第一五七話 俺は何も言えなくて
「とんでもない集団がいるんですか」
俺の質問に、上野台さんは頷いた。
「ああ。魔物千体以上規模の集団がある」
ちょっと待って欲しい。
「流石にそれは多くないですか」
「多いけれど、その気になれば出来ない数じゃない。今朝の時点で人間の最高レベルが一〇〇だった。魔力が私と同じ増え方なら三九〇ちょっと。レベル一五の魔物換算で、一八〇〇体くらいは部下に出来る」
なかなか強烈だ。
「そんな集団に襲われたら勝ち目はないですね」
「一度襲われているな。まだこんなに数がいない頃だけれどさ。粟原の街でこっちに火球攻撃をかけてきて、古志ケ谷ではシンヤが出会って逃げた、あの集団さ。
ただ現在は、皇居東御苑に籠もって専守防衛に徹しているようだ。こっちから襲撃しない限り、襲ってこないと思う」
皇居東御苑に籠もってか。
「安全志向なんでしょうか。だとしても従えている魔物の数が多すぎると思います」
西島さんの言葉に頷きつつ考える。
それだけの魔物を支配下に置かなければならない理由を。
わからない。専守防衛に徹するなら、もっと数が少なくても大丈夫というか、むしろその方が安全な気がするのだ。
数を減らす際、自分で倒せば経験値も稼げるだろう。
半分に減らすとして五〇〇体。それなりにレベルが上がるのは間違いない。
「今は情報が少なすぎて正しく推測は出来ないな。ただホテル等住みやすい場所を拠点にするんじゃなくて、大集団で守りやすい東御苑に籠もる辺り、何か理由があるんだろう。配下の魔物を減らしたくない理由とかさ」
俺はスマホで皇居東御苑の地図を見てみる。
全体を濠に囲まれた公園で、宮内庁の施設が所々にあるという感じの場所だ。
確かに居住するのに向いている感じはしない。
大集団を抱えて守りに徹するなら悪い場所ではないけれど。
「この東御苑を本拠地として、周りに部隊を出撃させていくのでしょうか」
「今のところ、それはやっていないようだ。ただ中で守りを固めているだけで。あと外から入ってくる魔物は受け入れている感じだな。中で倒しているのかもしれないけれど」
「なら脅威ではないんじゃないでしょうか。放っておけばいいんですよね、お互いに」
西島さんの言葉に頷きかけて、そして俺は気づく。
いや違う。それだけの数がいるのなら、ひょっとして……
頭の中である事を思い浮かべて、そしてスマホを見てみた。
『レベル一五で一〇〇〇体の場合、日本第一ブロック全体の、一・二六七五パーセントに相当します』
なるほど、俺は先程上野台さんが言った言葉の意味を理解出来た気がする。
『出来ればそこを攻略したい。ただシンヤや知り合いには攻略して欲しくないんだ。危なすぎるからさ』
それは、つまり……
「その千体規模の魔物を倒さない場合、この世界の目標消去率に達しない可能性がある。そういうことですか」
「ああ」
上野台さんが頷いた気配がした。
そっちに視線を向けないようにしているけれど、なんとなくわかる。
「多く見積もった場合、全体の歪みの三パーセント近くをそこだけで確保している計算になるんだ。これがこの世界を元に戻せるかどうかの鍵になる可能性がある。中で魔物を支配している本人に、元の世界に戻るつもりがあるなら大丈夫だろう。しかしそうで無い場合、場合によっては攻め込まなければならない可能性がある訳だ。濠で囲まれて侵入口が限られた、魔物が多数いる場所にさ」
それを避ける方法は、言葉にすれば簡単だ。
「その三パーセント弱が無くてもクリア出来る様に、他で取りこぼしのないよう稼ぐ必要があるわけですか」
「あちらに元に戻るつもりがない場合は、だけどな。ただ奴は、私達やシンヤに追撃しなかった。少しでも歪みが減らないようにしている、そう考える根拠が無い訳じゃないって事さ」
「このことは、シンヤさんには話したんですか」
これは西島さん。
