第九六話 遠当魔法を試してみた

 昨日魔物の集団がいた交差点の先、『告分町通り』と書かれたアーチをくぐって先へ。


 ここからは両側ともに店が多い。アーケードは無いけれど歩道が広く、その代わり車道は基本的に一方通行で一車線しかない。所々に荷卸し用の駐車スペースがある程度だ。


 そして店も増えた。飲食店が多いけれど……

 上野台さんに聞いてみる。 


「夜は賑やかそうな街ですね」


「これでも大分健全化したって話だよ。私が船台に来るより前の話だけれどさ。昔はすすきの・中洲と並ぶ日本の三大地方歓楽街なんて言われていたくらいだから」


 確かによく見ると風俗の案内所とかがあったりする。

 

「シンヤさんはこういう店に行くのかな?」


「縁はないな。新米サラリーマンにはそんな金が無い。あっても行くかどうかは別だし、行きたい奴は金が無くても行くのだろうが」


 シンヤさんは上野台さんにそう返答。

 らしい回答だな、と感じた。どこがシンヤさんらしいのか、はっきりとは言えないのだけれど。


「飲み屋とか風俗とかはそんな感じなんだろうね。行く人は金がなくても行くし、行かない人は行かない。昔は接待なんかに便利なんて面があったかもしれないけれどさ。今はもう、そういう時代じゃない。個人的にはこういう所の店でどんな酒やメニューが出るのか気になるけれど」


 なるほど。ならばこういうのはどうだろう。


「何なら高そうな店を家捜ししてみますか? 大抵の鍵なら開けられますけれど」


「確かに魅力的な提案だな、それは。ただこの辺はいつ魔物が出るかわからない危険地帯だろうからなあ。それに酒はともかく食事系は冷凍以外はもう駄目だろうし」


 なんて話していたところで、西島さんがさっと右手をあげた。


「います。まだ遠いですけれど、多分集団です」


 俺の魔法は感知していない。ならば音で聞こえたのだろう。


「どの辺かわかるか?」


「直進方向やや右です。音の広がり方からして大通りだと思います」


「それならまた、西側の大通りを回るのが正解かな」


「そうだろうな、了解だ」


 俺も西島さんも同意で頷いて、そして交差点を左へ。

 裏通りの飲み屋街という感じの道を通って、中央分離帯に並木が並ぶ大通りに出て、右折して北上。


「昨日と場所は違うけれど同じ感じだな」


「迂回につかった道も同じ通りだからね。同じ場所じゃないけれどさ」


 なんとなく言った事を上野台さんにそう返された。

 その通りで、同じ通りの延長だ。だから雰囲気が似ているのは当然だなと思ったところで。

 スマホの振動とともに魔法が魔物の位置を捉えた。集団とは違う方向だ。


「バガブだね、これは。順番なら田谷君だけれどいいかい」


「はい」


 魔物の位置は北北西に一〇〇メートルくらいの場所。高低差はほとんどない。

 そして駐車車両も、歩道に転がっている自転車もない。

 

 本当は新しく覚えた遠当を試したいところだ。

 しかしそう遠くない場所に魔物の集団がいる以上、大声を出して呼ぶなんて方法は使わない方がいいだろう。


 なら、相手に攻撃が通る場所へ、俺から移動して倒すとしよう。


「少し先行します」


「了解だ」


「無茶はしないで下さいね」


「わかった」


 岩鬼で一〇〇メートルを五秒台で走れる事がわかった。更にレベルが上がった今はもっと速いだろう。


 俺は大通りの右側車線を一気にダッシュする。

 魔物の位置が一気に近づいた。勿論俺が走ったからだ。魔物自身はほとんど動いていない。


 魔物の居場所がわかった。ネットカフェや雑貨店が入っているビルの一階にある駐車場だ。

 ただ柱と金網、植え込みが邪魔で道路の反対側からは直接射線が通らない。というか魔物が目視出来ない気がする。


 駐車場出口の一〇メートル程度手前で走るのをやめ、ゆっくり足音を出来るだけ立てないように歩く。


 魔物が外に出てくればいい。そう思ったのだが動きは無いようだ。

 走って来た俺の足音に反応するかと思ったが、位置は変わらない。


 魔物の位置は駐車場の奥一〇メートル位。俺が駐車場出口の正面に移動して、そこから攻撃をしかける形となるだろう。


 武器は……最初はあえて大太刀で行こうと思う。駐車場の天井の高さや柱の幅を考えると槍は持て余しそうだから。


 太刀ならぎりぎりで振り回せる。縦方向は注意しなければならないけれど、横方向なら余裕だ。


 まずは力任せに太刀で横に斬って、次に突きを試すことにしよう。

 もし突きを使うなら、距離があれば槍に持ち替えて。


 駐車場出口直前で、俺は大太刀を取り出す。

 高校の授業の剣道で習った方法で握って、そして敵が見えるだろう駐車場出口正面へ。


 奥を見る。いた。予想通り出口から真っ直ぐ奥だ。

 目が合った。こちらへ向けて奴が動き出す。


『遠当』


 俺は魔法を起動しつつ太刀を全力で横に振った。

 ただ振るのより確かに重い感触。そこを腕力で強引に振り切る。


 ンゴバァ!


 そんな声を発してバガブは倒れた。起き上がる様子はない。

 俺は左腕に装着したスマホを確認する。


『バガブを倒しました。経験値二一を獲得……』


 今の横薙ぎで充分な威力だったようだ。

 なら槍や太刀より、もっと振り回せる短めの刀があった方がいい気がする。

 なんて事を思った時だった。


「田谷さん、こっちに戻って下さい、早く!」


 何だろう。ただ西島さんの様子からただ事では無い感じがする。

 俺は太刀を収納すると、全力で走り出した。

 西島さんの言葉は更に続く。


「魔物の集団が近づいてきています! 足音がするんです」

 

 何だって!

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