第一五三話 上野台さんの現況観測
風呂を出て、階段を上って、二階の廊下へ。
上野台さんの部屋の扉にはドアストッパーが挟まっていて、少し開いている。
だから鍵はかかっていないのだけれど、一応はノック。
「どうぞ」
「失礼します」
ベッド上のシーツに寝た形跡がないのを、さっと確認。
部屋に戻ってずっと、パソコン作業をしていたようだ。
ついでに言うと酔っている感じもない。
上野台さんはパソコンを操作したまま、口を開いた。
「まあそこのベッドにでも座ってくれ。ここへ来たのはシンヤが見たという大集団についてだろ。あとそれに類似する集団があるかどうかとか」
「ええ」
話が早くて楽でいい。でもこれでは西島さんにわかりにくいだろうか。
上野台さんがWebカメラで魔物の動向を見ていたことは、まだ西島さんに言っていない。
俺が説明した方がいいだろうか。そう思ったところで上野台さんが口を開く。
「咲良には前に言ったっけか、公開しているWebカメラで魔物の動きを把握できるか試しているって。ある程度出来る様になったから、シンヤのところに出た魔物の集団の動きを確認できないか、やってみた。ついでに他の危険な大集団を把握できないかについてもさ」
上野台さんはそう言って、画面から目を離して顔をあげ、俺達の方を向いた。
「多分なんとなく想像はついていたと思うけれどさ。あの集団は私達が粟原で遭った、あの集団だ。ボスはおそらく人間のまま。それに、かなり慎重にやっている気がする。最高レベルが奴だとしても、レベルの上がり方がゆっくりだ」
確かにそうだ。
俺でさえ、今日でレベル七二まであがっている。
奴がその気になれば、経験値を大量に得られそうな気がする。
「レベルは上げた方が安全なんじゃないですか」
「部下に敵を倒させると、自分だけでなく部下も経験値を得る。同じ経験値ならば、レベルが高い指揮官よりもレベルが低い部下の方がレベルが上がりやすい。その辺りを注意しているというのが、レベルがそこまで上がっていない理由のひとつだと思う」
理由の一つという事はだ。
「当然他の理由もありますね」
「上げたくても上がらなかったなんて可能性もある。移動速度の遅さだ。魔物の集団と一緒に行動しているから、魔物にあわせた速度でしか動けない。せいぜい時速四~五キロってところだろう。魔物は夜通し動けるようだが、本人はそうもいかない。なら一日数時間は睡眠にあてる必要がある」
確かにそうだ。
「それに主な戦法は、火球魔法による攻撃なんだろう。私達相手でもシンヤ相手でもそうだったしさ。なら相当レベルが高い魔物でもないと、そう何発も撃てない。必然的に戦闘可能な回数は限られてくる訳だ。その辺がきっとレベル上げの限界だな」
なるほど。
「結構大変なんですね。魔物を支配して強くなる方法は」
「どの方法も簡単じゃないさ。単独で倒すとかチームで倒すなんてのも、多分それほど順調じゃない。東京近郊の辺りでもそれほど稼げていないようだしさ。集団相手に一人では手数が足りないし、チームを組むほど信頼できる仲間なんてのと会える可能性もそう高くない。それにチームだと普通は経験値を等分するからさ。更に言うと、明日か明後日あたりには、大都市圏に出現する魔物も一気に少なくなるだろうし」
魔物が少なくなるか。
「船台のように倒され尽くしてですか」
「人間というより、魔物同士の戦いでさ。人口密度が高いから、大量に湧いては相互に戦って、数を減らしていると思うよ。この前のルール変更で、何もなくとも動くようになったしさ。移動すれば空いた市町村にまた魔物が発生するだろうし」
そこで息をついて、更に上野台さんは続ける。
「魔物があちこちにいるんじゃ、人間の方も落ち着いて討伐なんてやりにくいだろう。だから人間もレベルを上げにくい。それでもレベルを上げておかないと、魔物が出なくなった後の戦いで不利になる」
なるほど、人口が多いところなら魔物が多く出るからレベル上げに有利、という訳では無いのか。
ならば。
「東北に籠もって、車で走り回るという作戦は正解だったんですね」
「まだわからない。他に最適解があるけれど、気づけなかっただけかもしれないから。
ただ魔物を部下にしてレベルを上げるというのは、難しいみたいだ。さっき言ったのは例外的な成功例でさ。あと二つは人が率いていた集団があったんだが、両方とも無くなっている」
一人はWebで協力者募集をしていた名古屋の奴だろうか。
他にもいたのは知らないけれど。
「そして同等の大集団は、今のところ他では観測できていない。私が把握している次に大きいのは京都と大阪の間にいる集団だが、これも一〇〇体はいかない。
どうやら魔物の統率種や支配種に任せると、ある程度のところで自壊してしまうらしい。統率種や支配種の魔力が足りなくなるのか、他の要素があるのかは不明だけれど。カメラで見えない範囲で密かに残っている可能性もあるけれどさ」
なるほど。
大集団は、あのひとつだけと思っていい訳か。
「いずれにせよ、私達が出来ることはそう多くない。明日も東北をぐるっと回って、ひととおり魔物の集団を潰す。とりあえず明日は横出、飽田って感じで回ればいいかな。一日経てばそれなりに魔物が増えているだろうしさ。
さて、それはそれとして。第何回目かの咲良ちゃんのアタックは、失敗に終わったって感じかな、これは」
いきなり一八〇度異なる内容が降ってきた。
でも、そう言えば、西島さんは上野台さんに相談済みと言っていたのだった。
「相談を受けたのなら、事前に止めておいて下さい」
「別に止める必要はないだろう。その辺は咲良ちゃんが理論武装して行った筈だ。それで上手く行かないとは、何かよっぽど強固な貞操観念があるのか、それとも別の理由か。咲良ちゃんが好みのタイプじゃないとか、嫌っているとかではないのは確かだからさ」
「ちょっと厳しい課題が出てしまったんです。少し作戦を考え直す必要があります」
「うーん、ちょっと納得しにくいな。咲良ちゃんの方ではなく田谷君の方が。でもまあ、とりあえず今日はそんなところで。それじゃ明日は予定通り、朝五時半に朝食集合でいいかい」
上野台さんの様子は変わらずという感じだ。
西島さんも、特にいつもと変わらない様子で返答する。
「ええ。あと部屋を反対側に移りました。田谷さんと一緒です」
「まあそこはセーフってところか。現状維持だな」
「ええ」
「それじゃ咲良ちゃんと部屋を一緒にする田谷君に、有名な格言をひとつ。『誘惑を振り払う唯一の方法は、それに屈することである』。オスカー・ワイルドの言葉だ」
なんだその、格言に聞こえるけれど駄目な言葉は。
この場合は特にまずいだろう、それ。『やっちゃえ』と言っているようなものだ。
「誰なんですか、そのオスカー何とかって」
「アイルランド出身の劇作家だ。あとはまあ、適当に調べてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます