第一四一話 夕食はジビエ焼肉
「確かにそうしないと、今のままでは他よりレベルは上がりにくい。だから誰か一人でも上げた方がいい。確かに方法論としてはありだ。なら誰にする。私は遠慮するつもりだ。どうせ上げるなら、今のレベルが少しでも高い方を上げたほうがいい。それに私は移動方法を頼って居候している身分だしさ」
まさかこんな話になるとは、俺は思っていなかった。
だからとっさに意見が出てこない。
「私はやめた方がいいと思います。私は自分が一番レベルが高くなった場合、危険となる魔法を持っていますから。田谷さんは知っていますし、上野台さんも気づいていると思いますけれど」
「咲良ちゃんなら、そういった魔法を持っていても別に問題無い。そう私は思っているけれどな。田谷君もきっと同意見の筈だ」
それはその通りなので、俺は頷く。
ついでに何とか考えた理屈を、言葉にして引っ張り出す。
「俺もそう思う。それに、三人でやればシンヤさんが言っていた特典に手が届くかもしれない。だからもし何か叶えたい願いとかあるのなら、経験値を稼いだ方がいいだろう。それに俺より西島さんや上野台さんの方が、敵を遠距離で倒すことに慣れている。そういう意味で、もう一度考え直した方がいいんじゃないか」
「だったらなおさら、私はやめた方がいいです。世界を戻さずにこのまま居続ける事か、元の世界が滅びて仕舞うことを願ってしまいそうですから」
俺は何も言えなくなってしまう。
そのまま無言が続かなかったのは、上野台さんのおかげだ。
「なら消去法で、田谷君に経験値集中という事で決定だな。私も叶えたい望みなんて特にないしさ。咲良ちゃんと私を此処まで連れてきた責任を、ここでとってもらうことにしよう」
連れてきた責任か。
「確かに西島さんについては、引っ張り出してきた責任はあるかもしれません。ただ上野台さんまでは責任を感じないんですけれど」
「諦めよう、田谷君。こういう話し合いは、大体において男性の方が負けるようになっているんだ。今まで私が読んできた小説や漫画では」
おいおい。
「あてにならない出典ですね」
「まあな。でも人生、諦めが肝心な時もある」
ただ確かに、俺にとって悪い話ではない。
今の状態でも三人分の経験値が加わるなら、特典に手が届く可能性がある。
東京の近くに行くなど、無理をしないでも。
「さて、それじゃお部屋に移動しませんか。ここは確かに海の見晴らしはいいですけれど、他がいまひとつという感じなので。部屋からも同じ風景が見える筈ですし、移動してからでも日の入りは充分間に合いそうです」
本日の日の入りは午後六時四二分。
まだ三十分以上ある。
「それじゃ上がって、部屋で夕食にするか」
「そうですね」
取り敢えず上がって、2人の方を向かないようささっと身体を拭いて服を着る。
◇◇◇
部屋は決して広くはない。
基本的には二台のベッドが並ぶ寝室、六畳の和室だけだ。
しかしその先に、海側の壁がほぼ窓で、しかも全開近くにまで出来るテラスがついている。
その向こう側は、露天風呂と同じ海。
ただ開口部が広いのと、テラスの床がフローリングなのとで、こちらの方が開放感を感じる。
このテラス部分に、2人くらいは入れる浴槽もついている。
こちらの浴槽は狭いけれど、露天よりも高級感ある造りだ。
窓を全開にすれば露天風呂気分にもなれる。
実際こっちの風呂の方が雰囲気がいいし、1人で入るならさっきの露天風呂よりもこっちだなと思う。
「こっちのテラスで食べるか。景色がいいしさ」
「そうですね。テーブルや椅子は端に避けておきましょう。べたっと座った方が気持ちよさそうです」
まずは窓を全開にする。
そして室内側から電源コードを引いてきて、コーヒーメーカーを起動し、更にホットプレートも準備。
デッキの板の上にホットプレートを囲んで直接座るという形で、夕食開始だ。
