第一二二話 何故

「場所はだいたい距離は一キロちょっと先、月館町辺りだ。粟原市でも人口が多い場所だな。左右どちらかに進んでいる様子はない。あと歪みが減っていっている感じだ。魔物の集団が戦っているのかもしれない」


 上野台さんは左側、田んぼの先に家々が立っている方を見ながらそう教えてくれる。


「うまく食い合って数が減ればいいんですけれどね」


「あまり減るとこっちが得られる経験値が少なくなるけれどな。ただ今の歪みの状態だと数が多すぎるのは確かだ。昨日が30体程度だとしたら60体位に感じる。構成している魔物のレベルが同じ程度なら」


 ざっと倍か。それで昨日の火球魔法みたいなのが連続で来たらたまったものではない。


「この先には壱関市、奥周市、北神市、華巻市、森岡市とある程度の大きさの市が続いています。その何処かから来たのでしょうか」


 西島さんの言うとおり、この先は人口一〇万以上の街が二〇キロ程度の間を置いて続いている。


「多分そうだろうな。そしてここ粟原で後ろの集団が前の集団に追いついたってところだろう。案外最初は二つではなく、三つか四つの集団だったのかもしれないな。追いついて、戦うか合流するかしてを繰り返した結果がこの先の状況って感じで。あくまで推測だけれどさ」


 集団の戦いはどれくらい時間がかかるのだろう。

 どれくらい此処で待てばいいのだろう。


 まあ、戦っているというのはあくまでこちらの予想だ。

 だから本当のところはわからないのだけれど。


「どれくらいで動くと思いますか」


 西島さんがそう言ったところで。


 ドン、ドゥワーン、ドドン

 そんな感じの轟音が聞こえた。


「何でしょうか」


「わからない。火球魔法かな」


 ここからは家々が邪魔で、何が起きているかは見えない。


「とりあえず敵が動くのを待つしかないな。あんな轟音がするくらい派手にやっているんだ。そう経たないうちに結果が出るだろう」


 確かに魔物対魔物ならそう時間はかからない気がする。

 なら考えるべきはその後だ。


「動き始めたらどの辺で待ち構えますか?」


「船台方向へ向かうならここで車を降りて、一〇〇メートル位歩いて戻った辺りで待ち構えればいいだろう。敵が歩いて行くのを横から狙う形だな。この距離なら咲良ちゃんのライフルでも狙えるだろう。勿論私も魔法を使うけれどさ」


 敵が歩いてくる道まで、近い部分で大体三〇〇メートル位。しかも結構長い区間が見えるので、西島さんや上野台さんなら取りこぼすこと無く狙えるだろう。


 ただ登目方向を目指した場合、そういったちょうどいい場所はない。

 この前方に登目方向へ行く道との交差点があるが、左右に建物があるから狙える区間が短い。


 上野台さんはどう考えているのだろう。

 試しに聞いてみる。


「登目方向の場合、結構遠くまで迂回して待ち伏せするしかなさそうですね」


「そうなんだよな。このまま前進して敵の進行方向に出るのは距離的に危険な感じがするんだよな。何ならこの一キロくらい南東側の道に移動しておくか。万が一登目方向へ移動した場合、そっちなら対処しやすいからさ」


