第一〇六話 信頼できない呼びかけ
宿に帰ってきた時、車はミニバンになっていた。
勿論これには理由がある。
「雨が降った時は車の中が広い方がいいよな。雨具を脱いだり着たりとか出来るしさ。咲良ちゃんや田谷君が乾燥魔法を使えるようになったとしても。
それに広ければパソコンを出すなんて事も楽だ。田谷君も大分運転に慣れてきたようだし、もう多少大きい車でも問題無いだろう」
と、まあ、そういう事だ。
確かに車の運転には慣れた。だからよほど細い道以外、そう困らない。
そしてミニバンに乗り換えてみると、案外運転しやすかったなんてのもある。視界が高い分、回りが見やすいのだ。
そして西島さんはレベル三十一であっさりと乾燥魔法を習得。
「この魔法があると濡れても大丈夫だと思えますね。魔力も一回につき一しか使いませんから、気にせずガンガン使えます」
確かにその通りだ。しかし俺としては微妙に納得できない気がする。
「願えばなんでも望みの魔法やスキルが手に入る感じがします。便利でいいとは思うのですけれど、こんなに都合が良くていいんでしょうか」
「何でもじゃないさ。例えばレベル五ごとに得られるという制限がある。つまり欲しい能力があるのなら、経験値を稼いでレベルを上げろって事だね」
なるほど。上野台さんが言っているのはこういう意味か。
「これも歪みを減らす為の方策って事ですか」
「だと思うよ。この事態を仕掛けている誰かさんのさ。
その為にも直接戦闘に使う訳じゃない、便利魔法や便利スキルなんてのは捕りやすくしている気がするね。直接戦闘に関わるものは、ホイホイ与えると色々問題が出そうだからさ」
なるほど。何となく納得出来る考え方だ。
どうやってそんな事を実現しているか、とかは不明としても。
そして土砂降りの中、出て倒して出て倒してを繰り返す。
俺もレベル三十一で乾燥魔法を手に入れたので、自分については自分の魔法で乾かして、上野台さんについては交互に行う。
こうすれば乾燥に使う魔力はほとんど気にしなくていい。
魔力一程度なら、次に魔法を使う時までに回復しているから。
更にレベルを上げて、俺がレベル三十二になった午後四時半過ぎ。無事に宿へと到着。
玄関前、呼び込み部分の屋根の下に入れる。
それでも中に入るまでに結構濡れるくらいの雨だ。
「たまらないな、これは。明日の朝には晴れるって天気予報だけれどさ」
上野台さんがそうぼやく。
中へ入ってみると、俺のスクーターがフロント前部分に置かれていた。
元々自転車を持って入れるようになっている。
だからバイクを引っ張っても来る事は可能だ。
しかしここにスクーターを置いた後、どう移動したのだろう。
「自転車で移動したのかな。ここにはレンタル自転車が揃っているし、船台空港はそう遠くないから」
そうなのか。空港の位置が頭に入っていないから、いまひとつよくわからない。
ただし今の体力で自転車に乗ったら、そして俺より更にレベルが上のシンヤさんが乗ったのなら……
「自転車でも相当速く移動出来そうですね、シンヤさんなら」
「のんびり車で走るのと大差ないんじゃないか。まあ私は自転車に乗れないんだけれどさ」
「私もです」
そう言えばそうだった。
上野台さんは運動神経が壊滅的で、西島さんはおそらく練習するような体力が無くて。
なお上野台さんがスマホをポチポチしている。
着いたという連絡だろう。
その辺、結構まめにやっているようだから。
「さて、今日は部屋に運ぶ程の荷物はない。だからそのまま風呂に直行しよう。ちょっと向こうで話したい事もあるからさ。シンヤは六時半過ぎになるらしいから、女湯でいいだろう。こっちの方がケア関係の備品が多いし」
えっ!? ちょっと待って欲しい。
「俺もいるし、女湯じゃまずいでしょう」
「何を今更、散々混浴した仲じゃないか」
確かにその通りだ。
しかし俺が望んだ訳じゃない。
そっちが勝手に乱入してきたのだろう。
なんて事を言う度胸は俺にはない。
「それに雨の中、魔物と戦闘なんてやったんだ。いくら乾燥魔法を使ったからといって、今ひとつすっきりしない。ここはしっかり風呂に入ってさっぱりしないとさ」
「そうです。別に問題がある訳でもないですから」
「問題が起きてもまあ、それはそれで」
いやまて上野台さん、そこまで西島さんに感化されるんじゃない!
