第一四九話 地元用らしい共同浴場にて

 森岡では魔物二五体の集団を倒した他、銃砲店で銃と弾を追加補充した。

 まだまだ弾の在庫は大量にあるけれど、念のためだ。


 そして少ない場所で四体、多い場所でも一五体規模の集団を倒しつつ南下。

 途中、水澤のファミレスで11時頃に早めの昼食を食べ、粟原まで南下して魔物を倒したところで、午後二時過ぎ。


「今日は早かったし、そろそろいい時間だろう。宿へ向かうとするか。参考までに田谷君、レベル幾つまで行った」


 俺のレベル、なかなかとんでもない値になっている。


「レベル七二です。経験値は一万二千六八七になりました」


 朝八時のレポート以降、合計一〇〇体近い魔物を倒している。

 しかもほとんどがレベル一〇以上だ。


「ならレベル上げ的には問題ないだろう。それに今日は早朝から動いて疲れた。まあ一番疲れているのは運転担当兼レベル上げで討伐が集中している田谷君だろうけれどさ」


「そうですね。今日は順調でした。弾も補充しましたし、新鮮な野菜も手に入りましたから」


 野菜は畑から直接いただいた。

 走っている途中、ちょうど畑があったのを見て、西島さんが思いついたのだ。


「そう言えば植物は普通に生えたままなんですよね、この世界でも。なら畑から直接貰えば手に入りますよね」


「確かにそうだよな。虫もいないし、有害な菌もいないらしいから。動物や菌類が駄目で植物がOKというのは、分類的にどうなっているんだろうと思うけれどさ」


 そんな感じで以降、良さそうな畑がある場所で停まっては収穫。

 結果、トマト、ミニトマト、ズッキーニ、キュウリ、ナス、長ネギ、枝豆、トウモロコシといった野菜が手に入ったのだ。

 

「今日手に入れた野菜は、基本的にサラダでいいよな」


「勿論です。生野菜のサラダは、ものすごーく久しぶりです」


「ああ。生だといまいちのナスとか長ネギ、ズッキーニは焼いて、枝豆とトウモロコシは茹でてさ」


 そんな事を話しながら、粟原から高速道路経由で、宿の最寄りのインターチェンジまで一時間ちょっと。

 途中のサービスエリア等は以前寄ったところがほとんどなのでパス。


 高速道路を下りた後、レベル六の魔物を一体倒して、そして宿に直行……する前に。


「宿のちょっと先に地元の方用の共同浴場があるので、そこに寄っていいですか」


 やはりそう来たか、そう俺は思う。

 西島さん、忘れていなかったようだ。

 もちろん俺は反対なんて事を言えない。


 西島さんが選んだ宿の前の交差点を左に曲がり、温泉神社と書いてある砂利道に車を突っ込んで停める。


 神社の右側の砂利道を勝手知ったると言う感じで歩いて行く西島さんの後を追って、奥にある家のすぐ横を通り、金網のちょっと危なげな階段を下りて、トタン壁の小さな小屋の前へ。 


「鍵がかかっていますね。田谷さん、お願いします」


 内側からは回して開けられるタイプだったので、開けるのは簡単だ。

 しかしこれ、本当に温泉なのだろうか。

 俺にはそこの家の物置小屋にしか見えないけれど。

 そう思いつつ、扉の鍵を開ける。


 開けると、確かに中は風呂だった。

 コンクリート打ちっぱなしの湯船と床、壁は途中までコンクリで、そこから上はトタン板。

 明かり取りの窓はあるけれど、外の景色は見えない高さだ。


 脱衣所とか洗い場なんてない。強いて言えば扉から先が向かいの壁まで少し高くなっていて、その上壁沿いに低い木製棚があり、プラスチックのカゴが置いてあるけれど、それだけ。

 ただし湯船そのものは五人くらいは余裕で入れる広さがある。


「何というか、温泉に入るためだけの空間って感じだな」


 上野台さんの言う通りだ。

 飾り立ても外の景色を見ようなんて意識も、まるでない。

 ただお湯に入るためだけの、最小限という感じだ。


「地元の人用だからこれでいいんだと思います。お湯さえ良ければ充分なんでしょう」


 西島さんはさっさと服を脱いで、そして手を浴槽のお湯につける。


「ちょっと熱めですけれど、問題無い温度です」


 なら仕方ないという事で、俺も覚悟を決める。確かに熱めだけれど、ゆっくり入れば大丈夫だ。

 湯は溢れるけれど、これは仕方ない。


 浴槽内の段差を、奥の深い方へ。

 こちらは結構深く、足をのばすとお湯が首くらいまでくる。

 お湯そのものは透明だけれど、茶色い粒状の何かが浮遊していた。


「この茶色っぽいのは何ですか」


「多分湯の華だと思う。温泉の成分が固まったもので、多分、硫酸塩が主成分の何か。だから問題はない」


「贅沢な掛け流しだと思います」


 施設としてはギリギリな感じだけれど、温泉好きには贅沢なのか。

 俺は宿の綺麗な風呂の方がいいし、落ち着けると思うのだけれど。


 広さはそこそこある。パイプからお湯が出てくる場所付近は熱いから避けるけれど、それでも三人なら問題無い。


「純粋に温泉を楽しむのなら、これはありだよな。確かに普通のお湯とは違う感触だしさ」


「ただちょっと、私には深いです。正座をしてやっと首から上が出る位ですから」


「私も正座だな。浮力があるから足は痺れないだろうけれどさ」


「まあそうですね」


 俺の場合は片手を湯船の縁に、もう片手を湯船内の段差につけて段差と湯船の角に背中を預けるとちょうどいい。

 目を閉じて、湯に身体を委ねると疲れがとれる気がした。

 

 そう、気がついたのだけれど、結構疲れている。

 今日は早朝というか深夜から動いたのだから、無理もない。

 そして目を閉じてまったりする分には、この温泉はなかなかいい。

 

「あ、駄目だこれ。私、落ちそうだ」


 上野台さんの声が聞こえた。


「確かにいい湯すぎて眠くなりますね。昨日の寝湯とはまた違った感じで」


「ああ。此処で寝るな、寝ると死ぬぞという奴だな。出たくないんだが仕方ない。宿へ行くとしよう」


 確かに俺も眠くなりそうだ。

 だからお湯から出て、西島さんの魔法で水分を払った後に服を着る。


「実際はここで服を着なくても問題無い気がするけれどさ。外は暑いし、蚊なんかの虫もいないし、人も他にいる訳じゃないし。ただそこを妥協したら、何かもう戻れなくなりそうな気がしてさ」


「確かに問題はないけれど、変態チックですよね」


 そこは思いとどまってくれて助かったなと思う。

 一応俺がいるのだけれど、なんて言っても無駄な気がするから。

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