第一二七話 二人飲みの夜⑴
「とりあえずつまみはこんな感じでいいかい。私が持ち歩いているものを適当に出しただけだけれどさ」
テーブル上には、
○ 切れているクリームチーズ
○ クラッカー
○ 牛タンのローストビーフ風
○ 瓶入り塩辛
が置かれている。
「何というか、いかにもおつまみですね」
「動物である以上、脂肪分と塩分、アミノ酸に逆らえないように出来ている筈なんだ。人間もさ」
確かにクラッカー以外は脂肪分と塩分、アミノ酸だなと思う。
上野台さんは日本酒の小瓶を3本、ガラスのタンブラー2個を出した。
タンブラーに6割ほど透明な日本酒を注いで、そして俺に尋ねる。
「何なら田谷君も一杯やるかい? 飲みやすい淡麗辛口もあるけれど」
「やめておきます。アルコールの味が苦手なんで」
いい子ぶっている訳ではなく、本当にそうなのだ。
上野台さんはにやりという感じの笑みを浮かべた。
「ここで飲まないのは正しいが、理由はあまり正しくないな。既にアルコールの味を確認済みというのは。まあいいけれどさ」
俺は林檎ジュースの瓶を出し、蓋を開ける。
これは瓶からそのまま飲むタイプだから、コップはいらない。
「さて、飲みの時間潰し程度のつもりで聞くけれどさ。田谷君はこの世界に対して何か目的とか、希望があるかとか、どういう感じで結末をつけたいってのはあるかい。私自身にはこの世界でどう過ごしてどうなりたい、ってのが無かったからさ。もし言いにくいなら、あるなしだけでいいから、参考までに教えてくれないかい」
俺の目的か。
当初は西島さんの病気の治療だった。
しかし既に、完全治療の魔法で治療済みだ。
ふと、前に何か似たような事を聞かれたような気がした。
上野台さんではなく、西島さんに。
まだスクーター2人乗りで、確か岩鬼辺りを回っている時だ。
『目的から考えると思いつきやすいかもしれないです。何をしたいか、とか』
あれは次に欲しい魔法の話をしている時だった。
だから厳密には今の、上野台さんの質問とは異なる。
でもその時に思ったのだ。
『今のこの状況を守りたい。西島さんと一緒にこうやって暮らしている今のこの状況を維持したい』
そう確かに。
そしてその時、他にも思った事がある。
この状況が終わった後、世界が元に戻った後まで効果がある魔法というのは習得できるのだろうか、と。
そういった魔法は残念ながら無いようだった。
しかしそういった魔法の代わりになるものを、シンヤさんがいた最後の夜に知った。
経験値を稼いで得られる特典だ。
そう、俺が経験値を稼ごうとしている目的のひとつに、出来ればこの特典を得るという事があるんだった。
「ありますね、一応。内容は言えないですけれど」
上野台さんは勘がいい。
だから俺が何も言わなくても、内容に気づくかもしれない。
ただそれでも、その事を他の人、西島さん等に言ったりする事はないだろう。
そういった面では上野台さんは信用出来る。
「わかった。なら内容は聞かないけれど、無理はするなよ。田谷君が無理をすると、間違いなく咲良ちゃんがもっと無理をするだろうからさ」
上野台さんは室内の方をちらっと見て、そして続ける。
「前に咲良ちゃんと2人の時に、同じ事を聞いてみたんだ。何か目的はあるか、この世界で何をしたいかってさ。
その時に咲良ちゃんから話を聞いてさ。行動原理みたいなものはだいたいわかったかな。まあ細かい内容は女の秘密、って事で田谷君には言えないけれどさ」
上野台さんは話しながらクラッカーを手に取る。
そしてクラッカーの上にクリームチーズをのせて、更にその上に何と塩辛をのせた。
それって味として、食べて大丈夫な組み合わせなのだろうか。
そう思う俺の目の前で、クラッカー上の塩辛とクリームチーズを箸でまぜまぜしながら、上野台さんは続ける。
「ただ、だからこそ田谷君にも咲良ちゃんにも言いたいんだ。無茶はするなってさ。田谷君と咲良ちゃんは、もしどっちかが無茶すると、それをカバーするためにもう片方がもっと無茶をしかねないから」
そして上野台さんは、怪しい組み合わせがのったクラッカーを口へと運んだ。
話の途中だが、どうしても気になるので尋ねてみる。
「その組み合わせって、美味しいんですか」
「私は割と好きな味だけれどさ。説明するより試してみた方が早いだろう、これは」
「確かにそうですね」
同じようにして食べてみる。
おっと、これはかなり美味しい。
意外性だけではなく、組み合わせとして正しく美味しいのだ。
「美味しいですね」
「ああ。私も何処かのWeb記事で読んで知ったレシピだけれどさ。割と気に入っているんで時々家で作って食べていた。おかずが塩辛クリームチーズのせクラッカーで、主食が日本酒で」
ちょっと待って欲しい。
「それって身体に悪くないですか」
「アルコールと塩分の取り過ぎがマイナスだね。わかっているから問題はないさ。次の食事をドレッシング無しサラダにするとか、適当に調節してやれば」
そう言って、軽くタンブラーの日本酒を飲んでから、上野台さんは更に続ける。
「さて、無茶をするなよの続きだ。咲良ちゃんが前に言っていたんだ。『病室にいた頃は、自分の身に体験出来る現実の事で面白い事って、思いつかなかったんです』ってさ。『本やWebにある面白そうな事はある程度見聞きしていますけれど、それが自分で楽しめるとは思っていませんでした。だからこの世界で何をしたいかもわかりませんでした』って」
なるほど。
でも、何をしたいのかがわからなかったのは、俺も同じだ。
だから西島さんと会った時に、目的を作ったのだ。
『西島さんの病気治療』という目的を。
西島さんの為ではない。
何をしたらいいかわからない俺自身の為に。
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