らかに嘘と思われるメールがちょくちょく入ってきて面倒だから。
それじゃさっさと夕食を食べるとしよう。あとついでに田谷君にもお願いが一件あるんだが、いいかい?」
流れを把握できないまま、突如俺に話が回ってきた。
「何ですか?」
「あとで、明日まででいいから、今までに獲得した魔法やスキルを教えてくれないか? もちろん私に教えても問題ないものだけでいい。運が悪ければ、そういったスキルを目いっぱい使わなければならない羽目になるかもしれないからさ。念のためだ」
ここ数日で一気にレベルが上がった分、魔法もスキルも増えている筈だ。
そして習得した魔法は通知があるが、スキルは必ずしも通知がある訳ではない。
確かに一度、ひととおり確認する必要があるだろう。
「わかりました」
「それじゃさっさと夕食を食べてしまおうか。今日は予定外の出来事があって疲れたからさ。のんびり風呂に入って、明日はゆっくり起きるとしよう。どうせ遊ぶだけだから」
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