第一五一話 攻防の夕べ

『すみません。部屋に行っていいですか』


 発信者は西島さんだ。

 なんとなく、そんな気はしていたのだけれど。


『どうぞ』


 そう返信してベッドから出る。

 着崩れた浴衣を少し直して、そして入口の扉を開けて。


 ちょうど西島さんが、隣のドアから出たところだった。


「ありがとうございます」


 似たようなシチュエーションがあった。

 船台にいた頃、名鳥のホテルでだ。


 だから何となくだが、西島さんが来そうだとは感じていた。

 それでも問題はない訳ではない。


 あの部屋は2人用で、ベッドはツインだった。

 しかしこの部屋は2人用だけれど、ベッドはダブルサイズ1つだけ。


 つまり今日は部屋にお帰りいただかないと、面倒な事になる。

 俺の生理的に。


 ただし今の時点で帰れとは言えない。

 ひととおり話を聞いてからだ。


 ベッドは和室用で低いから、座るのには向かない。

 そう頭のなかで言い訳して俺は、二人用テーブルへと案内する。


 ついでにテーブル上に、今朝寄った道の駅から持ってきたプルーンドリンクと、やはり同じ道の駅から持ってきたクッキーを出してと。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 正直、俺は微妙に落ち着かない。

 部屋の中に浴衣姿の西島さんと二人きりという状況だから。

 Tシャツ以上に薄着過ぎる。

 多分ブラはつけていないし。

 

「それで何かあったのか? 話したいこととか」

 

 西島さんは少しためらったかのような間合いの後、口を開いた。


「夜這いに来ました」


 えっ!?

 言葉の意味を理解しようとして、一瞬それが理解出来なくて、理解した後もどう反応すればわからなくて。

 結果、俺が返答する前に、西島さんが説明をはじめる。


「このままだと私、誰かと身体的に愛し合うなんて事は出来ないじゃないですか。万が一元の世界に戻ったとしても、あんな身体じゃ、一生無理です。ならこの世界でアタックするしかないと思うんです」


 理屈としては間違っていない。

 特典で何とかしようと思っているけれど、確実に出来るとは限らない。

 何とかしようとしている事自体も、西島さん本人に言う訳にはいかない。

 だから俺は、すぐには反論できない。


「身体的に早過ぎるというのは、私もわかっているんです。法律上で結婚可能な年齢には、四捨五入しても二歳足りないですし、同級生の中でも発育は遅い方です。だから性的興奮はしにくいかもしれません。でもその分、出来る事は何でもやりますから」


 いや、そこはちょっと思いとどまって欲しい。


「身体的に早過ぎるって問題は、そこじゃないだろう。身体的にダメージを受けるとか、倫理的な問題とか」


「いえ、その辺は問題じゃないんです。倫理的な問題はこの世界になった事で、とっくに崩壊しています。身体的な問題も、小学校高学年で援交なんてのはよくある話ですし、貴族なら日本の平安時代だって、一二で結婚なんてのはよくある話です。ちょっと古い話ですけれど二〇一八年のUNICEF調査では、二〇から二四歳までの若年女性のうち児童婚経験者は二一パーセントあるんです※。それに私は苦痛削減スキルも持っています。だから問題は田谷さんが私に性的魅力を少しでも感じてくれるか、それだけなんです」


 ちらちらスマホを見ながら言っている。

 つまりは……


「理論武装して来た訳か。スマホにカンペ入れて」


「そうです。名鳥の時は言い出せずに失敗したので、念の為にバージョンアップしてあります」


 いいのかそれを認めて。そして名鳥の時にもそういう意図があったと認めて。

 

「ついでに言うと上野台さんにも相談済みです」


 なるほど、上野台さんの『今日は飲んでいるから早く寝るぞ』アピールは伏線か。

 今日は飲んでいて寝るから、あとはご自由にという。


 謎は全て解けた!

 しかし事態は何も解決していない。


 というか、いい加減我慢する必要はない気すらする。

 論理的に考えれば、西島さんが言うとおりではあるのだ。

 エッチをしても、何も問題はない。

 

 それでも何か、ひっかかる事はあるのだ。

 それが何か、わかりそうだけれど、わからない、まだ。


「それとも田谷さんは、私の事が嫌いですか」


「それはない」


 そこは即答出来る。何なら追加説明だって出来る。


「嫌いだったら、ここまで一緒に行動しない。西島さんが単独行動しても大丈夫な時点で、別れている。多分、中港あたりで」


「役に立つから一緒にいた、じゃないんですか」


「それだけでずっと一緒にいられる程、俺は人間が出来ていない」


 ここは本音だから、考えなくても言葉が出てくる。

 そしてついでに、俺がひっかかっていた事についても気がついた。

 今の言葉の何処がきっかけなのかは、わからないけれど。


 そのひっかかりを、頭の中で台詞の形に仕立てあげる。

 この台詞、言葉はある意味諸刃の剣だ。

 それは俺にもわかっている。


 けれど、それで流れが変えられなかったら。

 それはそれで、流れに身を委ねてもいいだろうとは思う。

 いい加減、俺も限界だから。


 それでは、口にするとしよう。


「今言った通り、俺は西島さんのことが好きだ。多分LoveじゃなくてLikeの方なんだろうけれど。だからあえて、今これからする前に、後で空しくならないように条件をつける」


 さて、この後が肝心だ。西島さんはどんな反応をするだろう。

 もし嘘をつかれても、俺には確認する手段はない。

 それでも俺は、この質問をすべき気がする。

 だから俺は、口を動かす。


「条件はひとつ。この世界が終わって元の世界に戻った後でも、西島さんに出会う機会があることの保証。この世界の記憶は、世界の終わりとともに消去されるらしい。だから会ってもおそらくはわからないだろう。それでも会って、また友人からはじめられる可能性の担保が欲しい」


 西島さんの表情が動いた。こわばった、あるいは固まった。

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