そう思ってもこういう事は俺には発言権は無い。
なのでそのまま2階の風呂へ直行となってしまう。
何というか、俺が気にしすぎなのだろうか。
西島さんはもとより上野台さんも、もはや隠す気がほとんどない状態だ。
ただの目の保養、という訳ではない。
じっと見るのもまずいだろうし。
服は魔法で収納し、身体を洗うのは魔法でやって省略。
魔法で湯温をぬるめにして、そして上野台さんの話がはじまる。
「まずはこの話をする前に前提条件。個人でどんな魔法やスキルを取得したとしても、それを話すかどうかは自由意志だ。
私としては他人に話さない方をお勧めだな。下手に部分だけ話して勘ぐられるというのも面倒臭い。乾燥魔法程度なら別だろうけれどさ。
ただ話した方が自分が楽になるという相手には別に話してもいいと思う。その辺は全て個人判断、強制しないしされても守る必要はない。いいかな」
この上野台さんの前置き、どういう意図があるのだろう。
西島さんがこのまえ得た魔法について、上野台さんに話したのだろうか。
それとも別の何かを念頭にそう言っているのだろうか。
わからないけれど、話としては理解出来るし正しいと思う。
だからここは素直に肯定しておくのが正解だろう。
「わかりました」
「わかりました」
上野台さんは頷いて、そして口を開く。
「それじゃスマホで次の検索をしてみてくれ。『この世界を無事に終わらせます。協力者募集』で」
何だそれは。
そう思ったらスマホのブラウザが自動で開いて、あるページが表示される。
ふむふむ、つまりはこういう内容か。
「支配の魔法が使えるようになったから支配されろ。そうしないと滅ぼすぞ。そういう意味でしょうか」
「そこまで直接的には書いていないけれどね。でもそう取られても仕方ない内容かな」
書いてある内容をまとめると、
〇 自分は現在、レベル三五とこのブロックで最高レベルであること
〇 同族統率と異族支配の魔法を手に入れ、魔物の軍団を構築中であること
〇 魔物を倒して世界を戻す為に、協力者を求めていること
〇 協力する意思がある者は、別添のメールアドレスまで連絡してほしいこと
の四点だ。
もちろんそれ以外に、そうすべき理由とか、魔物軍団の写真とか、作戦とかがごちゃごちゃ書いてある。
ただどこまで本当なのか、本気なのかはわからない。
もっともらしい美辞麗句に包まれているあたり、余計に怪しかったりする。
「ついでに言うとこのメールは一応通じるらしい。匿名メールを作って送ってみたら、エラーとならなかったから。返信とかは確認していないけれどさ」
そして先程の前置きとこの内容のページ。
なら上野台さんの意図はこういう事だろう。
念のため口に出して確認してみる。
「さっきの前提条件は、この統率とか支配の魔法についてですね」
上野台さんが頷いた気配。
「そゆこと。信用なんて実態のない言葉を武器にするとんでもない連中が結構いるからさ。そういうのに巻き込まれない為にも、沈黙は大事。世の中には自分が理解出来ない論理で動いている化物が結構いることを認めて、その前提で動けってね」
なお気配というのは、上野台さんの姿が俺の視界に入らないようにしているからだ。
西島さんと違って、視界に入れるには色々と問題があるから。
そう言うと西島さんには申し訳ないけれど。
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