第一六七話 明日は遊ぶつもりで

「今日は遅いので、高速から降りてすぐの宿にします。東京方面に向かって、岩鬼湯元のインターで降りて下さい。宿はここです」


 俺は運転中だから見る事が出来ない。

 代わりに上野台さんが、車内を移動して助手席に座り、カーナビをポチポチ操作する。


「確かに高速からすぐだな。でもこれ、完全に明日、遊ぶ気だろう」


「ええ。少しは夏らしいこともしようと思って。確か二〇日以降は川や海に魔物が出る筈ですから、実際の海では遊べないようですし」


 そういえば、川や海に魔物が出るという話があったなと思い出す。


「今の状況でも、やっぱり川や海に魔物が出てくるんだろうか。もし魔物が出るのなら、倒して経験値を稼げないかな」


 運転中はスマホを見て確認するのは無理だ。

 代わりに上野台さんがスマホを見て、答えてくれる。


「魔物が出るのは、予定通りらしい。ただこの魔物は倒しても経験値にはならないそうだ。あと、出るのは深さ三メートル以上で、水上を攻撃することはないとある」


 魔物は出るが、倒しても経験値は稼げない訳か。

 なら戦わない方がいい。


「あ、でも深さ三メートル以上でなければ、海でも遊べるんですね」


「まあそれはそれとして、せっかくだから明日は遊ぶことにしよう。大量発生中に回っていない筈のこの辺でも、魔物はほとんど出ないんだ。明日、じたばた回っても経験値稼ぎは無理だろうからさ」


 遊ぶのが決定という場所か

 何処で、何をする気なのだろう。

 わからないので、聞いてみる。


「何処へ泊るつもりなんですか、今日は」


「昔の言い方だと常岩じょうがんハワイアンセンターという奴だ。もっとしゃれた言い方になった気がするけれど、この言い方の方がわかりやすい」


 なるほど。確かにそれは遊ぶつもり満々だ。

 そう思いつつ、車を走らせる。


 ぶっ通しで二時間車を走らせて、午後六時過ぎ。

 高速を降りた後、目的地をカーナビで確認して、そしてナビ通りに走る。


「有名どころですけれど、行くのは初めてですね」


「私もだ。それで咲良ちゃん、何処へつければいい?」


「カーナビの指示通りで大丈夫です。まっすぐ行けば、ホテルの玄関がある場所につきます。着いたら説明します」


 カーナビの通りに進んだところ、大きく『スパリゾート』と書かれたゲートを通り過ぎた。

 両側に並木っぽく立っている樹がシュロの木になって、そして右側少し先に大きなホテルっぽい建物が見える。


 さらに進むと、『ホテル』『日帰り』と書かれた案内が、路上に描かれていた。


「ホテルの方でいいんだよな」


「そうです。このまままっすぐ行くと、大きい建物と玄関が並んだ場所に出ます。そこの一番右側の建物です」


 車を走らせて、言われたとおり右側の建物の、業務用駐車場らしい場所へと停める。


 車から出て、思い切り身体を伸ばす。

 何というか、身体が固まった感じだったのだ。


「疲れたな、何か」


「田谷さんはずっと運転でしたから。今日は魔物があまり出ませんでしたから、食事と買い物以外は走りっぱなしでしたし」


 確かにずっと走りっぱなしだった。何せ北東北の高速道路を網羅するように走ったのだ。

 それでも魔物は九体しか発見出来なかった。どれも単独で、おまけにレベルが一〇以下という低レベルだ。

 その上、最後には………


「福縞でとんでもない奴と遭遇してしまったしさ。他人を倒してレベルアップしようなんて奴は、それほどいないだろうと思っていたんだがな。運悪くその一人に当たってしまった訳だ」


 それで余計に走ったし、余計に疲れたのだ。


「あの人達は、倒してはいないですよね」


「ああ。倒すつもりだったんだが、魔法を弾かれた。田谷君と同じような防御魔法を持っているんだろう。車の方ではなくアスファルトに魔法をかけて車を事故らせたのは、正解だった」


 上野台さんは、倒すつもりだった訳か。

 なんて思いながら、西島さんを先頭にホテルの中へ。


「今日は遅いですから、先に御飯にしましょう」


 西島さんが例によってフロントの奥で鍵をキープして、そしてエレベーター方向へ歩き出す。


「今日は一〇階です」


「随分上だな」


「今回の部屋のタイプが、一〇階にしかなかったんです。本当は風呂に近い下の階が良かったのですけれど」


 エレベーターを降りて、ホールからすぐの部屋へ。


「この部屋はベッドが四つあって、そこそこ大きいソファーセットがあるんです。だからそれなりに快適かなと思って決めました。

 それじゃ、夕食の準備をしましょう」


 移動中、クーラーボックスから今日と明日の食事分を、自分の収納に入れてきたようだ。

 

「今日はさっさと食べられるように、ハンバーグとポテトサラダ、ブロッコリーにしました。メイン以外に追加したいものはありますか?」


 そう言えば俺も、色々と収納していたなと思い出す。

 この際だから出しておこう。

 真空パックになっている、比内地鶏スモークの半身を出す。


「肉を追加していいか?」


「美味しそうだな、それ。酒のつまみにも良さそうだ」


 上野台さんがそう言って、酒瓶を取り出した。

 冷凍食品とパック御飯を上野台さんの魔法で加熱して、皿に並べれば食事の準備は完了だ。


「いただきます。それじゃこの鶏、切ってみていいですか」


「勿論」


「それじゃまず手羽先と手羽元、いただきます」


 包丁でカットして、包丁では外しきれない骨は力で外して、そして西島さんは豪快にかぶりつく。


「美味しいです。ちょっと固めですけれど、凄くいいハムみたいな感じで」


 その言葉の直後に、上野台さんのスマホが振動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る