第一五五話 本日はランプの宿

「今日はちょっと時間がありそうですから、当初の予定より二〇分程奥にある宿に行ってみていいですか」


「それくらいなら明日の予定にも問題はないだろう。田谷君はどう思う」


 二〇分程度なら、大した事はないだろう。


「問題無いと思いますよ」


「あ、でも電気がなくてコンセントが使えなくて、携帯の電波も届かないらしいです。大丈夫でしょうか」


「今夜だけなら問題はないだろう。何ならこの車からもコンセントは取れるし」


 ハイブリッド車なので、電源として使えるコンセントがついている。

 そして今は、魔物を倒して経験値を稼ぐ他に、西島さんに『生きていて楽しい』と感じさせる事も目的。

 だから俺も上野台さんも反対はしない。 


 そんな感じで高速を出て、ひたすら山へ向かって走る。

 ホテル等が点在する田舎の集落を右目に通り過ぎ、ダム湖をやはり右目にして走る。


 ダム湖が終わったあたりで国道から外れ、一応舗装はしてあるし、ゆっくりなら車のすれ違いが出来る程度の道へ。

 先が見えない曲がりくねった道を注意して走って、更に下り坂で舗装無しの道へ入る。要所要所に看板が出ているのが救いだ。


 正直、免許すらない俺には結構きつい。結構走り慣れたつもりだったのだけれど、未舗装路をある程度長く走るのは初めてで緊張する。


 途中から舗装が復活したと思ったら、宿の駐車場に到着した。自家用車用のちょっと離れた駐車場ではなく、宿の真ん前、マイクロバス等が停まっているところに駐車。


 建物の外見は普通の、特に古くもなく、近代的という訳でもない感じだ。

 しかし中へ入ると、かなり趣が異なる。

 

 明らかに違うのは暗さ。これは電灯が無いからだろう。

 ランプがつり下がっていて、オイルと焦げの匂いがする。

 ランプがすべて消えているのは、朝に消灯したからか、時間が経ってオイルがなくなったからか、どっちだろう。


 ただし一部だけ、灯りがある場所がある。


「電気が全く来ていない訳じゃなさそうだな。受付回りには電灯があるし、自家発電らしい音は聞こえないしさ」


「そうですね……来てはいるけれど、容量が小さくて、冷蔵庫や冷凍庫、事務関係に使うのがやっとみたいです。あと、電話やネットも、宿の事務側では使えているらしいです」


「まあそうでもないと、営業するのは難しいだろうな。それで部屋は何処にする?」


「今、鍵をとってきます」


 玄関でスリッパに履き替え、中へ入って周囲を見回す。


 薄暗いことと照明がランプ主体らしい事以外にも、色々と今までの宿とは違った雰囲気だ。

 巨大な壁画があったりとか、内装がほぼ完全に木造で、壁だけが木目ではなく白塗りだとか。

 

 売店にあるお土産は、いかにもという漬物、やっぱりいかにもとい感じのお菓子、こけし。

 あとは棚の場所が違うけれど、温泉の名前が入ったフェイスタオル、バスタオル、ガーゼのタオルなんて温泉用らしいものも売っている。


「ついでだからタオルをいただいておこうか」


 上野台さんがバスタオルを取ったので、俺もフェイスタオルとバスタオルをキープしたところで。


「いい部屋が空いていました。それでは今日は、まず部屋に行きましょう。あと私もタオル、失敬します」


 西島さんもフェイスタオルとバスタオルとキープして、そして廊下の奥へと向かう。

 いつもは先に温泉なのだけれど、何故だろう。

 そう思いながら、文化財として残っている木造校舎をガンガンに磨いたような建物の奥へと入っていく。

 

 廊下の奥に勝手口みたいな場所があって、サンダルとか長靴等が置かれていた。

 

「ここで外に出ます。サンダルを借りていきましょう」


 サンダルを履いて外に出ると、すぐ前に吊り橋がかかっていた。

 歩行者用の幅しかないけれど、ワイヤーでつくられた、そこそこしっかりした橋だ。

 

「この宿はお風呂が四か所あるんです。先程の本館に男女別の内風呂が一つ、本館に入る手前に健六の湯という名前の。男女内湯と女性用だけ露天風呂がついた小屋の『件六の湯』、この橋を渡ってすぐ右に混浴の露天風呂、そしてこの先に『瀧見の湯』と名前がついて、男女別で内湯と露天風呂がある小屋があります。

 今日泊まるのは、その瀧見の湯の二階です。部屋は二部屋あるので、片方を上野台さん、もう片方を私と田谷さんの部屋として使います」


 もう男女で部屋をわけるとか、そういう建前はなしという事か。

 まあ今までの経緯があるから、文句は言わないけれど。


『瀧見の湯』と書かれた、白い塗り壁と黒い柱の建物に到着した。

 引き戸が三つ並んでいて、右と左にはそれぞれ『男』『女』と書かれた暖簾が下がっている。


「という事で、それじゃまずは温泉に入りましょう。こっちの湯はぬるめという情報があるので、最初に入ります」


 一応無駄な抵抗をしてみる。


「俺は男湯の方に入っているよ」


「中の造りは男女とも同じで、女湯の方が滝がよく見えます。それに中で話をしたいですから、一緒にこっちに行きましょう」


 やはり無駄だったか。

 そう思いつつ中へ。


 内湯もなかなかいい感じだ。

 壁と天井は木製で、下と浴槽は黒色の石ブロック。今までで一番、『日本の温泉』という雰囲気がする。


 そして窓からは滝が見える。少し離れているけれど、そこそこ大きい滝のようで、それなりに迫力がある。

 うん、悪くない。今まででは造りと景色で、一番好みに近いかもしれない。

 温泉なんて趣味、西島さんと回るまではなかったけれど。


「お湯自体はいい感じなんですけれど、ちょっとぬるめですね。夏だからこの方が長湯が出来ていいかもしれないですけれど。

 それじゃ此処の露天風呂も確認しましょう」


 前に田沢湖から奥に入った温泉の時も、あちこちにある浴槽を試したよなと思い出した。

 今日もどうやら、そのパターンになるようだ。


 ◇◇◇


 予想通り、四箇所とも風呂を確認。

 

「お湯の温度は本館と件六の湯が高めですね。ただ夏だし気温が高いですから、部屋の下の、瀧見の湯でのんびりしましょう」


「確かに景色はあそこがいいな。件六の湯も川が見えていい感じだけれどさ。床まで木造で雰囲気もあったし」


「本館と件六の湯は、内湯が総ヒバ造りなのもいいですよね」


 確かに景色はいいし、湯もぬるいけれど悪くない。

 ただ、この2人と入っていると、どうしても色々と雑念が出てしまうのだ。

 そしてスマホを開いても、電波が届いていないから暇を潰せない。

 

 だから俺は目を瞑る。無念無想……

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