第一一一話 自称、いいお姉さん役

『移動中の魔物の群れを神ノ山市川口付近で発見。総勢三〇体程度。国道一三号線上を与根沢方向へ向け進行中。まだ気づかれていない模様。

 あと十分程度で、川を挟んで銃撃可能な地点に到達。火球攻撃に注意しつつ攻撃する予定』


「シンヤの方も動き始めたようだね」


 上野台さんの言う通りだ。


「全国の人口二〇万人クラスの街で発生している可能性が高い。そう思っていいですか」


「そう思って動いた方がいいと思うよ」


 確かにそうだ。確定は出来ない。

 でもそう思って動いた方が安全だ。何せ爆発する火球なんてものを撃ってくる奴がいる。

 他にも危険な魔法を持っている可能性もあるし。


「シンヤさんは大丈夫でしょうか」


 西島さん、俺と同じように敵の魔法の事を考えたのだろうか。


「心配しなくていいだろう。レベルは私達よりずっと上だし。ただこれでそこそこの集団相手に単独で戦えるとなったら、もう此処に拠点を置く必要は無いよな」


 確かにそうだ。


 今の船台では、もう経験値は稼げない。

 そして一人でも集団に対抗出来るだけのレベルにはなった。

 なら移動する方が合理的だ。


「シンヤはこの世界を元に戻そうと思っているみたいだからさ。経験値が稼げなくなった船台には、留まらないのが正しいだろうね」


 確かにそうだろう。

 ただ、俺は今の上野台さんの言葉の、別の点が気になった。

 

『シンヤこの世界を元に戻そう、と思っている』


 シンヤ、ではない。

 つまり、上野台さんは……


 聞かない方が正しいだろう。それはわかっている。

 わかっているのだけれど……

 

「上野台さんは、この世界をどうしたいと思っているんですか?」


 俺ではない。聞いたのは西島さんだ。


「それを聞くのかい、私に」


「答えにくかったり他に理由があるなら、答えなくてもいいです」


「いいや。聞かれたら真摯に答えるのが、先達としての務めだろう。だからどうしようもない答であろうと、私自身が私自身を理解している範囲で、可能な限り正確に答えさせて貰おう」


 言い回しが何というか、上野台さんらしいと感じる。

 わざとらしくて、それでいて誠実なところが。


「本音としては、どうでもいい。滅びようと元に戻ろうと。深層心理とか面倒な事は抜きで、普通に考えた正直な気持ちでさ」


 滅びろ、とかではなくて少しほっとした。

 そしてなるほどと思った。


 上野台さんの言葉は続いている。


「私にとって元の世界は、取り戻したいと思う程に魅力的じゃない。かと言って、みんな滅びてしまえと言いきれる程に自己中にもなりきれない。そんな感じだな」


 取り戻したいと思う程に魅力的じゃない、か。

 上手い言い回しだと感じる。

 嫌だとか嫌いだとかといった単語を使わず、言いたい事を表現しているという意味で。


 それに自己中にもなりきれないという事は、実際にそう思ってはいるという事だ。

 みんな滅びてしまえ、と。


「滅びろではなく、どうでもいいなんですね」


 西島さんも俺と同じように受け取ったのだろうか。

 上野台さんは言葉に頷いた。


「滅びろと思ったところでさ。滅ぼす方法は残念な事にそうそう思いつかない。代替手段としては人間皆殺しくらいかな。誰も生き残れなかった、というのは次の世界に行けず滅びたのと同じ事だろう、結果としてはさ」


 とんでもない事をさらっと言って、そして更に続ける。


「ただ実際はしない。確かに嫌いな奴はそれなりにいる。残念ながらこの世界に来ているとは限らない。というか多分、この世界にはいないだろう。それに嫌いではない人間もいるからね。ちょっとでも理性が残っているとそんな事は出来ない。

 だからこの世界の行く末に関与したいなんて意思は、少なくとも私にはあまりない。痛いのは嫌だから自衛はするし、気に入った話があればのってもいいけれど」


 そこで上野台さんは、ふっとため息っぽく息をついた。


「それにしてもやっぱりバレちゃうかね。これでもいいお姉さん役をそれなりに上手く演じていたと思うんだけどさ」


 うーむ。

 いきなり『パンか武器か』とか『火葬場です』というのは、いいお姉さんを演じているのなら、言わない気がするのだけれど。

 

 ただ、それでも。


「演じていなくてもいいお姉さんですよ。今の質問だって、その気になれば幾らでも誤魔化せたと思いますから。答えないもあり、と西島さんも言っていたんですし」


「その辺はいいお姉さんとは関係ないな。真剣な質問に対しては、こちらも真剣に答えないと失礼だろう」


 なるほど。

 その考え方は非常に好感が持てる。


「格好いいですね、それって」


「せめて格好だけはつけさせてくれ、ってさ。でも本当は可愛いとか綺麗とか言って欲しいところだね。これでも女の子なんだから」


 可愛い、か。


「年上のお姉さんに対して使うのは難しいですね」


「遠慮しないで使ってくれていいぞ。特に可愛いは何歳でも使える最強武器だ。というのはともかくとして。

 そろそろ出るとしようか。予定通りこの辺の魔物を探すかい?  それとも多崎方向に出向いてみるかい」

 

 確かにここに停まって、車の中で涼んでいても仕方ない。

 そしてその二択なら。


「俺は多崎方向がいいと思います。西島さんはどう思う?」


「私も多崎方向がいいとは思います。でも魔物に先に気づかれた場合が心配です。今回は停まっている時だったので対処しやすかったですけれど」


 確かにそうだなと思って、そして待てよと思う。

 確か今回、魔物の群れに一番先に気づいたのは……


「上野台さん、あてにしていいですか」


「いいよ。集団なら普通に走っていても1km程度でわかると思うしさ。個別の魔物だと展望台のように遮蔽物がない状態で見ないと無理だけれど」


 やはり見えるようだ。


「なら多崎方向がいいと思います。それで、出来るだけ船台方向に向かってくると思う道で」


「ならやっぱり四号線だろう。少し大回りだけれど、和泉方向へ向かって走って、それから四号線に出よう。右に出てしばらく道なりだ」


「わかりました」


 車は走り始める。

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