「それじゃやるぞ。ジビエ料理」
上野台さんが宣言して、熊肉、鹿肉、猪肉を取り出した。
「まずはそれぞれ、バターでソテーしたのを食べ比べてみよう。そうすれば味の違いがわかると思う」
上野台さんが慣れた感じで、薄めのステーキ程度の厚さに切る。
切った肉を鉄板と魔法でバター焼きっぽく焼いて、熊、鹿、猪とそれぞれ一人一切れずつ試食。
「猪と鹿はこのままでも美味しいです。熊は……ちょっと臭う気がします。味はそれぞれ違いますね」
俺もそう感じた。猪はやっぱり種が近いからか、豚肉に似ている。もっと味が濃いとかコクがあるとかあるかもしれないけれど、俺程度の舌では比べない限りわからない。
鹿は猪より牛に近い気がする。ただし大分さっぱりした感じだ。それ以上は、俺の舌と人生経験では上手く表現できない。
熊は何というか、熊だ。豚よりは牛寄りというか、豚から牛へ行く数直線上で、牛を更に通り越した感じ。あと脂が多めで、かつやっぱり臭いが独特。
「確かに熊だけは、何か臭い消しをした方がいいかもしれないですね。味そのものは美味しい気がするんですけれど」
「そうだな。なら熊肉は、ニンニクとショウガと味噌が効いた焼き肉のタレにつけてみよう。二人ともニンニクとかショウガは大丈夫か?」
「俺は大丈夫です」
俺は勿論問題無い。
「むしろ楽しみです。病院は臭いが強い料理は出ませんでしたから」
「なら挑戦」
上野台さんは、熊肉をやはり薄めのステーキサイズにカットして、 スーパーから持ってきたらしい袋に入れ、更に焼き肉のタレをかけて揉んだ。
「熊肉はこれで少しだけ放置。先に猪と鹿から焼く。カットしておくから適当に食べてくれ。タレは甘口、甘口味噌、ポン酢を用意した。ショウガやニンニクが欲しければこれ。チューブだけどこれ」
完全に焼き肉パーティ状態だ。
「何なら牛タンと食べ比べてみましょうか」
「確かにそれもいいな。在庫、あるかい」
「冷凍ですけれど」
西島さんが魔法収納から真空パック入り牛タンを出す。
◇◇◇
そのまま沈みゆく夕日を見ながら、ジビエ焼き肉大会に突入した。
熊肉もタレをつけたのは、それほど獣臭が気にならなかった。ニンニクとショウガが効いた甘味噌味、というのが良かったのだろうか。
ただ熊肉は、焼くと脂がこれでもかと出る。見えている脂身以上に出ている気がする。
そしてある程度食べると……
「何か暑くなってきました。ジビエの効果でしょうか」
「私も汗が出てきたな。もう夕日も沈んだし、窓を閉めて涼しくしよう」
確かに体内から暑くなってきた気がする。
窓を全部閉めて、魔法で部屋を冷やして、そして焼き肉をかっ込む。
なお野菜は解凍したカリフラワーとブロッコリー、そしてポテトサラダだけだ。
そしてそれ以外で肉でない食べ物はパック御飯だけ。
御飯とともにガンガンにかっ込んで、気がついたらパックごはんが七つ空になっていて、肉も全滅。
「面白かったです、ジビエ焼き肉。ちょっと食べ過ぎましたけれど」
「私もだな。ただもし今度熊肉を手に入れたら、今度は鍋にしてみようと思う。それはそれとして、折角そこに風呂があるんだからちょっと入っておこうか。汗をかいたしさ」
「そうですね。魔法で身体を綺麗にすれば、このまま入っても大丈夫です」
確かに俺達が焼き肉をした横に、浴槽がある。
汗をかいたし、ひとっ風呂というのもわからないではない。
でもだからといって、食事直後に脱ぎ出すのは無しだろう。
片付けも魔法一発で終わってしまうし。
「浴槽が小さいですから、俺は遠慮しておきます」
「えーっ。なら、三人で部屋の外の風呂へ行きますか」
「いや、いいからさ、俺は。魔法で綺麗になれば、それで」
何とかご一緒はしないで済んだ。
風呂が狭いせいで助かった、今回は。
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