第一六四話 そう思わないかい?

「咲良ちゃんもソファーじゃ寝にくいだろう。ベッドのシーツを剥がすから、運ぶのは頼む」


「わかりました」


 思った以上に軽くて柔らかい、西島さんを抱えて運んで、そして。


「今日のところは、片付けはここまででいいだろう。明日の朝、咲良ちゃんに魔法で綺麗にして貰えば。あと、田谷君は咲良ちゃんと添い寝頼むな」


「添い寝というつもりは無いですけれど、仕方ないですね」


 西島さんは一人だと不安になるらしいから、仕方ない。

 同じベッドでもこれくらい広ければ、まあ何とかなるだろう。


 そう思って、そしてふと西島さんがジャンク宴会で言っていた事を、思い出してしまう。

 

「それにしても酷いですね。怪しい代替治療を勧めて、断ったら虐待だ何だのって騒ぐなんて」


「騒いでいる馬鹿にとっては、それが正義なんだろう。自分が正しいと思っているから始末に負えない。カルト宗教と同じでさ。欺されただけの時点では被害者だけれど、積極的に動いて他に被害を及ぼした時点で加害者なんだ。

 あと、少し話はずれるけれどさ。疑似医療やカルトに限らず、よく『私達は欺された! 被害者だ!』なんてやっている馬鹿がいるだろう。ああいうのを見ると反吐が出る。お前らが馬鹿なのはお前ら自身のせいだ。自分が馬鹿だというのを売りにして被害者ビジネスなんてやるんじゃない! ってさ」


 上野台さん、結構毒を吐いているなと思う。

 何かあったのだろうか。

 

「というのはともかくとしてさ。咲良ちゃんがこういった事を話してくれるようになったのは、いい兆候だと思う。人に話せる位に整理が出来てきた、って事だから……っと。シンヤからかな」


 上野台さんはスマホをポケットから取りだし、操作する。


「あ、ちょっと待ってくれ。ちょっとこのまま考えたいからさ」


 どうやらシンヤさんからの、ただの状況報告では無さそうだ。

 画面を見て、何やら考えている。


「何なのか、聞いてもいいですか」


「シンヤじゃない。あの東御苑に籠もっている集団を支配している奴からのメールだ。今回は本物って気がする」


 上野台さんはそう言うと、俺にスマホを見せてきた。

 どれどれと見てみる。


『掲示板を読みました。そこで、貴方が私の事を把握して、そして連絡していただいたのかどうか、メール2回のやりとりで確認させて下さい。具体的には1回目のメールで、下記の内容について返答をお願いします

 ① 戦った場所

   場所は粟原、船台、卯都宮、尾山、古志ケ谷の何処かの筈です。その際に貴方がいた、正確な場所をお願いします。

 ② 戦った状況

   戦った方法は、こちらの攻撃、あるいはそちらからの攻撃がわかるように書いて下さい。

 この返答が正しい場合、次のメールでもう一つ、質問させていただきます』


「本物っぽいですね」


 俺達が戦った、正確に言うと攻撃を受けて逃げたのが粟原。

 そして古志ケ谷というのは、シンヤさんが戦った場所だ。

 この2つが戦った場所で入っているということは、きっと偶然では無い。


 あと、私達、ではなく、私と表記している。という事は、集団のボスは、人間の仲間はおらず、単独なのだろう。

 もちろんそう思われるように書いている、という可能性は否定できないけれど。


「ああ。多分、本人だろう。だから取り敢えず、真面目に書いて返信してみようと思う。

 そこで質問なんだが、田谷君はこれを書いた相手は、どんな人間だと思う? 単独か複数か。単独なら年齢や性別、動機なんでもいい。感じたことやわかった事があれば教えて欲しい」


 このメールの文章でわかることか。

 俺はもう一度、メールの文章を読み直す。


「単独であるように書かれています。でもこれだけでは、年齢とか性別とかはわからないですね。わからないよう、あえて汎用性がある丁寧さで書いているような気がします。

 ただ頭は悪くないですね。これだけで、自分が偽物ではないだろうとこっちにわからせて、かつ確認に有効な質問を投げている。あと此処で書いている戦った地名のうち、どれかは嘘なんじゃないですか? 選んだらこっちが偽物だとわかるような」


 上野台さんは頷いた。


「ああ。単独だろうという事と、頭が悪くないというのは同感だ。書いてあった地点にブラフがあるというのも。

 あと他に私が感じたのは、誰かと話したいという寂しさ、もしくは不安、または真面目さかな。向こうは圧倒的な戦力を抱えて籠城しているんだから、立場としては有利な筈なんだ。ついでに言うと、自分から何かを仕掛ける必要も多分、まるでない。

 だからこっちが何と言おうと、本来は連絡をとってくる必要なんか無い。それなのに連絡してきたという事は、何らかの弱さがあるって事だ」


 なるほど、確かにそうだ。

 そう感じたので俺は頷く。


「そしてそういった頭の良さと、寂しさか不安か真面目さによる弱さがあるとするなら、交渉して上手く行く可能性が少なからずある気がする。逆にこっちが説得されてしまう可能性もあるけれどさ。少なくとも話が通じない馬鹿相手よりはよっぽどましだ」


 さっきも馬鹿という言葉が出てきたな、ふとそう思う。

 上野台さん、どうやらよっぽど『馬鹿が嫌い』らしい。

 というのはともかくとしてだ。


「確かにそうですね」


 実際そう思ったので、同意しておく。

 上野台さんは頷いて、そして更に付け加えた。


「あと、相手と状況によってはこのメール連絡作業、咲良ちゃんに任せることになるかもしれない」


 えっ!?


「何でですか?」


「もしメールの相手が単独で、行動のベースにあるものが絶望だとしたら、私より咲良ちゃんの方が理解出来ると思うからさ。勿論絶望の理由なんてのは違うんだろうけれど。勿論もっと相手を見定めてからだけれどさ、決めるのは」


 なるほど。相手によってだけれど、西島さんの方が相手に近い分だけ、説得できる可能性が高いなんてこともあるのか。

 しかし、相手に近い、絶望を知っているというと、こういう可能性もあるような気がする。


「賛成できません、俺は。万が一西島さんが逆に相手に説得されて、絶望側へ行ってしまったらどうするんですか」


 それに西島さんはまだ、絶望側にいる気がする。

 あくまで俺の判断では、だけれども。


「そうならないようにするのが、私と田谷君の役目だろう。それに、これは私が守るべき物が特になく、元の世界にもそういった物を残していない、好き勝手出来る立場だから言えるんだけれどさ」


 上野台さんの表情が一瞬、今までとは違う笑顔、もしくは泣き顔に見えたのは気のせいだろうか。

 口調はいつものまま、彼女は続ける。


「もしそうなってしまうのなら。咲良ちゃんみたいな子が戻りたくないと絶望するような世界なんて、滅びても構わない。

 共依存的な狂った言葉だという自覚はあるけれどさ。田谷君は、そう思わないかい?」

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