第一六六話 予定外の戦闘
そう言えば、魔法やスキルを最近確認していない。
後でひととおり確認しておいた方がいいだろう。
明日から状況が変わるから、念の為に。
「レベルはどうだった?」
「最高レベルと同じです」
とりあえずこう答えておく。
「なら、よほどの事が無い限り、このまま勝ち逃げ出来るな」
その辺はまだ断言出来ない気がする。
さしあたって気になるのは、この辺りだ。
「一〇〇体程度の集団が京都と大阪の間にいるという話は、大丈夫なんですか?」
「今は南下して奈良県の橿原市辺りにいるようだ。紀伊半島の奥地に取り残された魔物がいるんだろう。確かにあれを上手く倒せば、一気にレベルを上げられる。
ただ単独で全部を倒すのは無理だろう。上手く共同戦線を張れる仲間がいるかどうか。なおかつ、その仲間と役割分担でもめないかどうか。経験値を稼げるよう、上手く倒せるかどうか。
そう考えると、なかなか厳しいと思うな。あくまで私の考えでは、だけれどさ」
なるほど。
「私達も、今日からはほとんど経験値は稼げないと思う。それに秋雨前線が下がりつつある。明日は東北だけでなく、本州全体が雨になるだろう。
ただ秋雨前線が来るとなると、東北は当分天気が悪くなる。だから今日回ったら、取り敢えず東北はおさらばだ。新潟にはちょっとわからないのがいるから、行くとすれば群魔、栃義、茨樹といったあたりかな。この辺は動いている人が観測に入らないから、多分安全だ。
厳密には群魔は四万温泉あたりに二人、栃義は日光付近に一人、茂木辺りに一人いるようなんだが、基本的に隠れる方向で行動しているようだから問題無いだろう」
うーむ。
「そこまでWebカメラで確認出来るんですか」
「アドレスが公開になっているもの以外のカメラも結構使っている。生成AIに片っ端からライブになっているカメラを探させているからさ。jpアドレスのIPドメインを直接叩いて。
カメラが多くなったから、監視もほぼAI任せさ。気になる部分だけ、自分の目で見るという形で」
そこまで分析している訳か。
今現在の各地の状況を、一番把握しているのは上野台さんだろう、きっと。
上野台さんが仲間で本当に良かったと思う。
俺と西島さんだけなら、何もわからないままただ転々と旅をしていくだけだっただろうから。
「それじゃ、最後の北東北回りをしましょうか」
「そうだな。此処以外でも確保出来る名産品は確実に確保しながら行くとしよう」
俺達は立ち上がり、テーブルと椅子を元に戻して、レストランを出る。
◇◇◇
もうすぐ午後四時。
青森、飽田、岩出、山型と回り、現在は与根沢から福縞へ向かう高速から、福縞市街へのインターを下りる途中。
「ここを下りたらすぐ左で道の駅だからさ。ここで福縞県の名産品を根こそぎ持って行こう」
「賞味期限の長いものでないと無理ですけれどね」
上野台さんの言葉に、そう俺が返した時だった。
上野台さんが、ふっと左後ろ側を振り向いた。
「何か……人だな。かなり速い速度で近づいてきている」
かなり速い速度という事はだ。
「車かバイクで高速を走っているんですかね。シンヤさんかな」
前も福縞で、シンヤさんが高速を通過したのを確認したな。
そう思いつつ聞いてみる。
「シンヤは高山市にいる筈だ。それに歪みの形がちょっと違う。別の人間、レベル六〇程度が二人だ。あと三分くらいで最接近する」
「接触しますか?」
西島さんの言葉に、上野台さんは首を横に振った。
「どんな奴かはわからない。だから取り敢えず観察するだけにしよう。向こうも、こっちを感知出来るスキルを持っているかもしれないから、いざという時には逃げられるように」
上野台さん、結構用心深いというか慎重だ。
しかし以前、氷山でいきなり攻撃された事がある。
それくらい用心する方が正解だろう。
「わかりました。この先の交差点で待機しましょうか」
「いや、いざという時にそれでは逃げられない。左に曲がって、高速のガードを越えるところまで走ってくれ」
確かに今乗っている車と俺の腕では、追いかけられたら勝ち目はない。
だから言われた通り、交差点を左に曲がり、直進する。
「次の横断歩道で一度停止。一キロ以内に入れば、敵かどうかは、田谷君の感知でわかるんだろ」
「ええ」
人であろうと魔物であろうと、敵なら感知魔法で確認出来る。
ただし範囲は一キロ以内だから、今はまだ何も感知していない。
言われた通り、横断歩道の手前で一度停止。
いつでも動けるようパーキングブレーキはかけず、右足でブレーキを踏んだままの状態で待つ。