「話した。間違った情報が流れるよりは、事実を知っておいた方が安全だろうと思ってさ。シンヤは無茶はしない奴だ。よほどの事が無い限り、東御苑には近寄らないだろうと思う。あとはまあ、首都圏からほぼ魔物がいなくなった後、どうなるかだな」
他の人間がどう動くか、という事だろう。
第一ブロックにはまだ、九〇人弱の人間がいる。
ただ、どっちにしても。
「俺達はまず、北東北を着実に攻略するのが正しそうですね」
「そうだな。幸いこっち側で、他に動き回っている人間はいないようだからさ。関西や中国地方はわりと動き回っている人が多いけれど。
さて、そろそろ上がって飯にするか」
「そうですね」
確かにそろそろ腹は減った。
いつもに比べると、一時間くらい遅い。
◇◇◇
今日の部屋は、ごく普通の和室八畳間だ。
「ここは部屋付き露天風呂は無しで、あの大浴場だけです。広い部屋も多いのですけれど、ソファーとかベッドとかは特に必要を感じないので、風呂に近めの普通の部屋にしました」
2部屋なら女性二人と俺という組み合わせが正しいだろうとか、いっそ個室にしても問題無いくらい部屋があるだろうとか。
言いたいけれど、状況は理解しているので言えない。
夕食を食べた後、上野台さんは隣の部屋へ消えて、俺と西島さんの二人になる。
ただもうこの状況も慣れた。
だから特に深く考えずに布団を出して敷く。
「明日も早いですし、もう寝ましょうか」
「ああ」
電灯を消して横になる。
でも、すぐには眠れない。
なので布団をかぶって、スマホで時間を潰していると……
「田谷さん、起きていますか」
西島さんのそんな言葉が聞こえた。
「ああ、起きているけれど」
「あの、大集団を支配している人をどう思いますか?」
答え方に注意した方がいいかもしれない。
そう感じたので少し考えて、こういう言い方にしてみる。
「俺の立場として見ると、面倒くさい存在だとは思う。不確定要素が増えるわけだからさ。ただ個人としてどうかと言われると、わからない。案外、悪い奴ではない気がする。俺達やシンヤさんに対して、必要以上に追撃してこなかったあたりを考えるとさ」
「錯覚かもしれないですけれど、あの集団を指揮している人の気持ちが、わかるような気がするんです。というか、もし私が田谷さんに出会わずに、あの病院から生きて出る事が出来たら、ああなったかもしれないって感じます」
ああなったかもしれないか。
俺にはわかるようで、わからない。
だから返答できない。
「世界に絶望していて、そのくせ自分で死ぬことが出来ない。そうやって絶望するしかない世界に恨みがある。そうなると、つい思ってしまうんじゃないでしょうか。これはいい機会だって」
いい機会、自殺するためのという事だろうか。
「この世界ごと滅びるなら、自分で自分を殺す必要はない。苦しい思いをして死なずに済む。そのうえで嫌いだった世界の一部でも壊すことが出来る。これって出来うる中で最高の終わらせ方なんじゃないかって。
おかしい考え方だとはわかっています。でも、私にはそう感じてしまうんです」
言葉の意味はわかる。
しかし、意味が分かっても理解できるかというと、難しい。
返答できないから、代わりに西島さんに尋ねてみる。
「今は思わないのか。世界を壊してしまいたいって」
「実は少しだけ思っています。でも、それでも田谷さんや上野台さんがいる世界は、壊したくないんです。あの人にはきっと、そういう人がこの世界にいない。だから壊そうと考えられるんだと思います。
本当にあの人がそう考えているかどうかはわかりませんけれど」
重くて、難しい。俺は、これ以上何も言えない。
西島さんも以降、何も言わなかった。
そのまま時間は過ぎて、いつの間にか眠ってしまっていて……
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