第七一話 昼間の銃声の主

 風呂は男性用が露天風呂ありで、女性用は露天風呂無しだった。

 そして隣に小さめの貸切用露天風呂がある。ならばだ。


「俺はこっちの貸切用露天風呂を使います。隣の男性用と露天風呂を二人で使って下さい」


 危険は自分から避けるに限る。という事で大きい方を譲って貸切風呂の方へ。

 貸切風呂の方が大浴場にくっついている露天よりずっと小さい。しかし一人なら十分以上の広さだ。


 作りも違う。向こうの露天はいかにもという感じの岩と石を組み合わせた感じ。こちらは石タイルとウッドデッキという感じで四角く近代的。


 しかし不定形な形より四角い方が広く使える。そして景色はこっちも負けていない。

 なおかつこっちは水深がある立ち湯なんてスペースまである。

 つまり俺としてはこっちの方がいい。


 もともと俺はあまり長湯の方ではなかった。すぐにのぼせるタイプだったからだ。

 しかし最近は長湯の良さも少しはわかるようになってきた。西島さんにさんざん付き合わされた結果だけれども。


 そして今回は俺一人用の風呂。だから俺が快適なように調整しても文句は出ない。


 まずは湯温確認。悪くない。しかし長湯をするならもう少しぬるい方がベターだ。


 横にある水道からガシガシ水を入れる。浴槽が大きいのでそう簡単には温度が下がらないけれど、ここは気長に。


 程よく下がったと思ったら入浴。最初はちょい熱めに感じるがすぐにいい感じになる。

 この状態なら長湯しても暑く感じない。スマホポチポチしながら時間つぶしをしてもいいし、外を眺めてもいい。


 あ、でもアイスがあったのだった。スプーンと一緒に取り出し、蓋をあける。


 一口食べてみて納得。うむ、これは高いアイスだと。俺では表現出来ないがアイスの味が違うのだ。

 あとコーヒー牛乳味だけあって、いいコーヒーの香りがしっかりする。


 これはいいものだ。後で他のも食べてみよう。


 さてこの風呂、西島さんがいないのでのんびり出来る。若干寂しいと感じる気がするけれど、きっと気のせいだ。


 それでは後回しにしていた、レベル二一で取得した魔法について確認。


『田谷誠司の現在のステータス。レベル:二一。総経験値:一〇一一。次のレベルまでの必要経験値:八二。HP八六/八六。MP六一/六一。

 使用可能魔法(使用回数):風撃(二~一〇)。炎纏(二~一〇)。完全治療(三)。簡易治療(二〇)。簡易回復(六一)。灯火(六一)。作動(一〇)。涼却(二〇)。収納(常時)。察知(常時)。範囲防御(一~一〇)。加速(一〇)』


 よし、防御系魔法が入っている。念の為、新しく手に入った加速魔法を含み、機能を確認。


『防御魔法は意識した人、場所から三メートル以内に対する敵の攻撃を防御する魔法です。物理的攻撃、魔法的攻撃双方を防ぎます。

 敵の攻撃を一回防ぐごとに魔力を六以上消費します。魔力の消費量は防いだ攻撃の威力によります。また攻撃の威力に足りる魔力が無い場合、攻撃を完全に防げない状態になります。

