第一四五話 危険な温泉とカレーパーティ
寝湯という言葉になんとなく嫌な予感をおぼえつつ、二つ並んだ木製の引き戸のうち、左側を開けて中へ。
脱衣場の広さからすると、二~三人用という感じだ。
雰囲気はこの時点では結構いい。壁が上半分は白塗りで下半分が焦げ茶色の板張りだったり、置いてある木製の長椅子の感じだったりとかが、いかにも和風という感じで。
浴室は壁の上半分が白く、下半分は黒っぽい石が張ってある。脱衣場の反対側は三枚ガラスの大窓で、全開にすれば露天風呂に近い開放感がありそうだ。
浴槽は広さは結構ある。全体はほぼ正方形、広さは二畳くらいだろうか。
ただよく見ると、左側三分の一が普通の深さで、残り三分の二が浅くなっている。
この浅いのがきっと、寝湯として使える場所なのだろう。浅くなっている方の手前側浴槽縁についている手すりっぽい丸太は、きっと頭を乗せる場所。
お湯は透明。つまりこの寝湯スペースにに西島さんや上野台さんが仰向けで入るとなると……もうモロとしかいいようのない状態になる気がする。
そして……
「まずはここの窓を全開にします」
風呂なのだから当たり前だけれど、西島さんは全裸で寝湯スペースの浅い部分を歩いて行って、向こう側の窓を全開にする。
外は板壁で囲まれた小さいスペース。椅子があるので出て外気浴することも考慮に入っているようだ。
景色は空しか見えないけれど、雰囲気は悪くない。
「そしてここで、横になります。それがこの風呂の楽しみ方です」
ああ、やっぱり……とりあえず視線を逸らしてごまかすけれど。
「確かに気持ちよさそうだけれど、そこに頭をのせて痛くならないか」
「大丈夫です」
「よし、やってみよう」
取り敢えず深さが普通の部分が空いているので、俺はそちらへ。二人の方を見ずに、外の方を向く。
お湯は確かに、昨日より温泉という感じがする。うまく表現できないけれど、若干香りと感触が違う気がするのだ。
そして窓の外から感じる外気、板塀の上から見える空。どちらも悪くない。
一階で景色がいいわけではないけれど、この風呂は確かにいい感じだろう。そう思ったところで。
「田谷さんも寝湯、やってみますか。少し詰めれば三人でも大丈夫ですよ」
思考に雑念が入る。
「いや、俺はこっちの方がいい。これでも手足が伸ばせるし」
「何なら代わろうか」
「いえ、こっちで充分ですから。一人だとこっちの広さがいい感じですし」
横を見てはいけない。
◇◇◇
「寝湯って思った以上にいい感じだな。何というか、このまま蕩けてしまいそうだ」
「本当です。今日は買い物も出来たし、青盛でライフルの弾も仕入れましたし、温泉も快適で最高です。田谷さんもどうですか?」
いや、それ、危険な誘惑だから。
なんて事は勿論言わない。
確かに今日は順調だったなと思いながら、俺は一人、浴槽の通常の深さの方で、スマホに意識を逃がしていた。
この時間が終わったのは、夕日のおかげだ。
「そろそろ外が赤くなってきた感じです。ここでは夕日は見えないので、部屋に行きましょう」
それでようやく風呂から上がり、三階の部屋へ。
細長いがそれなりに広い部屋で、下は畳だけれどベッドが二つ並んでいる。
窓の障子を開けると夕日と海、ぽっかり浮かんだ島という景色だ。
「太陽が沈むのが水平線ではないですけれど、これはこれでいい風景です」
確かに薄く下北半島が見えている。
でも西島さんが言う通り、これはこれで悪くない。
「それじゃ夕食はカレーです」
西島さんがそう言って、大きめの座卓の上に色々と取り出した。
まず船台の冷凍食品店から持ってきたカレーが、
〇 ネパール風キーマカレー
〇 定番チキンカレー
〇 スリランカ風フィッシュカレー
〇 インド豆カレー
〇 バターチキンカレー
の5種類。
他に道の駅から持ってきたレトルトのカレーが、
〇 赤べこビーフカレー
〇 和牛ビーフカレー
〇 熊肉カレー
〇 鹿肉カレー
の4種類。
さらにカツカレーのカツ代わりと思われるポークカツレツの冷凍が6枚。ナンが3枚、常温保存可能なパック御飯を9個。
と、いうことはだ。
「レトルトカレーは1人3つ選べばいいか?」
「全部別のお皿に入れて、少しずつ取る形にします。味の違いをみてみたいですから」
西島さんの返答になるほどと思ったら、上野台さんが色々とアイテムを追加してきた。
「カレーと言えばトッピングだろ。本格派カレーには邪道かもしれないけれど、レトルトだと具が少なそうだしさ」
出てきたのは鶏の唐揚げ、ピザ用チーズ、弁当用冷凍ほうれん草、ソーセージ、玉子焼き、燻製タクワンといったところだ。
あとは俺がお代わり分を考慮して、パックご飯を六パック出す。
「確かにこれで万全です。それじゃ準備しましょう」
上野台さんが一気に適温まで魔法で温度を上げ、あとは皆で開封して皿に入れる。
そこそこ大きい座卓の上が皿で目一杯になったところで。
「こんなものだろう。それじゃ、いただきます」
「いただきます」
窓から海が見える。
大分夕日が下北半島に近づいていて、周囲は赤い。
「晴れていて良かったな、今日は」
「そうですね。最高の夕日が見えそうです。ただちょっと、こっちのカレー、辛いです」
そう言って西島さん、ペットボトルの乳酸菌飲料を口へ持っていく。
そう言えばあまり辛いのは得意ではないと、前に言っていた。
確か船台に行く前、大きな宿でレトルトカレーを選んだときに。
「どのカレーだ、それ」
「この皿です。多分キーマカレーと書いてあった気がします」
「確かに挽肉が入っているし、キーマかな多分、バターチキンカレーや日本のカレーは大丈夫だと思う」
上野台さんの言葉に西島さんは頷いた。
「そうします。本場風はちょっと、辛いです。カレーは好きなんですけれど」
どれどれ。俺はキーマカレーを自分の御飯にちょっとかけて、そして食べてみる。
確かに辛目だ。けれど美味しい。
「私もあまり辛いのは駄目だからさ。それ、田谷君専用でいいか?」
「ええ。確かに辛いけれど、美味しいです。ただ欲しかったら言って下さい」
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