第一二六話 宿泊する部屋で
夕食中、シンヤさんからSNSで連絡が来た。
『卯都宮市到着。途中、魔物三〇体程度の集団を二つ討伐。火球魔法以外に特殊な攻撃は無し。
卯都宮は魔物が少なくレベルも六前後。既に何回か集団が戦闘した後、集団が去った状態の模様。明日は尾山付近まで出て様子を見る予定』
どうやら関東も、端の方なら船台とそう変わらない状況のようだ。
ただし集団が集まっていくだろう首都圏の中心方面が、どういう状態はわからない。
魔物の集団が集まってきて、他へと去らない状態の場所はどうなっているのだろうか。
魔物が戦いあう事によって減っているのか、それでレベルアップして強力なものが育ってしまうのか。
オカルト系昔話に出てくる蠱毒のような状態を、思わず想像してしまう。
「シンヤの方は順調みたいだな。それでこっちはどうする? 明日の予定は魔物を倒しながら、最終的には高速に乗って、飽田方面に向かう形でいいか」
「そうですね。経験値稼ぎをしないといけないですから」
上野台さんや西島さんの方はあえて見ないで返答する。
カツカレーとうな重を置いて食べるのには、こっちを向いている方が便利だから。
今の俺は、そういう設定を演じている。
その事に意味があるかどうかは、正直わからないけれど。
「なら高速に乗った状態で、周囲を確認しながら行くか。五キロ以内の集団なら見つけられると思うからさ。確認したら高速を下りて向かうという形で」
「便利ですね。そんなに遠くから見つけられるようになったんですか?」
「今日レベルアップした時にさ、歪みが見える能力が進化した。今までより遠くから、より詳細に見ることが出来るようになった。単独の魔物でも二~三キロ先から見つけられるから、魔物が少ない分はこれでカバーできると思う」
確かにそれはとんでもなく便利だ。
「助かります。それじゃ基本的に高速で飽田を目指して、それなりの魔物が見えたら高速を降りる形で行けそうです」
「なら明日の目標は飽田でいいか。宿もその辺で」
「宿は飽田からちょっと遠いんですけれど、いいですか。一時間二〇分くらいかかるんですけれど」
それはなかなかに遠い。
俺達はシンヤさんと違って、どうしてもレベルアップしなければならない理由はない事になっている。
だから問題はない筈だけれど。
それでも一応、理由を聞いておいた方がいいだろう。
「別にいいけれど、何で?」
「日本海側に沈む夕日が見えそうで、街中ではなくて、いいかんじの宿を探したら、そこが一番良さそうだったんです。ただ遠いのは確かですから、もし駄目ならもっと近場で探します」
温泉とは言っていないけれど、多分条件には入っているんだろう。
「俺はいいと思うよ。参考までになんていう宿?」
「この宿です」
ここで俺は失言を悟った。西島さんがスマホ画面を見せるため、湯船の中で近づいてきたからだ。
見なくても音と波でわかる。
「どうぞ」
真横まで来てスマホを渡されてしまった。間違いなく真横にいる気配を感じつつも、極力視線を向けずに宿を確認する。
場所は男賀半島の先端近くの西側だ。確かに海に沈む夕日が良く見えるだろう。
温泉があるのはまあ予想通りだ。
「いいと思う。途中まではそこそこ人家が続いている場所を通るし」
「どれどれ」
まずい。もっと危険なのが接近してきた。
かといって俺に逃げ場はない。
「ここです」
西島さんのスマホを後ろ手で渡す。
「確かにここなら夕日が綺麗だろうな。確か日本海で夕日を見るのも目的の一つだったって聞いているしさ。いいんじゃないか」
「わかりました。それじゃここを第一候補にします」
なお俺は二人の脇を通って、脱出中。
逃げつつ、この機会を使っておかずを少しいただいておこうという発想だ。
最近夕食が豪華なのに慣れたから、もう一品くらい欲しくなる。カツカレーとうな重なんて、十分以上を食べていても。
フルーツ類は後で食べるとして、いまはがっつり系がいい。
とりあえず餃子と刺身、焼鳥をキープ。
◇◇◇
今日泊まる部屋は、三人一緒だ。
外側からバルコニー、六畳畳敷き部分、ベッド2つが並ぶ部分という感じで並んでいる。
なお他に部屋用露天風呂、シャワー室、洗面所、トイレ、玄関とがあるけれど、とりあえずその辺の詳細は省略。
「ベッド二つなら俺は隣の部屋へ行こうか」
「この部屋は定員三名なんです。一人は畳部分に布団をしく形になります」
「それっぽい部屋があったから布団を取ってくるよ。だから田谷君はここで待機な」
やはり逃げられなかったようだ。わかっていたけれど。
バルコニーと中には仕切りがあるけれど、畳部分とベッド部分に仕切りはない。
ベッド部分が少し高くなっているだけだ。
でもまあ、名鳥で連泊した際は西島さんと一緒の部屋で、西島さんが隣のベッドだった。
それに比べればまだいいかもしれない。
密室と言う感じではなくて。
「それじゃ部屋の温泉を確かめましょう。ここは下の大浴場と違う源泉なんです。しかも掛け流しの」
下で充分過ぎる位堪能したから、もういいだろう。
俺としてはそう思うのだが、温泉は西島さんの楽しみだ。
だから何も言えない。
「田谷さん、ここから下の川、綺麗ですよ」
そう呼ばれたからには行くしか無いだろう。
という事で西島さんのいる、部屋用露天風呂へ。
確かになかなかいい景色だ。
バルコニーと露天風呂の外側は森、そして綺麗な川。
水量もそこそこ多く涼やかだ。
今は暗くなっているけれど、明るいともっと綺麗だろう。
さて、部屋用露天風呂は陶器っぽい材質で、円形をしている。
端に背中をつけて直径方向に足を伸ばしたら、ぎりぎり反対側に足がつくかつかないかくらいの広さだ。
西島さんはお湯に手を入れた。
「やっぱりちょっと熱めです。Webにあったとおりですね。魔法を使えば簡単に適温になりますけれど。これは明日朝のお楽しみですね」
そのお楽しみは西島さん一人に任せておこう。
それにこの浴槽、広さ的に一人用って気がするし。
「おいよ、布団とカバーを持ってきたぞ」
上野台さんが帰ってきた。
布団を置いてこっちへやってくる。
「おっと、なかなかいいな、ここの風呂やバルコニーも。ちょっと一杯やってから寝るかな。下では少しセーブしたからさ」
確かにそういう事をするにはちょうどいい空間だと思う。
ちょうどいい感じのテーブルに、椅子が二脚置いてあるし。
夜に入って少し涼しくなった上、景色も暗いけれど涼しげだ。
「私は眠くなってきたので先に寝ます」
おっと、なら俺も寝るかな。そう思ったのだが。
「なら田谷君、ちょっと付き合って貰おうか。つまみはある程度用意してあるしさ」
これは何か話したい事があるという意味なのだろうか。
西島さん抜きで。
「わかりました。自分用のドリンクは一応持っています」
「それじゃエアコンの冷気が逃げるから、バルコニーに出て窓を閉めるぞ」
単に飲むだけだろうか。
西島さん抜きで何か話があるのだろうか。
わからないまま俺もバルコニーに出て、そして上野台さんと反対側の椅子に腰掛ける。
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