第一四〇話 思わぬ提案
疲れた。
車で移動して魔物を倒しての繰り返し。
昼食時間も結局取れず、誰かが魔物を倒している間に車中でパンやピザをつまむ程度。
一体ずつなので経験値もあまり稼げない。だから忙しい割にはレベルもそれほど上がらない。
その上一〇〇メートルくらいまで近づくと、こっちを感知したのか逃げ出す敵もいる。
追いつけない事はないのだが、手間もかかる訳だ。
「この辺で今日は切り上げよう」
集団を倒してから三二体目の魔物を倒した後、宿へと向かった。
ただし今回の宿は結構遠い。
日本海側で夕日を見る事を優先した為、飽田から六〇キロ位離れた男賀半島の先端近くの西側の宿にしたのだ。
そして経路上のそこここで魔物が出てくる。
更に八体の魔物を倒して、ついでに途中スーパーにも寄って、午後五時過ぎにやっと宿へと到着。
「何か疲れたし、とりあえず風呂でゆっくりしよう」
「そうですね」
俺も疲れていたので、特に文句を言わずにそのまま風呂へ。
「男性用の方が余分なものがなく海が良く見えるらしいので、そっちへ入ります」
もういい加減この辺にも慣れたし、今日は疲れている。
さて、此処の露天風呂は何というか……
「コンクリートで固めた、って感じだな」
「昨日がいかにもという温泉でしたから、ちょっと味気ないですね」
左右はコンクリート打ちっぱなしの壁で、開放的なのは正面の海側だけ。
浴槽縁は檜っぽい板張り、内部は自然石タイルが敷き詰められている、基本的にはコンクリで作りましたという感じの浴槽。
一応海側の浴槽縁は石を使っているけれど、川の中流によくあるような丸っこくそう大きくない石をコンクリでくっつけていますという状況。
つまりは、風情がない。
ただしロケーションは悪くない。
「確かに海がよく見えるな。日没はかなり左側だけれど」
そう、それでも海側の眺望はいい。
そしてその海も、向こう右側に尾鹿半島があったり、間に島があったりといい感じだ。
それでいて夕日が沈むだろう方向は、ちゃんと水平線になっている。
方向的には正面ではなく、だいぶ左側ではあるけれども。
浴槽はとりあえず5人位は入れそうな大きさ。これは俺にとってちょうどいい大きさだ。
そこそこ広さがあって、なおかつ歩き回るほどの広さはない。露天風呂が幾つもあって、渡り歩くなんて事もない。
だから俺の評価としては、まあ悪くないという感じになる。
ただし西島さん的には、別の評価のようだ。
「確かにここは海が良く見えますけれど、方向が今一つと感じます。今の季節でかなり左という事は、冬だと相当前の、しかも右側でなければ夕日が見えないんじゃないでしょうか」
「まあそうだけれどさ」
上野台さんが同意する。俺もそう思ったから頷いておく。
「あと、最近いい温泉に連続して入ったからかもしれないですけれど、お湯がなんとなく水道水っぽい気がします。加水あり、加温あり、循環利用ありですから、今一つだろうなとは思っていましたけれど」
「まあその辺は仕方ない。今日は夕日を見る事を第一にここにしたんだからさ。それに塩素消毒なんかは法律で決まっているんだろ、確か」
「ええ。循環式にする限り仕方ないんです。それはわかっているんですけれど、最近いい温泉に立て続けにはいったんで、ちょっと贅沢になっちゃった感じです」
俺はそこまでお湯の質とかを感じなかった。
とりあえず疲れたから、のんびりできればそれで充分だ。
「まだ夕日が沈むまで一時間ありますから、ここは三〇分くらいにして、あとは部屋に行って夕食を食べながらにしましょう。その方がのんびりできる気がします。すぐに寝ることもできますし」
確かにここの風呂で三〇分以上過ごすのは退屈そうだ。スマホとかで時間を潰せば難しくはないだろうけれど。
「それにしても、今日は忙しなかったな。レベルはそこそこ上がったけれどさ」
確かに俺も、レベル四四の半ば位まで経験値を稼げた。
これだけ稼いだのは久しぶりだ。
しかし、俺達だけが稼げたという訳ではない。
だからつい焦りを感じて、俺はこう言ってしまう。
「それでも飽田は人口三〇万程度です。もっと人口が多い所や大都市圏では、もっと経験値を稼いでいる人や魔物がいるんじゃないかと思います」
むしろ差が開いている可能性が高い気がする。
この世界が終わるまで、まだ時間があると思っていた。
むしろ本番は、出現する魔物のレベルが高くなる、後半だろうと思っていた。
まさかこの一週間で魔物を出し尽くすとは、思っていなかった。
だから安全第一で無理せずという方針にした。
勿論この世界をただ生き抜くだけなら、今のままで問題は無いだろう。
ただ、特典で叶えたい願いなんてのを、俺は意識してしまった。
特典に釣られるのは危ないと、自分でわかっていながら。
「なら、今日は飽田市内を回ったけれどさ。明日はもっと広い範囲を回った方がいいかもしれないな。飽田市街地にある程度の集団が出来る事は許容してさ」
確かに上野台さんの言う通りだろう。
もっと人口密度が高い場所に対抗するには、移動距離で稼ぐしかない。
「なら無理に動き回るより、飽田周辺で安全確実に敵を倒す事にした方がいい気がします」
西島さんが言うのが、正論だ。
それは俺もわかっているのだけれど。
そして上野台さんも俺が考えている、余分な事を知っている。
その上で、『それが私の想像通りなら、是非ともその目的は叶えて欲しい』なんて言ってくれている。
ならここでどう言おうか。
そう思ったら上野台さんが先に口を開いた。
「ただそれでも、可能ならレベルは上げておきたいんだ。来週にもまた規則が変わって、もっと人口が多い場所でレベルを上げた魔物と戦わざるを得ない、なんて事にもなりかねないからさ。相対的なレベルを、できる限り上げておきたい」
上野台さん、俺の目的に言及せずに、経験値を稼ぐ方へ話を持っていこうとしているようだ。
いや、案外本当に、もっと経験値を稼いだ方がいい、と思っているのだろうか。
その辺は俺にはわからない。
「なら……こういう方法はどうでしょう。誰か一人、魔物をメインで倒す人を決めて、集中的にレベルを上げるようにするというのは」
えっ!?
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