八日目 八月四日

第二一章 対集団戦その2

第九一話 全部言うと五分以上

 昨日はなんやかんやで風呂に入れなかった。

 話をして、そして全員がそれぞれの部屋に行った途端、睡魔に襲われたという感じだ。

 結構大変な一日だったし、刀や槍の組み立てや銃の手入れといったそれなりに手先を使う作業をやったからかもしれない。


 ただ車に乗った時に臭うなんてのはまずい。

 だから朝、四時に目覚ましをかけて風呂に入ることにした。

 

 なお入る風呂は三階にある貸切風呂の一つにした。

 部屋の風呂だと誰か来たときに気まずいし、一階の大浴場だと西島さんあたりが朝やってきそうだから。


 貸切風呂は三階に三箇所あって、それぞれ、

  ① 木製の浴槽で円形の風呂(三人用)

  ② 四角い石造りで、縁だけ木製のお風呂(三人用)

  ③ ②と同じ造りだが広いお風呂(五人用)

という感じ。


 西島さんや上野台さんが入るとしたら①か③だろう。

 そう思って②を選択。

 アバウトに身体を洗って、そして浴槽へ。


 湯温はちょうどいい感じだ。

 最初少し熱く感じるけれど、入ってしまえばちょうどいいという温度。

 ただ少し長湯をするので魔法であえてぬるめにする。


 入ってみるとなかなかいい。狭いと言っても三人用だから俺一人なら充分だ。

 疲れも眠気も取れる気がする。身体が朝風呂という習慣に慣れてしまったというのもあるだろうけれど。


 スマホで船台の地図を確認。昨夜の作業で今まで魔物討伐をした道が入っているものだ。

 まず朝一番で船台駅から南一キロ位の所へ行って……


 ◇◇◇


 今日は珍しく風呂への襲撃がなかった。

 無くて当然だしその方がありがたい。しかし何か足りない気分になるのは我ながら間違っているなとは感じる。


 五時二〇分位に全員集まり、普通に皆で揃ってパンやハンバーガーを朝食として食べて、朝六時に宿を出発。

 シンヤさんはバイクで、残りは俺が運転の軽自動車だ。


 運転の慣れもあるし、道に止まっている車を避けるしで、こっちの車はどうしても遅くなる。

 先行する方が魔物に出遭う分時間がかかる筈なのだけれど、シンヤさんの場合はバイクにまたがったまま銃撃なんて事が可能だそうだ。

 弾を補充せず打ち続けられるよう、収納魔法で同じ型の拳銃を十丁入れているそうだし。


 時々遠くで銃声が聞こえる中、こちらは魔物に一回も遭わずに四〇分弱で待ち合わせの地下鉄駅前に到着。

 勿論シンヤさんのバイクは先に着いている。


「やっぱり速いですね」


「仕方ないさ。その代わり昼間は暑くてたまらない。エンジンからの熱が結構来る」


「スクーターではバイクの熱まではあまり感じなかったですね」


「その辺も含めての乗り換え検討だ。長距離を高速で走るなら大きい方が楽だけれど、街中だと重くて暑いだけだから。低速で走れるのが便利な位だ」


 そう言われても俺は今ひとつわからないけれど。

 スクーターしか乗ったことがないから。


「それじゃ街中歩き、行こうか。魔物が出た時の順番は昨日話した通り、若い順でいいかい?」


「了解だ。ただ魔物が複数出てきた時は遠距離優先で」


 この辺も昨日話し合った内容だから問題無い。

 交差点を北、船台駅方向に向けて歩き出す。五十メートルも歩かないうちにスマホが振動した。


「強いけれど、この辺としては普通クラスかな。たぶんオークだと思う」


「わかりました」


 上野台さんに頷いて西島さんが拳銃を取り出す。

 そのままごく普通に皆で歩いて行く。全員何らかの方法で魔物の位置がわかるから、特に用心する事はない。


「どうする? 出てこないようならこの辺で大声で叫ぼうか?」


 上野台さんの言う通り魔物の反応が左の路地方向から動かない。

 何となく上野台さんに聞いてみた。


「参考までにどんな風に叫ぶんですか?」


「演劇部風発声練習とサスペンス風悲鳴とどっちがいい?」


 また上野台さん、妙な事を言う。


「なら今回は演劇部風で」


「OK。それじゃ発声練習と滑舌訓練で。『拙者親方と申すは、御立会の中に御存じのお方もござりませうが、お江戸を立て二十里上方、相州小田原、一色町をおすぎなされて、青物町を登りへお出なさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪いたして圓斎となのりまする』」


 何だなんだ、これは。

 てっきり『あめんぼ赤いな』とかだと思ったら妙なのが出てきた。

 しかも声はかなり大きめで発音もかなりいい。

 だからか効果はてきめんで、魔物反応がさっとこっちに向かい始める。


「ありがとうございます」


 西島さんがすっと拳銃を持った腕を上げた。灰色の巨体が見えたと同時に発射音が二発。


「この距離でも当たるか。僕と同じで必中のスキルとかがあるのか?」


「必中ではないですけれど、構えた瞬間に当たるかどうかが何となくわかるんです。駄目ならライフルの方を使うんですけれど、拳銃の弾の方が在庫が多いので。

 シンヤさんは必中のスキルを持っているんですか?」


「三〇メートル以内なら。今の距離だとぎりぎりで範囲外だ」


 なるほど。同じ射撃メインでもタイプは違うと。

 あと気になるのは上野台さんの先程の発声練習?だ。


「上野台さん、さっきのは何なんですか?」


「外郎売りだろう。元は歌舞伎だったか」


 シンヤさんは知っていたようだ。有名なのだろうか。


「シンヤ氏、まさか演劇を志していたとか、趣味が歌舞伎とかかな?」


「単なる雑学だ。自分では覚えていないが。というかあれは記憶して言うものじゃないだろう」


「生憎こういった下らない事ほど覚えたくなる性格でさ。何なら最後、『東方世界の薬の元〆、薬師如来も上覧あれと。ホホうやまって、うゐらうはいらつしやりませぬか』まで全部言える。そこまで言うと五分少々かかるし結構疲れるけれどさ」


 うーん、上野台さん、相変わらずよくわからない。


「その外郎売りって何ですか」


「元は歌舞伎のせりふ芸さ。演劇の滑舌や発生の練習によく使われるんだ。大学の友人に演劇をちょっとだけかじっていた奴がいてさ。だからこれ以外に北原白秋の『あめんぼあかいな』だって最後の『うえきやいどがえおまつりだ』まで言えるぞ」


 うーん、何というか……

 でもちょっと思いついたから聞いてみよう。


「ひょっとして円周率も相当長く覚えている方ですか?」


「あれは楽しくないから覚えていない。三・一四一五九二六五三五八九七九三二三八四六くらいまでだ」


「充分です」


 俺がそう言ったところでスマホが振動した。魔物反応だ。普通ならば俺の番。しかし微妙に嫌な感じがする。


「もう少し歩いてみます」

 

 六歩歩いたところでもう一つ反応を確認した。間違いない。


「集団ですね、これは」

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