第一一二話 遠方の敵

 船台の市街地のほぼ東北端を回る形で、国道四号にへ。

 やはり魔物は少ない。この辺だと一キロに一体、ホブゴブリンやバガブが出る程度だ。


「出てくる魔物の数もレベルも落ちてきている気がします。まだ全期間の三分の一しか経っていないのですけれど」


「三十五日間、平均して同じ数ずつ出るって仕組みじゃないのかもしれない。ある程度の期間で初期配置させて、その後に陣取り合戦をさせるとかさ。

 でもそれだと、朝のレポートの魔物出現率が変か。あれだとまだ半分出ていない計算だからさ」


 俺も気になっている事がある。


「それでも船台市の人口を考えると、魔物はもう出尽くしている筈ですよね」


「どの辺の範囲で区切っているかはわからないな。仮に市町村で区切っているとしても、隣とか同じ県内とかで歪みを融通できるのかもしれない」


 魔物があまり出てこないから、これくらいの会話は出来る余裕がある。

 

 国道四号線を北上して富矢市に入ったところで、スマホが振動した。

 運転中なので確認出来ないが、警告では無く通知のようだ。


「シンヤからだ。神ノ山にいた集団は倒したそうだ。ボスはゴブリンリーダー、レベル十八だってさ。火球も三回飛んで来たそうだ」


 石薪方面から来た集団より強そうだ。石薪より山型周辺の方が人口が多いからだろう。


「それでどうする。この先の富矢の街は回っていないけれど、一応回って魔物を減らしておくか……訂正、一度停まってくれ」


 俺は車を端に寄せ、ゆっくり停める。


「いましたか」


「ああ。ただ距離がよくわからない。一キロ以上先だと思うけれど。念のためそこの交差点を右に曲がって、右側のコンビニの駐車場に車を入れてから降りよう。そうすれば火球が道路上真っ直ぐ飛んで来ても車に当たらないし、逃げやすいだろうから」


「わかりました」


 言われたとおり車を動かして、駐車場に停める。

 車を降りて、そして道路の方へ。


「向こう側車線から見て、少し左に歪みが見えた。地図とあわせて考えれば一・二キロ以上先で、なおかつ二キロよりは手前だと思う。敵が国道四号線上にいると仮定した上で、地図と私の見えた方向を照らし合わせてだけど。咲良ちゃんは聞こえるかい?」


「……わかりません。聞こえるような気がしますけれど、断定できないです」


 西島さんの耳でも、音が聞こえないようだ。


「わかった。ところでそれぞれ、最大射程というか、どれくらい遠くの敵を攻撃出来る? 銃も魔法も含めて」


 俺はスマホを確認する。表示が出ていた。


「俺の方は百メートル行かないです」


「私は強力な方の銃で、六百五十メートルが有効射程と出ています」


「一キロは無理か。とすると、作戦は三つ。ひとつはここから見通せる最大距離、大体一・一キロで、私の魔法で敵のボスを狙う。もう一つは六百メートルまで寄せてから、咲良ちゃんと私とで攻撃。最後のひとつは場所を変更する。ここはただ真っ直ぐだけれど、もう少し曲がった道も、横方向から攻撃出来る場所もあるだろう。ということで、どうする?」


 確かにもう少し近い方が、攻撃はしやすい。

 この場所だと道が真っ直ぐで、見通しが良すぎる。

 

