第一二五話 危険な提案
食べ終わって、さらにお土産その他をたっぷり選んで。
クーラーボックスの空いている場所に詰め込み、上野台さんがマイナス六〇度で凍らせて保存した後。
「ちょっと考え直したんだけれどさ。一度この次の高速出口で降りて、奥周市の中心部を目指してもらっていいかい。前の多崎市と同じように、魔物が少しは戻っているかもしれない」
「そう言えば確かに多崎、多くは無いですけれど魔物が出ましたね。集団が通った後の筈でしたのに」
上野台さんと西島さんの言う通りかもしれない。
ただそれなら、宙尊寺近辺で魔物が一~二体は出てもいいような気がするのだけれど。
「魔物が出るまでだいたい一日というか、二四時間くらい必要なんじゃないかな。もちろん人口がある程度あって、歪みがまだ残っているならだけれどさ。宙尊寺近辺で魔物が出なかったのは、まだ時間が経っていないか、人口がそこまで無かったのかのどちらかで」
なるほど、それなら多崎市で魔物が出て、宙尊寺近辺で魔物が出なかったのが理解出来る。
そしてそれならばだ。この先の奥周市水澤あたりでは魔物が復活している筈だ。
「もしそうなら、レベルは多少低いですけれど、安全に経験値稼ぎが出来ます」
「そういう事。何せ今日はあまり魔物を倒せていないからさ。出来れば回りまくって少しは経験値を稼いでおきたい。まあ私の予想が当たってなければ、これでも何も出ないんだけれどさ」
どうせ高速で更に移動しても、状況はそう変わらない筈だ。
ならここで奥周市やその先の北神市、華巻市、森岡市あたりの、人口がそこそこいる辺りで、魔物が復活している事に賭けた方がいい。
「それじゃ次のインターで降りて、水澤駅方向に向かってみましょう。ある程度近くなれば、いるかどうかは上野台さんがわかるんですよね」
「ああ。レベル三程度なら一体でも一キロ程度の距離でわかると思う」
なら余計に問題無い。
もしいなそうなら、さっさと高速に戻ればいいだけだから。
走り始めてしまえば隣のインターなんてすぐだ。五分程度で高速から外へ。
出た場所は、まだ畑の中に人家がぽつぽつという程度の場所。だから魔物がいなくても不思議はない。
だから気にせず水澤駅方向に向かったところで。
「やっぱり復活している感じだ。二キロくらいは先だと思うけれどさ。さしあたっては、この道を真っ直ぐ進んでくれ」
上野台さんが魔物を発見したようだ。
「わかりました」
俺は速度を少し抑え、時速四〇キロ位で車を走らせる。
高速から出た後はどうしても速度を上げてしまいそうになるので、意識してゆっくりと。
◇◇◇
水澤、思った以上に魔物がいた。
レベル五前後のホブゴブリンが主体だが、概ね五〇〇メートルに一体くらいの割合で出てくる。
「一週間くらい前と同じ感じですね」
「レベルが低い分は数で補うしかないな」
上野台さんに指示されるまま、市街地を走り回った後。
「この辺の魔物はほとんど倒したから、北神へ行こう」
高速を使わなくても三〇分位で行ける北神市の中心へ移動し、また同じように討伐を開始。
更に車で二〇分程度の華巻も回って。
「流石にそろそろいいか。華巻もひととおり歪みを感じなくなったしさ」
上野台さんがそう言ったのは、午後五時を少し回った後だった。
「ここまで倒しまくったのは初めてかもしれません。それでもレベルは二しか上がっていないですけれど」
俺のレベルは三九、もうすぐレベル四〇という程度だ。
西島さんもおそらく同じ位だろう。
「それは仕方ないな、これでも良くやった方だと思うしさ。ところで今日は何処で泊まる? 咲良ちゃんは近くの宿を把握済みなんだろ」
「ええ。北神、華巻、森岡の何処かで泊まるだろうという予定でしたから。華巻でもちょうどよさそうな宿があります。カーナビの目的地設定で、電話番号を入れると出ると思います。いいでしょうか」
上野台さんがちょいちょいとナビを操作する。
「どうぞ」
「それでは行きます。〇一九八……」
番号を打ち終わったらナビが表示された。
目的地まで一五分と、案外近い。
「この宿でいいかい?」
「ええ、そこでお願いします」
さて、どんな宿だろう。
ここ数日は合理的な感じの宿だったから、もっと観光っぽい宿だろうか。
温泉が充実した宿なのは間違いないだろうけれど。
◇◇◇
三階建ての、そこまで大きくはないけれど、そこそこ綺麗なホテルの中へ入る。
例によって西島さんが鍵をキープして、そして説明。
「この宿は、どの部屋も掛け流しの露天風呂がついているんです。だからどの部屋でも大丈夫なんですが、3人で一緒に泊まりたいので、2階の大きな部屋にします。
あと浴衣はここで選べるみたいです。念のため収納しておきましょう」
という事で浴衣、男性用Mをキープしつつ思う。