 カーナビの地図で確認する。確かに南東側にこの道と並行しているそこそこ太い道がある。そっちなら登目方向へ敵が移動した場合、敵に気づかれずに先回りできそうだ。


「Uターンしましょうか」


「そうだな、その方が……待て、敵が動き始めた。どうやら船台方向へ行きそうだ。数はちょっと減った程度、大体五〇体くらいだと思う」


 おっと、それはラッキーだ。

 数がそこまで減っていないなら経験値を稼げる。

 船台方向なら無理な移動をする必要はない。


「それじゃ車を降りましょうか。暑いですけれど」


 外はカンカン照りの真夏だ。


「仕方ないな。エンジンも切っておこう。窓は開けておいてと」


 俺達は車を出て、そして船台方向へ向けて歩き始める。


「距離は咲良ちゃんが狙いやすい程度でいい。向こうから気づかれなくて、銃の射程距離に無理なく入る位で」


「ならもう少し先ですね。右側の少し高いグラウンドの影にかくれるような感じで。でも敵の能力で気づかれるという事は無いでしょうか」


 俺はスマホを確認する。予想どおり、説明が表示された。

 言おうかと思ったところで、上野台さんが先に口を開く。


「把握可能な統率または支配可能な種族についてはおおよそ五〇〇メートル、それ以外の敵については半径一〇〇メートル程度の範囲らしい。だから向こうが高レベルの支配種なら五〇〇メートルの距離を取らないと駄目だろう。でもスマホによると支配種は最低でもレベル三〇かららしい。だから一〇〇メートル以上距離をとって、敵から見えない状態なら大丈夫じゃないか」


「そうですね。私のスマホにもそう表示されました。それじゃもう少し先、三〇〇メートルくらいに近寄ります」


 地形的には確かにちょうどいい感じだ。

 この道の右側の土地が少し高くなっているから、敵が来る方向からは見えない。

 俺達の正面は、真っ直ぐ歩く敵から見れば左九〇度か、もう少し後ろくらい。

 敵が正面を向いて歩いていたら見えにくい位置だ。

 

「このペースだとあと五分くらいだな、敵があの場所に来るのは」


「それじゃ姿勢を低くして待っていましょう」


 俺も一応ライフルを出して構えてみる。

 それだけ数がいるならば、五発撃てば一発くらいは敵に当たるだろう。

 スペアの銃と持ち代えれば一〇発撃てる。


 打ち尽くした頃にはもう上野台さんと西島さんが魔物のほとんどを倒しているだろう。

 だからそれで充分。


 銃を構えて、そしてまた収納する。

 ずっと構えっぱなしだと手が疲れるから、

 敵から見えないようしゃがんで、前方敵が出るはずの場所を注意しつつ待つ。


 会話はしない。敵が聞きつけるとまずいから。

 足音もそれ以外の音もたてないよう、待つ。


 上野台さんが軽く手を上げた。そろそろという意味だろうか。

 そう思ったところだった。


 今まで何度か感じたあの感覚が襲ってきた。

 まずい! これは危険察知だ!


「気づかれました! 逃げましょう!」


 西島さんが銃を収納して立ち上がった。

 でも上野台さんの反応が遅い。まだしゃがんだままだ。


 俺は上野台さんを両手で抱えて、そして西島さんと走り出す。方向は北東、道を船台と逆方向へだ。

 

 後方から危険が近づいてくる気配がした。でもこの速さで走れば避けられる。危険察知の魔法でそれがわかる。

 後方で爆発音がした。熱と大気の圧力を感じる。


『範囲防御が起動しました。魔力八を消費』


 松島の時よりは爆発が遠かったようだ。

 そして危険察知はそれ以上反応しない。敵の射程外に出たようだ。


 何があったのだろう。しかし今はまず安全圏に逃げる事が第一だ。

 上野台さんはおろすよりこのまま抱えて走った方が速いだろう。今の俺の体力なら問題無い。

 俺と西島さんははレベルアップで得た体力に物を言わせ、走り続ける。

 

 車に到着。扉を開け、急いで乗り込む。


「出ます!」


 スタートキーを押して、2人とも乗った事を確認して発進。


「距離を取る」

 

 道は真っ直ぐで走りやすいし、他に車や歩行者がいる可能性は限りなく低い。

 だから交差点での安全確認とかを一切せず、信号も無視して走る。


 登目方向への道を過ぎて、ようやく俺は少し落ち着いた。

 心臓がドキドキいっているのを感じる。

 今まで感じる余裕が無かったという事だろう。


「いや、ヤバかった。今回もありがとう。お姫様抱っこで全力疾走なんてさせてしまって申し訳ない」


 上野台さんの声は、いつもと同じ調子だ。


「いいですけれどね。そろそろ止まりましょうか。危険な感じはしませんし」


「ああ。後方の歪みを確認した。追いかけてくる感じはない。取り敢えず車を停めて、様子を見よう」


 上野台さんがそう言うならもう大丈夫だろう。

 俺は車を停める。

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