 敵に一キロ以上の有効射程がある魔法はあるだろうか。

 スマホを見てみたが、返答はない。

 火球魔法は確か、射程三〇〇メートル程。

 だから西島さんのライフルの方が遠距離まで届くけれど……


 西島さんはどう考えているだろう。

 意見を聞こうとして、自分の意見無しでただ聞くのはまずいかなと思う。

 なら俺は……


「俺は出来る限り遠距離で倒した方がいいと思うけれど、西島さんはどう思う?」


「そうですね。私も見えた段階で攻撃した方がいいと思います。私も無理な距離なので、上野台さんには申し訳ないですけれど」


 上野台さんは頷いた。


「わかった。それじゃ見え次第、歪みが大きい奴を優先して狙う。この調子だとあと二分位で正面に来そうだ」


 俺も何か、遠距離を把握出来る魔法か能力があるといいのだが。

 あと遠距離を攻撃出来る魔法が。


 今の俺はレベル三十七だが、相変わらず察知魔法で百メートルまでの敵がわかるだけだ。

 遠距離攻撃も、百メートルが限界の遠当が最大。

 無論ライフル銃も持ってはいるけれど。


 ただまあ、ライフル銃を練習すれば、三百メートル位は狙える筈なのだ。

 だから攻撃という意味では、上野台さんがチートなだけかもしれない。

 

「聞こえました。まもなく真正面です」


 西島さんの耳が足音を確認したようだ。


「ありがとう。それじゃ一番強そうなのを視認してから、それから魔法を起動するから。ということで、秘密兵器」


 上野台さんが出したのは双眼鏡だ。


「やっとこれを使うべき機会が来た。展望台では必要なかったからさ」


 上野台さんはラバーコーティングされた、緑色の頑丈そうな双眼鏡を構えて前方を見る。


「まだ気配無し。そしてレンズ越しでも歪みは見えると。うんうん、これは大体二十体位の歪みかな。まだ道より左側で直接は見えないけれど」


「私も一応狙ってみます」


 西島さんがライフルを取り出した。いつもとは違う、強力な弾を使う方の銃だ。

 銃を構えて狙いを定める。


「いつもの、ここなら当たるという感じがしません。この銃にはスコープをつけておいた方が良かったかもしれません」


 西島さんのライフルは軽くする為にスコープはついていない。

 以前はつけていたのだが、使わないので船台の銃砲店で外してしまった。


「今回はまあ、私の魔法で何とかする。魔力もまだ半分以上残っているから、十体位は狙える筈だ。さて、そろそろ見えてきてもいい頃……見えた。やっぱりゴブリン系だな。ホブゴブリンとバガブと、よくわからないのと……」


 俺の目でも遠く、人影みたいな物が動いているのは見える。

 ただ流石に一キロ以上先だと詳細はわからない。


 西島さんがライフルを構え直した。そして。


「大体列の最後まで見えるようになった。二十体くらいだな。それじゃ狙えるだけ狙うよ」


 遠くの人影が動いた気がした。それ以上は遠くて俺にはわからない。

 西島さんが銃を下ろした。


「無理ですね。当たりそうな感覚が出ないです」


「なら俺のライフルを使うか」


 ドットサイトがついているので、一応は狙える。

 等倍なので目で見るのと同じ大きさにしか見えないけれど。


「今回はやめておきます」


 西島さんがそう言った横で、上野台さんが双眼鏡を構えたまま、ふうっとため息をついた。


「取り敢えず強そうなのを五体、倒した。残っているのはバガブとホブゴブリンだけだ。ただ思ったより今回のボス敵、強かった。魔力六の温度上昇では倒れなかったから、魔力十二の加水分解を仕掛けてやっとって感じだ。おかげでもう、魔力が十しか残ってない」


 今ひとつ想像出来ないので聞いてみた。


「加水分解するとどうなるんですか?」


「強度が落ちて形を保てなくなる。今回の場合は半身がボロボロになって崩れた」


 どうやらグロな感じのようだ。

 ならこれ以上聞かないでおこう。


「それじゃこの集団が無力化されたのを確認したら、宿に戻りましょうか」


「そうだね。何なら船台の銃砲店に寄っていくか? スコープをつけるなら、あそこで調達した方がいいだろう」


 なお上野台さんは双眼鏡を構えたままだ。


「お願いします」


「了解。道中の魔物は咲良ちゃんと田谷君、頼む。あと魔物が同士討ちをはじめた。これから車で向かえば、最後の一匹になったあたりで大分近づけるだろう」


 上野台さんそう言って双眼鏡を目から外して、収納する。

  

「それじゃ行こうか」


「わかりました」


 俺達は車の方へと歩き始めた。

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