どの部屋でもいいのなら、男女別々なり、3人それぞれ個室なりでもいいのではないだろうか。
そう思うのだが、口に出しては言わない。
「ところで、いつもなら先に風呂だけれどさ。今日はちょっと遅い分、腹が減ったな」
先に食事か。なら一緒に風呂というのは誤魔化せるかもしれない。
そう俺が期待したところで。
「ええ、それでちょっとマナー違反かもしれないですけれど、思いついた事があるんです。なので部屋に向かわず、あえて一階の大浴場を目指します」
西島さんは何をする気だろう。微妙に嫌な予感がする。
西島さんは、階段を下りて左に曲がり、突き当たり近く『男湯』『女湯』ののれんがかかっている場所で立ち止まった。
「どっちのお風呂が正解か、ちょっと見て来ますので待っていて下さい」
そう言って西島さん、まずは女湯の方へ入っていく。
食事なのに風呂を見に行く。何のつもりだろう。
わからないけれど、この辺は基本的に西島さん権限。
別にそう決めたわけでは無いけれど、そうなっている。
西島さんはすぐに中から出てきた。
「こっちで良かったみたいです。それじゃ行きます」
ぞろぞろと、服を着たまま中へ、そしてそのまま露天風呂へ。
「こっちのお風呂、下がヒバのデッキで平らでちょうどいい感じなんです。そして座れるのはこっち側だから、多分こっちは誰も座らないし滅多に踏まれることもないと思うんです。
でも一応床ですから、あらかじめ用意したマットを敷きます。ここに食事を置けば、丼系統の持ち歩きやすいものなら、お風呂に入りながら食べられますよね」
なるほど、確かにマナー違反だろうけれど、体験としては面白そうだ。
朝食がシリアルだった時にはやったけれど、主食やおかずが別にある普通の食事でやるのは初めてだし。
ただし問題は大いにある。
目の毒がその辺をうろうろする事だ。
しかしこういうしょうもない提案、絶対上野台さんは好きそうだなと思う。
だから反対は……
「いいな。なら適当に丼で食べられそうなメインと、あと取りやすいおかずを出しておいてくれ。
私は風呂手前のラウンジへ行ってくる。あそこの冷蔵庫にフルーツ牛乳とかコーヒー牛乳とかがあったのが見えたからさ。しかも瓶入りだ。風呂と言えばやっぱり瓶入りのフルーツ牛乳だろう。という事でちょっと取ってくる」
ああ、やっぱり。止める気どころかやる気満々状態だ。
仕方ない。
ここは一人で黙々食べても不自然では無いものを選んで、自分の視線を余所に行かないようにしよう。
確かちょうどいいものがあった筈だ。
「西島さん、冷凍がっつりラーメンって、西島さんの収納に入っている?」
「ありますよ。でもこれ、鍋で調理するって書いてあります」
残念! なら次の作戦は……
「丼ひとつで主食とおかず両方があるのは、今の私の在庫だとうな重、牡蠣ごはん、カオマンガイ、ガパオライス、カツカレー、生パスタ五種類、汁無し担々麺……くらいですね、今は」
微妙に一種類だけがっつくには適さない量のものばかりだ。
他のおかずと一緒に食べる事を考慮して取っているだろうから仕方ないけれど。
ならご飯類二種類を取って、それで二人がいるのと別方向において食べるとしよう。
うな重と、あとはカツカレーでいいか。
「それじゃ僕はカツカレーとうな重で行こうか」
「わかりました。出しておきますね。じゃあ私は……牡蠣ごはんに、刺身をのせて海鮮丼にしてみます」
確かにそれも美味しそうだ。そう思った時だ。
「おっまたせー。ここに並べておくから、適宜取って勝手に飲んでくれ。私は最初はビール、次は日本酒、最後にコーヒー牛乳にするから」
いや、それは別に構わないのだ。問題は既に服を全部脱いでいる事。隠していないのでその気になれば丸見えだ。
ただそのことをいちいち注意する気はない。言う前から無駄だとわかっているし、そもそもここは風呂場だし。
だから全てをただ無視して、取り敢えず上野台さんに頼む。
「すみません。それじゃ解凍いいですか」
「私はこれで、田谷さんがこれです」
西島さんも脱ぎ始めた。何せ基本的に魔法で収納出来るのだ。その気になれば、脱ぐ動作なしに服を収納するなんてのも簡単。
「ほい、解凍完了。あと適当に食べたいものがあったらここに出しておいてくれ。置いておけば解凍するから、あとは勝手につまむという方針で」
「わかりました」
そう返事しつつ、俺は、解凍し終わったカツカレーとうな重、更には瓶入りコーヒー牛乳を収納して、浴槽の反対側へと待避。
収納する要領でさっと服を脱ぎ、そして浴槽に入って端に陣取る。
うな重を2人とは別方向の浴槽縁に出して、だから2人の方を見てないぞと心の中で言い訳して。
長い夕食と風呂の時間が始まった……
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