「高速を与根沢の方に曲がった。まもなく田谷君の感知範囲に入る」
カーナビを見て方向を確認。
高速を東京方面から来るなら、俺から見てほぼ真左方向になる筈だ。
そう思った次の瞬間、感知魔法が反応した。
俺は右足をブレーキからアクセルに踏み換える。
「敵です。逃げます」
間違いなく敵の反応だ。それも二人、ほぼ同じ位置にいる。
今走っている道は二車線だけれど、比較的真っ直ぐで走りやすい。
だから俺は思いきりアクセルを踏む。
ただ時速一〇〇キロを越えると少々運転が怖いので、その直前くらいの速度で。
前にカーブが見える。
曲がりきれないと洒落にならないので、一応は速度を落とす。
その向こう側の交差点の信号は赤だけれど、無視して突っ込んで先へ。
俺の感知範囲からは敵の反応が消えた。
しかし、まだわからない。
「追ってきていますか」
「ああ。高速を降りてこっちに曲がった。向こうもこっちを確認出来ているようだ。このままでは追いつかれるだろう。だから悪いが、私の魔法で倒させて貰う。もうちょい進んで、右側のガソリンスタンドの前で停まってくれ。停まったらライトをつけて、全員降りてガソリンスタンドへ入る」
俺は前を見る。
ガソリンスタンドがずっと先、右側に見えた。
そこまでアクセルを踏んで加速して、そしてブレーキを踏んで停まる。
ちょっとつんのめるような感じで車を停め、車を降りてドアを閉め、ダッシュでガソリンスタンドに駆け込んだ。
「この向こうのカーブを曲がった瞬間に、道路のアスファルトを思い切り加熱する。間違いなくタイヤがとられて運転に支障が出るはずだ。それでも全力で走ってこっちへ来るようなら、悪いが仕留めさせて貰う」
上野台さんはそう言って、いつもの双眼鏡を出した。
道の先、今まで来た方向に向けて双眼鏡を構える。
ここから先程のカーブまで、およそ一キロ。だから俺の感知では、まだ敵の居場所は捉えられない。
遠くから車のエンジン音らしい音が聞こえ始めた。人が少なすぎるこの世界では異質な音。だからすぐにわかる。
「こっちに近づいています。多分交差点を曲がって、加速している感じです」
「私の方も捉えている。これくらいの距離なら、歪みははっきりわかるからさ。問題無い」
上野台さんは双眼鏡を目に当てたまま、そう言い切った。
そしてエンジン音が一度小さくなって、三秒位したところで。
俺の感知範囲に敵の反応が入る。直後に車らしい動く何かが、道の先に見えた気がした。
ただ次の瞬間、車らしい物体がふらっと大きく揺れ、俺から見て左側へ動いて停まる。
ドガン! 何かとぶつかったらしい音が響いた。
「田谷君と咲良ちゃん、車に乗っていつでも走れるようにして。後ろドアのこっち側をあけて待機。私が乗ったら一気に走って距離をとってくれ」
「わかりました」
言われた通り、俺と西島さんは車へ。スタートボタンを押して、いつでも走れる状態にする。
感知している敵は、動かない。一キロ近く向こう側で止まったままだ。
「OKです」
「わかった」
上野台さんが走り込んできて、後席に飛び込む。
俺はアクセルを踏んで車を前進させた。扉が開いているという警告音が鳴り響くけれど無視だ。
敵が感知範囲から消えた。扉も自動で閉まって、警告音が止む。
「このまま道なりに一〇分くらい走ったところの交差点を左。それでまた高速に乗れる。取り敢えずこの場は離れておこう。番越道経由で岩鬼方面まで行けば、追ってくる事はないだろう」
確かにこの場から遠ざかるのが正解だろう。
しかし不安は残るので、つい聞いてしまう。
「向こうに何か、この距離でもこちらを探知するような能力か魔法があるって可能性はないですか」
西島さんと上野台さんが、スマホを確認したようだ。
俺は出来るだけ速く走っているので、脇見をする余裕はない。
「無いみたいだな。最高でも私と同等の歪みを見る能力までのようだ」
「なら此処で遭ったのは偶然ですね、多分」
西島さんの言葉に、上野台さんが頷いた気配。
「ああ。東北に取り残された魔物を倒そうというつもりだったんだろう。何処から来たかはわからないが、BMWのクーペにのった二人組には覚えがある。シンヤが松本ですれ違った奴だろう。あとで情報を分析してみる。
あと、あの敵がこっちに向かっている様子はない。派手に塀にぶつかったようだからさ。すぐに追ってくるのは無理だろう」
なら一安心というところか。
俺はアクセルを戻して、速度をいつもと同じ、時速六〇キロ位まで落とした。
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