第一三三話 温泉のテーマパーク

 先程の道の駅の売店が、『こめこめプラザ』という何処かで聞いたような名前だったり、店が小さい割にそこそこいい感じで物を売っていて、つい色々買いあさったり。

 なんて事をした後、来た道を戻って温泉へと向かう。


「高いカレーとかあるとつい買いたくなるよな。あとソーセージとか肉串とか味付き肉のパックとかは使いやすいからさ。この辺は冷凍で無くても日持ちしそうだし」


「がっつり系やおつまみ系が多くて、お菓子類が少なめなのは珍しいですよね。あと今日の夕飯は地鶏と舞茸の釜飯でいいですか。あとは適当におかずを加えて」


 その後見逃していた魔物を倒し、あとは田舎道をひたすら走っていく。

 上野台さんとカーナビの指示通り曲がり、最後はゆっくり走れば対向車とすれ違えるかな位の道を上っていく。


 幾つ目かの橋から道は更に狭くなり、舗装がなくなる。この世界だから向こうから絶対車が来ないだろうと思うが、それでもしんどい道だ。

 

 林の中をひたすら道は上っていく。

 橋を渡った向こう側が開けた広場状になっていた。車やマイクロバスがそこここに駐車している。


 その先に古い木造、かやぶき屋根の建物が見えた。カーナビに一瞬目を落とす。やっと到着のようだ。


「何というか、宿と言うより隠れ里とか、テーマパークっぽい感じですね」


「テーマパークみたいな物だけれどさ、温泉の。強いて言えばこっちがオリジナルだろう。真似する方でなく真似される方」


「それじゃ行きましょう。まずは部屋の鍵をキープして、それから露天風呂巡りです」


 車を降りて、木で出来た門を通って、黒い木造の建物の間の砂利道を歩いて行く。

 左側の建物は長屋のような感じで戸と窓が並び、戸の横にはそれぞれ『本陣一』、『本陣二』と部屋名&番号が記されていた。


「本陣という名前だけれど、長屋みたいな造りだな」


「その通りで長屋なんです。藩主が湯治に来た際、警備の武士が詰めた長屋ですから。一番人気なんですけれど、建物が古くて魔物が外から来た時には今ひとつなので、今回は見るだけです」


 あ、でもそれならばだ。


「俺の危険察知の魔法がパワーアップしたから、寝ていても十分以内に危険があれば自動起床出来る。だからどうしても泊まりたいなら、こっちでも大丈夫だ」


「本当ですか!」


 西島さん、食いついてきた。

 ならばという事で、察知+の説明を表示しているスマホを渡す。


 西島さんは目を通して、そして頷いた。


「……これなら大丈夫ですね。なら今日は本陣に泊まりましょう。建物や設備は新しい新本陣や東本陣の方がいいんですけれど、やっぱりここの雰囲気を味わうなら本陣の建物が一番だと思うんです」


 それほど建物の雰囲気が違うのだろうか。

 こうやって外から見ると、右も左もそう変わらない感じに見えるのだけれど。 


 本陣がある建物の奥側の戸が開いている。西島さんは迷わず中へ向かった。

 ついていくと、旅館というより山小屋っぽい感じの受付があった。

 例によって西島さんが奥へと鍵を探しに入る。


 俺は受付横の、 売店っぽいスペースに目をやる。

 酒とかお土産とかを売っているようだ。

 ただ今の時点で欲しいと思うようなものはない。


 西島さんはすぐに中から戻ってきた。


「鍵がないと思ってよく考えたら、本陣は鍵がないんですよね。ただここまで来たので、部屋の確認は後にして、まずは温泉の方へ行きましょう」


 鍵がない部屋なんてあるのか。


「泊まっている時は、鍵はどうするんだ?」


「中につっかえ棒があるので、それを使うみたいです」


 いつの時代の建物だよ、そう頭の中で突っ込んで気づく。

 そう言えば江戸時代の建物だったと。


 そしていきなり二人と温泉か。

 まあ、温泉に入りに来たのだし、そういう展開になるのはわかっていたのだけれど。

 受付から外に出て、小さな橋を渡る。


「最初はここで一番有名な、混浴露天風呂に向かいます」


 木造の、棚と籠しかない脱衣所を経由して、そのまま奥へ。

 何というか、今まで入った露天風呂の中でも、圧倒的に『屋外』を感じさせる温泉だ。

 何せ柵のすぐ向こうは通路だし、反対側は湯船の先に笹が生えていて、そこからは普通の山の斜面。


「湯温は……冷まさなくても大丈夫ですね。それじゃ入ります」


 うん、今までの露天風呂の中でも圧倒的に湯船部分が広い。

 だから問題は少ない筈だ。

 しかもこれだけ開放的な露天風呂、おそらくこの世界で入らなければ、後に入る機会はないだろう。

 そう自分に言い聞かせて、服を脱ぐというか収納する。

 

 お湯は白濁していて底が見えない。

 なので注意して、お湯の中へ。


 入ってしまえば濁っていて中は見えない。

 だから二人の方を見なければ大丈夫だ。

 標高が高いからか風が気持ちいいし、この開放感そのものは悪くないと感じる。


「ここは湯船の底部分から、お湯が湧いているんです。あと此処のお湯は白湯という源泉なんですけれど、それ以外にも黒湯、中の湯、滝の湯という成分が違う湯が湧いているんです。なので暗くなる前に全制覇しておこうと思います」


 危険行動に誘われる前に遠慮しておいた方がいいだろう。


「俺はここだけでいいよ。充分広くて気持ちいいお風呂だしさ」


「うーん、確かに中の湯の浴槽は小さいですし、滝の湯は打たれる場所が一つだけなので、回らなくてもいいかもしれません」


 西島さんからそんな返答。

 よし、以前の何処かのホテルでのように、裸で歩き回らなくて済んだ。

 そう思った次の瞬間、西島さんは続けてこんな事を言う。


「ですが黒湯はそこそこ大きな浴槽があって、ここ以上に気持ちいいらしいんです。それに黒湯の広い露天風呂は女性専用なので、この機会で無ければ田谷さんは入れません。だから一緒に行きましょう」


 どうやら今度も逃げ場はないようだ。

 何というか……

 もう慣れるしかないのだろうか……

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