第九五話 目的地変更

 喫茶店を出た後、風景が少し変わっている事に気づいた。


「路上から車がなくなっています。交通上の障害になる物を取り除きました、ってそういう意味なんですね」


 上野台さんが頷く。


「車で移動できるようになった訳だね。差し当たって私達も車で動くのが楽になった事を喜ぶとしよう。

 これを機にシンヤさんはバイクから車に乗り換え、なんて事を考えるのかな?」


「車だと冷房が効くし楽だ。しかしバイクなら魔物を発見してすぐ攻撃態勢に入れる。とりあえず田谷君のスクーターを試してから考えるつもりだ」


 次の交差点で右、北方向へ曲がる。

 この両側に歩道と並木がある二車線道路、何か見覚えがある気がした。


「これは昨日、通った道か」


 シンヤさんが俺より先に気づいたようだ。


「そう。この辺はそうでもないけれど、この先、魔物の集団がいた交差点から先は、それなりに賑やかな通りになるからさ。昨日の帰りはこの東側の商店街を通ったから、今日はこの道がいいかなって」


 昨日、魔物の集団を倒しに行く際に通った道か。


「今の交差点を反対側から来たんですよね」


「そうそう。まっすぐ行けば昨日行った冷凍食品店。あと昨日は魔物の事が気になって気づかなかったけれど、その交差点が芭蕉の辻という昔の街の中心の交差点。この道が奥州街道で、左が城へ向かう道だからさ」


 芭蕉の辻か。


「松尾芭蕉が何かしたんですか?」


 俺の質問に上野台さんは首を横に振る。


「松尾芭蕉には関係ないらしい。そこの信号柱左側にある茶色い碑にその辺の謂れが書いてあったと思う」


「ちょっと見てみます」


 西島さんがその碑に近づこうと三歩ほど歩いたところで、急に顔を右、北西側に向ける。 


 何があったかはすぐわかった。

 マナーモードにしておいたスマホが振動するとともに、俺の魔法に敵の位置が反応したから。


「結構遠いかな。出るとしても次の次の交差点の道だね。しかもこっちへ向かっていないし」


「観光気分でそこの碑をゆっくり読みたかったんですけれどね。次は私ですけれど、交差点まで行って、大声で呼び寄せるという形でいいですか?」


「それが無難だろうね。何なら大声部分は私がやろうか。割と自信があるんだ。

 あとここに残っているのは碑だけだからね。何なら写真だけ撮って、あとで確認すればいい」


「そうですね。わかりました。あと声の方はお願いします。あまり自信がないので」


「了解了解。次も定番で行くからさ」

 

 西島さんが碑と周囲の写真を撮った後、再び北へ向けて歩き始める。

 魔物の反応は西北西側九〇メートル位の場所で、今のところ動きはない。


 魔物の位置よりやや北に行ったところで交差点に到着。


「それじゃ呼び寄せるから咲良ちゃん、よろしく頼むよ。

『雷鳥は 寒かろ らりるれろ、蓮花が 咲いたら 瑠璃の鳥、わいわい わっしょい わゐうゑを、植木屋 井戸換へ お祭りだ※』」


 あめんぼ赤いなの変種だろうか。そう思ったところで魔物の反応が動き出した。

 北へ、この右の道に出る方向に動いている。


 西島さんがライフル銃を取り出した。すっと銃口を上げて構える。


 バシュ! 魔物が出てくると同時に銃声が響いた。

 西島さんはライフルを仕舞い、そしてスマホを見る。


「レベル九のオークでした。昨日もこの辺を通りましたし、出現する魔物の最高レベルはさっきまでレベル七なのに、レベル九の魔物がいるんですね」


「レベル七の魔物なら何体か倒せばレベル九になるだろ。つまり周囲にそれだけ魔物が出現したって事さ、きっと」

 

「それにしてもライフル、やっぱり便利だ。僕も今のうちに入手して練習した方がいいかもしれない」


 シンヤさんの言葉で俺は思い出した。そう言えば……


「今日の目的の通りより更に先ですけれど、銃砲店が確かあった筈です。そこそこ大きそうでしたから、ライフルや弾も結構置いてあるんじゃないかと思います」


 前に一応目をつけてはいたのだ。行く機会は無かったけれど。

 上野台さんがスマホをポチポチ操作して頷く。


「北四番町通り近くにある。知らなかったな、これは」


「あとでバイクを乗り換えたら行ってみる。ありがとう」


「いや、これはこのまま全員で歩いて行っていいんじゃないか? 大した寄り道じゃないし、近くにレンタカー屋があるから帰りにも便利だしさ。咲良ちゃんも弾を補充できた方がいいだろ。

 それに田谷君がいると鍵がかかっていても問題ないからさ」


 確かに鍵はかかっているだろうなと思う。


「前に岩鬼で猟銃や弾を手に入れた時も、鍵が結構必要でした。店の鍵と銃が入っている棚の鍵と、弾の入っている棚の鍵。家探しして鍵を見つけたんですけれど、結構時間がかかった気がします」


 西島さんも寄る方に賛成のようだ。

 俺としても寄った方がいい気がする。

 弾が補充できる上、銃の予備が入手可能だ。

 岩鬼で寄った銃砲店のようにサバイバルナイフ等でいいものがあるかもしれない。


「全員で寄るという事に、田谷君も賛成という事でいいのかな」


「ええ」


 俺は上野台さんに頷いた。


「なら皆で寄る事決定でいいだろう。何なら咲良ちゃんに使い方の説明なんてのを聞いてもいいかもしれないしさ。

 そういえば田谷君も持っているのかな、あの長い銃」


 そういえば船台に来てから出した事すらなかった。


「ええ。西島さんが使ったのと銃本体は同じで、サイトが違うという仕様です」


「その辺も話を聞いていいか。猟銃は今一つよくわからない」


「俺もこの事態になってから調べた程度ですけれど。それでよければ」


 昨日魔物の集団を倒した交差点が近づいてきた。

 今日は今のところ魔物の反応は無いようだ。


※ 『あめんぼの歌』 北原白秋

  最初が『あめんぼ赤いなあいうえお』で始まる詩で、ここに載っているのは終わりの方です。

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