第三三章 宿に着いてからが……
第一五〇話 俺は違和感をおぼえた
今回の宿は何というか、ちょうどいい感じがした。
入ってすぐのロビー部分は木の梁が見える木造建築で、そこそこ広いけれど広すぎず、落ち着ける感じ。
例によって西島さんがフロントから鍵を持ってきた後、フロント横で浴衣選び。
「可愛い浴衣のサービスがあるので、ここで借りておきましょう」
もちろん女性用だけだ。男性用や普通の浴衣は部屋にあるらしい。
「この宿には特別室もあるのですけれど、今回は大浴場や此処出入口に比較的近い、別館の二階にしました。ただ部屋が二人用なので、今回は一人一部屋で三室です。大浴場や露天風呂ももちろんいいお風呂なんですけれど、部屋の露天風呂も掛け流しですし、川側で景色がいいので、思う存分入れます」
微妙に違和感があった。全員一緒ではなく、個室というところに。
以前も名鳥の宿では個室だった。しかしあの時はシンヤさんがいたし、部屋も全員で使うという造りではなかった。
この宿なら全員で泊まれる部屋くらいあるだろう。
だから個室にした理由が気になる。
「ところでこの後は風呂かい、それとも夕食かい」
「ちょっと眠いので先に夕食でいいですか。部屋だと狭いので、そこにある食事用の部屋を使います」
「わかった」
何かいつもと流れが違う気がする。俺の気のせいかもしれないけれど。
もし気のせいでないとすれば、何が理由なのだろう。思い当たる事は特にないのだけれど。
ロビーを挟んでフロントと反対側にある部屋へ。
床は畳だけれど、大きめのテーブルが4組ある。
朝食とか夕食とかを食べる部屋らしい。
障子が開いていて、外には木で囲まれた芝生の庭が見えた。
芝生に雑草が生えてしまっているけれど、手入れをする人間がいないから仕方ない。
「それじゃ今日の夕食は、野菜サラダと焼き肉だ。本当は蒸し肉か茹で肉にしてさっぱりしたいところだけれど、持ってきた冷凍肉がどれも微妙に曲者っぽいからさ。無難に焼いてタレつける形で」
確かに牛タン、鹿肉、地鶏味付き、ホルモンというラインナップでは、蒸し肉や茹で肉にしにくい。
だから焼き肉が正解だ。
「サラダの方は今から作るから少し待っていてくれ。5分はかからない」
上野台さんは収穫した生野菜を取り出した。
「咲良ちゃん、悪いがもう一度魔法で洗浄頼む……」
◇◇◇
久しぶりの冷凍じゃない野菜は、やたら美味しく感じた。
「トウモロコシ、すごく甘いです。こんなに美味しかったんですね」
「食べるのが面倒だけれどさ。個人的には枝豆、もっと持ってくれば良かった。ビールと一緒に幾らでも入りそうだ」
個人的には、キュウリやトマトに、業務用スーパーのタラモサラダをつけて食べるのが良かった。
冷凍ではない野菜がみずみずしいというのは、当たり前だけれど忘れていた気がする。
魔法で火を通したナスやズッキーニ、長ネギを、焼き肉のタレで食べるのもなかなかいい。
結果、久しぶりに野菜をたっぷり食べた。
もちろん肉もしっかり食べたけれども。
魔法をかけて綺麗にして、収納すれば片づけは簡単。
「今日はもう、結構眠いので部屋に案内します」
「私もちょい飲んでいるし、それが有難いな」
確かに上野台さん、先程は結構飲んでいた。
「枝豆に焼肉とあったら、ここはやっぱりビールだろう。ちょうど今朝寄った道の駅から持ってきたオーガニックな地ビールが各種ある。この機会に味比べをしないと後悔しそうだ」
そんな事を言って、4種類の地ビールを飲み比べていたから。
ちなみにスカイ、サン、マグマ、スノーと名がついたビール4種類の中では、スカイが一番好みだったらしい。
「今度入手機会があったら、もう少ししっかりキープしておこう」
そんな事を言いつつ、各種類三五〇ミリリットル缶を二つずつ、つまり八缶二・八ℓをがぶ飲みしていた。
だから確かに眠いのはわかる。
ただしこの辺にも違和感がないわけではない。
上野台さんがここまで飲むことは、今まではなかった気がするから。
廊下を奥へ進み、大浴場前の階段を上って、部屋の扉が並んだ廊下で、西島さんは俺達に鍵を渡す。
「部屋にはベッドと机の他、露天風呂がついています。部屋の露天風呂もかけ流しなので、お湯の質はいい筈です。明日は、朝5時半にさっき食事した部屋集合でいいですか?」
「わかった。いつもの食事の時間と同じ、了解だ。それじゃ私は寝る。お休み……」
鍵を受け取った上野台さんは、そのまま扉を開けて中へと消える。
確かに結構飲んでいたけれど、やっぱりどこかわざとらしさを感じたのは気のせいだろうか。
わからないまま、俺は鍵の番号を確認する。
この隣の隣、ということは間が西島さんの部屋という事か。
俺の部屋と上野台さんの部屋に挟まれているというのは、ある意味妥当だろう。
うん、何か違和感を覚えるのは気のせいだ。
部屋に入って、さっさと寝るとしよう。
実際、俺も結構眠いのは確かだし。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
俺は部屋の前まで歩いて行って、扉を開ける。
中はベッド一台、テーブル、そしてベランダは露天風呂になっているようだ。
案外こじんまりとしていて、確かにこれは三人では狭いと思う。
それではさっさと着替えて寝るとしよう。
クローゼットを開けると、予想通り浴衣やスリッパが入っていた。
こういう宿にも慣れたなと思いつつ、ささっと着替える。
風呂は宿に入る前に充分入ったからいいだろう。
背の低い和室用ベッドのシーツをはがして、中にもぐりこんだところで。
スマホが振動した。
何だろう。画面を見てみる。
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