 なお防御魔法の中心点は自分から目視出来る範囲に限られます』


 そう、俺が欲しかったのは防御系の魔法だ。これからは矢とか魔法とかが飛んでくる可能性があるのだから。

 これで敵が魔法攻撃を仕掛けてきても問題無い。魔力がある間は、だけれども。


『加速は自分の動きを倍に加速する魔法です。一回の使用で三分間程効果があります』


 これも使い方によっては便利かもしれない。今のところは必要無さそうだけれども。


 西島さんはどんな魔法を覚えたのだろう。今までのパターンからすると射撃に便利な魔法という可能性が高い気がする。


 あとは風呂で便利な魔法なんて可能性も否定できない。その辺の魔法は既にひととおり覚えている気がしないでもないけれど。


 さて、それでは次の時間つぶしだ。

 思い切り身体を伸ばして、それからスマホでネットを見てみる。


 ネットの情報は更新されていない。

 人が消えたのだ。機械的に自動生成するページ以外は更新が止まって当然。


 それでも何となく気になって更新順検索なんてやってみる。

 ついでだから検索ワードは『船台』で、調べる範囲は『SNS』で。


 駄目だ。以前見た神がかり的な輩と、自動生成のインプレゾンビしかいない。

 まあそうだろうとは思ったけれど。


 次は範囲を『ブログ』にしてみる。想像通りアフィリエイトブログばかりだ。


 そうそう。だから『検索エンジンは死んだ』なんて言われたんだよな。今更思い出した。


 検索しても価値があるページは出ず、SEO対策した広告目的ページばかり出てくる。開くと広告の山で本文が読めない位だし、真面目に読んでも内容はほとんどない。


 昔ながらの大手ポータルページも広告に浸食されていて読みにくい上、どれが広告でどれがそうでないかすらわからない。

 結果、いつも見ているページしか見なくなったんだよなと。


 それでもめげず、今度はニュース検索。どうせ更新されていないだろうと思いつつ。

 幾つか更新されているページがある。ほとんどは自動生成の天気予報、でなかったら新製品情報という名のアフィリエイト。

 

 その中で個人ページっぽいのがあった。どうせアフィだろうと思ったけれど一応見てみる。


『船台駅前付近。レベル一五のゴブリンリーダーに率いられたバガブ、ホブゴブリン二体、ゴブリン二体の合計六体と対戦。船台では他に紅葉通駅上でアークオークが出現』


 えっ。タイムスタンプを確認する。一〇分前だ。

 写真に一枚目に写っているのは広い道路と、その上に伸びる歩道橋にしては大きくて複雑な歩行者用通路らしきもの。二枚目には路上に倒れているゴブリンに似た浅黒くて筋肉質の魔物。


 これが本当に仙台駅前の写真なのか俺にはわからない。ただ写っている魔物は見た事がない種類だ。


『ゴブリンリーダーはゴブリンの上位種で統率種です。レベルは概ね一二~一五。近くに発生したゴブリン系統の魔物を従え、人や他の魔物を襲う習性があります。


 ゴブリンリーダー単体でもバガブよりやや動きが速く、知能もそれなりに高いので面倒な敵です。火球魔法を使う事もあります。

 ただし身体はオークやオーガ等に比べると脆弱です。筋力もバガブよりは上ですが、同レベルの人間には及びません』


 なかなか嫌な敵だ。一人で相手すると手数の多さで不利になりそうに感じる。

 この人はどうやって戦ったのだろう。西島さんみたいに拳銃でもそこそこ遠距離から当てられるのだろうか。


 そう言えば昼間、船台駅に向かう途中で聞いた銃声、七発だったなと思い出す。

 もしこれを書いたのが銃声の主なら一発しか外していない、または二発当てた敵がいるという事だ。

 ならそれなりの銃の腕があるのだろう。魔法か能力かはわからないけれど。


 そして西島さんの耳が確かなら高速道路を走っていったバイクの主である可能性が高い。

 同じページから過去の情報を見てみる。


 なるほど。元々は東京の小茂根に住んでいたが、自宅周辺はではひっきりなしに魔物が出現して落ち着けないから移動したのか。

 

 自宅アパートから歩いて幹線道路に出て、大型バイクの店があったのでそこからはバイクで北上。ひっきりなしに出る魔物と戦って、何とか首都高速に乗って一気に走る。


 一度は実家がある卯途宮に落ち着いたが、東京都内と比べて魔物の出現が少なくて不安になる。

 かといって東京のように寝ている間もガンガン警報が鳴るような場所は住みたくない。


 結果、『東京近郊を通らないで行ける』、『卯途宮より人口が多い都市』で、『少し離れれば人口密度が低い場所があり、落ち着いて寝る事が出来る場所』という条件で船台を選び、本日やってきたという訳か。


 そして俺達と同様に何処かの宿に落ち着いて、今日の分の記事を更新していると。


 書いてある事から見るとまともな人間のようだ。氷山の馬鹿とかとは全然違う。

 ただ会うべきかどうかはわからない。同じ船台にいるのだし、連絡は取れるようにしたほうがいいかもしれないけれど。


 もう一度Webページを確認してみる。メールやSNSのアドレス等、個人情報は書いていない。

 今のところ連絡をとる手段はなさそうだ。このことが吉か凶かはわからないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る