第一一七話 特典の内容
特典の内容はシンヤさんが話した内容と同じだった。
① 一定以上の経験値を得た者は、自らの願いをかなえる事が可能な特典を得る
② 必要な経験値は願いの難易度、具体的には願いを叶えるために必要な過去改変の困難度などによって上下する
③ 獲得経験値が高くとも、元の世界に戻る権利を有しない場合は、この特典は有効とならない
概ねこんな感じだ。ただこの説明の一部が微妙にひっかかる。
「元の世界に戻る権利を有しない、ってのが怪しいよな」
上野台さんも俺と同じところに引っかかったようだ。
「この世界で死ねば、確かに元の世界には戻れない。その事だろうと僕は思ったんだが」
シンヤさんはあまり深く考えていなかった模様。
「勿論それも答えのひとつだろうと思うよ。でも他にも意味がありそうな気がする。スマホに説明は出ないけれどさ」
確かに上野台さんが言う方が正しいと思う。
今はこれ以上わからないのだけれど。
またこの特典を知る条件も表示された。それは、
① 獲得経験値が上位5%以内
② 変えたいと強く望んでいる事がある
③ この特典について誰かから聞く
のどれかを満たしていること。
「僕は獲得経験値が上位5%に入っているらしい。それで特典を通知しますと表示されて、この特典を知った」
「そして私たちはシンヤに聞いたことによって、条件が満たされた訳か。なるほどね」
俺や西島さんも上野台さんと同じく、シンヤさんに聞いた事によって条件を満たしたわけだ。
「それにしてもこの特典、なかなかの誘惑だね。God helps those who help themselves. 神は自ら助くる者を助ける。そんなルールならいいんだけれどさ」
「戦いを増やして歪みの減少を促進しよう。そんな意図かもしれない。一方的に信じるのも危険だ。ルールの策定権は向こうにあってこっちは一切タッチできない。一方的にこの特権が消滅しても、こちらは有効な異議を唱えることが出来ない。
それは、わかっている」
上野台さんはシンヤさんを見て、そして頷いた。
「シンヤは全て承知で、それでも叶えたい事があるんだね。なら野暮か、これ以上引き止めるのは」
「済まない。心配してくれているのはわかるんだが」
「でもまあ仕方ないね。それにシンヤがここを出るつもりってのは元々聞いていたしさ。実は食事前に二人にも話していたしさ。シンヤがいなくなったらどうしようかって話まで。船台を出るか、出るならどっち方向へ行こうかって感じでさ。
だからここを出る事はあまり気にしないでくれ。こっちはこっちでやっていくからさ」
「特典に挑戦しよう、とは思わないのか?」
「私自身は強欲すぎてさ。望むとすればとても叶えられないものばかりなんだ。それに田谷君や咲良ちゃんの意見も聞かないとさ。
でもまあ、こっちはこっちで何とかやっていくさ。だからシンヤは心配しなくて大丈夫だ。だから願いが叶うように、とりあえず日本の何処かから祈っているよ」
「わかった。ありがとう」
「お礼をいわれるのは違う気がする。引っかき回したのは私だしさ」
そこはどうだろうと思う。
この特典について言わないで此処を去った場合、シンヤさんが言わなかった事を後悔しないだろうか。
上野台さんはその辺を考えた上で、ああいう言動に出たような気がする。
全部聞いた今の状況から考えると。
「ところで田谷さんがもしそういった特典を手に入れた場合、叶えたいことってありますか?」
西島さんがそう尋ねてきた。
スマホをちょっと見て、確認して見る。
『過去に発生した出来事を改変することも可能です』
そうなると
ただあの程度で失敗するなら、大学受験もそう期待出来ないだろう。
それにそもそも、うちの家で許してくれる大学なんて、地元国立くらいだろうと思う。
だから今の高校でも進学はそこまで難しくはない。
だから俺がもし願うなら別の事だ。
俺はある事を頭の中で思い浮かべて、そしてスマホを見る。
『可能です』
なるほど、可能なのか。
なら、俺がもし特典を手に入れられた場合には、この使い道だな。
「一応あるかな」
「聞いてみてもいいですか」
いや、それは言えない。
「秘密」
俺自身には多分、それほど本気で願いたいような事はない。
ただもし特典を得られたら、そう考えて真っ先に思い浮かんだ事がある。
西島さんの病気だ。
今は魔法とレベルアップの恩恵で、西島さんも普通以上に動ける。
しかしこれはあくまでこの世界だけ、元の世界に持ち込むことは出来ない筈だ。
念のためスマホを確認。
『元の状態に戻ります』
なら西島さんの病気そのものを『なかった』あるいは『もう治った』状態にする必要がある。
もちろんこんな願い、本人にも上野台さんにも言えない。
だからあくまで秘密という事で。
「なら、明日から討伐をする必要がありますね。私もちょっとだけ、叶えたい事を思いつきましたから。
ただ田谷さん、それなら単独行動の方が良かったりしますか。田谷さんならバイクも車も運転できますし、1人の方が効率がいい気がします」
大丈夫だ。ちょうどいい言い訳がある。
「経験値だけでなく、安全対策も必要だからさ。俺は1人だと遠距離がまるで駄目だからさ。三人いたほうが安心だ」
この言い訳は事実だ。だから否定はしにくいだろう。
「そう言ってくれると助かるけれどね。私も咲良ちゃんも移動手段がないから」
「そのかわり三食はよろしくお願いします」
「ああ。前に乗っていたようなワゴンにクーラーボックス詰め込んで、冷凍食品をがっちり積んでいこう。それにスーパーマーケット程度ならそこそこの町にはあるだろう」
実際は食で困る事はないだろう。その事は俺も上野台さんもわかっている。
この辺の会話は単なる雰囲気修正用だ。
「確かに、ここにいる間の食事は良かった。またレトルトとカップラーメン生活に戻るのは悲しい気がする」
「最近はレトルトや冷凍でも美味しいのが結構あるからさ。その辺を探しながら経験値稼ぎをすればいいんじゃないかな」
「探すにもセンスがいるようだ。スーパーマーケットは結構行く方だと思うんだが、出来合いの惣菜とか、その土地なりの特産品を料理するとかが主だった。そして冷凍食品はほとんど使った事がない。電子レンジもほとんど使った事がないからさ。今の家でも使っていない」
雰囲気が大分いつもの感じに戻ってきた。
その事にすこしほっとしつつ、俺は皆の話を聞いている。
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