第一四二話 上野台さんのバックヤードワーク

 西島さんは基本的に早寝早起きだ。夕食の後、それほど経たずに寝てしまう事が多い。

 俺や上野台さんも、基本的にはそれに合わしている。一昨日は上野台さんと少し話をしたけれど、その程度だ。


 そう、思っていた。


 しかし、夜中一時に何となく目が覚めた時。

 まだパソコンのキーボードを叩く音と、マウスをクリックする音が聞こえた。

 身体を起こして見てみる。

 隣の寝室の端のデスクライトが点いていて、上野台さんが作業をしている。


「悪いな、起こしたか」


「いえ、何となく目が覚めただけです」


 起きて、そして上野台さんの方へ。 


「魔物の移動予測ですか」


 上野台さんは、ふっと溜め息をついた。


「予測は難しいな。ちょっと出現位置が変わるだけで結果が大きく変わるしさ。今までは出現数が少ない分、何とか現実とあわせて調整していた。でも出現数とレベルが増えた今となっては、もう無理かもしれない」


 疑問に思ったので聞いてみる。


「現実とあわせるって、どうやっているんですか」


「あちこちにあるライブカメラで追っている。勿論全部自分で確認なんてしていられない。だから生成AIに投げてそれらしいのが映っている時間と場所、数をピックアップさせている」


 生成AIか。

 宿題を代わりにさせたり、英語の教科書を訳させたりなんて使い方は知っている。

 しかし、そういう使い方まで出来るとは思わなかった。


「そんな事も出来るんですね」


「完全じゃないけれどさ。監視に理想的な場所にカメラがある訳じゃないし、風でゴミが動いたなんてのもピックアップしたりするし。あとは魔物以外の移動情報なんてのも出てくる。例えばこの世界になった当初飽田県にいた一人は、飽田市から能白方面に車で出て行ったとか、青盛にいた一人は陸津半島の何処かにいるだろうとか、それ以外に八辺付近に一人いるとか」


「そんな事までわかるんですか」


「ああ。もちろん完全ではないけれどさ。それでもある程度の情報は確保出来る」


 上野台さんはマウスを操作して、画面を切り替える。


「これが昨日の一二時以降、青盛、飽田、岩出、山型、宮義、福縞のライブカメラが捉えた情報だ。もちろん誤報もあるけれど」


 時間と場所、そして道路の画像が五~六枚という組み合わせが、Webページとして延々と続いている。


「これがAIにまとめさせたものですか」


「ああ。ライブカメラに移動するものが映ったと判断すると、その画像を含む前後一分程度を静止画像として切り出して、ページに貼り付けるという命令をしているわけだ。ついでに魔物の種類を確認して判別し、メール送信するようになっている。ただ情報が多すぎていちいち追っていられないから、このデータも半日毎にまとめさせているけれどさ」


 上野台さんはまたマウスを操作。

 今度は地図が出てきた。所々に赤や青、緑等で丸がついていて、横に数値や時間が表示されている。


「これが昨日午後、感知したリストだ。私達の移動も表示されている。昨日の経路を追っていくと、時間と『車両』の文字が出ているのがわかるだろう」


 そう言って上野台さんは表示されている地図を動かす。

 飽田県の地図になった。見ると確かに五カ所にそれらしい表示が出ている。


「この情報があれば、見えない範囲の集団を探す事が出来そうですね」


「まあね。ただ過信はしない方がいい。カメラに写っている場所が全てではないからさ」


 まあ、そうだろうけれど。

 それにしてもだ。


「いつ頃から、こうやって魔物の動きを調べていたんですか?」


「まともに使えるようになったのは、船台を出る直前だ。作業開始は今のパソコンを手に入れてからだけれど、結構時間がかかった。名鳥の新しいけれどちょっと味気ない宿は個室だったからさ。集団が動いているという話が出て、ならば監視して傾向を掴めないかと思ってやってみた訳だ」


 なるほど。

 

「これで魔物の集団の動きがある程度掴めたから、俺に経験値稼ぎを持ちかけた訳ですか」


「まあそうなんだけれどさ。そうしたら僅か二日目にして、出現規則変更だろ。なんで慌てて善後策を練っている訳だ、こうやってさ」


 しかし、それにしてもだ。


「こういった方法って、大学で教わるんですか?」


「学部で教わるのは、『こういった分野や方法論があります』ってところまでかな。あとは専攻分野ごとの方法論と、その研究室でやっている研究方法まで。ただその気になれば、専門以外についてだって、その道のプロから教えて貰える。押しかけていって話を聞くとか、他の科の専門授業に潜り込むとか、公開講座を受けまくるとかしてさ」


 という事はだ。


「つまり上野台さん自身が動き回って、そういう事が出来るようになったって事ですか」


「私だけの努力という訳じゃない。大学にはその道のプロの他に、それなりの施設や環境があるからさ。今使っている生成AIだって、好き放題使っているのは大学のライセンスがあるからだし。その気になれば高校よりずっと楽しいぞ。楽しすぎて脱出出来なくなる奴も時々出るけれどさ。だからまだ今の時点で、人生は面白くないなんて達観する必要はない。なんて本当は田谷君ではなく咲良ちゃんに言いたいんだけれどな」


 そこまで言って、そして上野台さんは溜め息をつく。


「ただ咲良ちゃんの方の事情を知っていると、そんな一般論で押し通しても意味がない事もわかる。という訳で、同じような事を考えている田谷君と共同戦線を張った訳だ。本当は咲良ちゃん自身がそういう願いを持てばいいんだけれどさ。さっきの話の時点では、まだそこまで行っていない気がする」


 上野台さんは、机上においてあるペットボトルのコーラを口に運んで、そして続ける。


「それでも田谷君はよくやっているよ。今が楽しいと感じられるようになったってのは、かなりの変化だと思うからさ」


 ここは聞いておいた方がいいだろう。

 だから俺は、口に出す。


「俺が何を願うのか、確信しているんですね、上野台さんは」


「咲良ちゃんの病気の治療、もしくは病気を無かった事にすること。理由は善意、悪意、ゲーム的クリア課題、疑似恋愛、色々考えられるから言わないけれどさ」


 思い切り言い当てて、そして上野台さんは続ける。


「確認はとらない。今のがあっていてもあっていなくても、私は田谷君のレベルアップを全力でバックアップさせて貰おう。さしあたっては明日、ちょっとばかり欲張って魔物を倒して貰おう。飽田から青盛まで、そこそこの街の魔物を一通り回ってさ」

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