第八七話 本物の武器

 共同浴場の隣が今日宿泊するホテルの敷地だ。

 今回も玄関の真ん前に車を停める。


 フロント前がやたら広くていかにもお高い観光ホテルと言った感じ。例によって西島さんが奥へ入って鍵を持ってくる。


「予定通り452号室と453号室が取れました」


「よし、それじゃ部屋に行く前に売店を覗いていこう」


 フロントを正面に見て右側に売店があるので入ってみる。

 並んでいるのはお土産の他に焼き物とかドリンク類、更には服なんてのまである。年配の女性向けがほとんどのようだけれど。

 

「ここにも牛タンがありましたね」


「味比べ用に持っていくか。あとこの宿オリジナルというお菓子2種類と、オリジナルの吟醸酒も持っていこう」


 はちみつ漬けの梅が入っているらしい洋菓子と饅頭2種類、冷凍牛タン、そして小さめの瓶に入った日本酒を持ってエレベーターへ。


「4階でいいんだよな」


「ええ。でもこっちのエレベーターだと結構歩きます」


「宿の中だし問題無いよな。さっきの温泉でだいぶ疲れが取れた気がするし」


 上野台さんがボタンを押して扉がしまる。

 それにしても温泉で疲れが取れたか。こっちはお約束の展開で疲れが……

 なんて事は口には出さないけれど。

 そうだ、でも言っておくことがあるのだった。


「部屋に入ったら俺は刀と槍を使えるように組み立てようと思います。だから温泉は二人で行ってきて下さい」


「一緒に行かないんですか? ここ、露天も室内も色々な浴槽があって楽しそうですよ」


 だから危険なのだ。万代阿多見温泉の時と同じ失敗をするわけにはいかない。今回は上野台さんもいる事だし。


「明日には使いたいからさ。刀も槍も出来るだけ早く組み立てて、使えるかどうか確認しておきたいから」

 

 この理由事実だし嘘ではない。

 エレベーターが停まり扉が開く。

 出た場所は左斜め前、左斜め後ろ、右方向にそれぞれ通路。西島さんは迷わず右へ歩き出す。


「でも一緒の方が楽しいです」


「まあ夕食後か明日の朝にでも回ればいいだろ。何なら明日もまた泊まればいいだけだしさ」


 珍しく上野台さんが俺のフォローをしてくれた。

 しかしだ。このフォローにのってしまうと明日以降も何かの理由をつけない限り、万代阿多見温泉の時プラス上野台さんという事態が待っている事になる。


 ただ今は明日以降の事は明日考えよう。今はまあ、すぐ後に迫っている危機を脱することを優先する方針で。


「ええ、それでお願いします。夕食前にはシンヤさんも合流しますから」


「まあそうだな。それじゃ部屋に着いたら荷物だけおろして風呂に行ってくるか」


「そうですね」


 一本道なのだけれど曲がり角が多い廊下を通って、トイレやエレベーターの前を通る。


「こっちにもエレベーターがあるんだ」


「ええ。一階に三箇所ある大浴場や三階の貸し切り風呂に行くときはこっちが便利です。

 そして部屋はすぐそこの二部屋です」


 西島さんの視線の先、階段の向こうに三部屋の扉が並んでいるのが見えた。扉の間隔からみるとどの部屋も結構大きそうだ


「今回も部屋に風呂が付いているんだっけか」


「そうです。そこの三部屋は半露天の風呂付きになっています。部屋そのものもそれなりに広いので、全員で食事をしたり田谷さんが長い槍の手入れをしたりしても大丈夫です。

 全員集合する部屋は453号室がいいと思います。テーブルが広いですから」


「なるほど。あとでシンヤさんに送っておこう」


「それじゃ入ります」


 西島さんが鍵を開ける。

 中は基本的にフローリングの洋室だけれど、床と同じ高さの畳部分が八畳あるという作り。

 ベッドは奥にセミダブルサイズが二つ。あとは畳部分でも洋室部分でもくつろげるという作りだ。


 俺としては同じ高さの床が広いのがありがたい。

 これなら長い槍でも問題無く出して作業が出来る。


 ダイニングテーブルに電子レンジとコーヒーメーカー、そしてホットプレート、更にはノートパソコンの箱を出す。


「帰って来た時にすぐセットできるようにコーヒーメーカーに豆と水を入れておきます」


「パソコンは夜にでもセットアップすればいいだろう。取り敢えずこの延長コンセントをテレビ横のコンセントにさしてと」


「冷凍牛タンは出して解凍しておきますか?」


「あとで私の魔法を使って解凍した方がいいだろう。だからそのままで」


 ひととおり物を出したり整理したりした後。


「それじゃ行ってくる」


「終わったら連絡してくれれば、何処にいるか返信しますから」


 まあ連絡しないけれど。

 なんて事は勿論言わないで2人を見送った後、刀や槍等を出す。

 素槍二本、薙刀二振、大太刀二振。


 ロマン的にとか見た目とかではやはり大太刀だろう。

 しかし俺の戦闘スタイルを考えると槍から作業すべきだ。


 まずは作業方法をネットで検索。こういったマニアックでバズらない分野は案外普通に検索しても大丈夫だ。

 日本刀に比べるとずっと情報が少ない。それでも一応やり方が載っているWebページを発見。


 さて、それでは作業開始。 

 

 ◇◇◇


 全部一通り組み立てが終わった。

 槍は二本とも三メートルちょっと。薙刀は二メートルちょい。太刀は両方とも全長が一メートルちょっと。


 あり合わせの道具とネットを見ながらでも何とか出来るものだ。

 澱粉糊を使うところで木工用ボンドを使ったりとか、ちょっとばかり適当な事をやってしまってはいるけれど。


 どれも今までの包丁槍やナガサを使った槍よりずしりと重い。武器という感じを一段と強く感じる。


 今の俺の使い方だと、この中では来国秀と説明があった直槍が使いやすそうだ。

 全長二七〇センチくらいで、穂の部分が三〇センチに少し足りない位で柄の部分が黒色の木製。

 解説には鎌倉時代後期のものとあった。


 長さは今まで使っている長い槍と短い槍の間くらい。

 博物館で手入れもしっかりされていたようで、先だけで無く刃部分も充分に鋭い。


 あとは実際に振ってみて具合を調べたいところだ。

 しかし此処では天井が低すぎる。試してみるならもっと広いところだろう。

 時間を確認。午後六時二〇分。そろそろ西島さん達が戻ってくる頃だ。


 なら作業はここまでにして、西島さん達を待つとしようか。

 俺は武器の他に出していた工具類を片付けにかかる。

 まあ魔法収納アイテムボックスに仕舞うだけだけれど。

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