第一六章 目的地その一到着

第六九話 今回の食材調達

 車に戻った後。橋の向こう側へは戻らず、先ほど歩いた部分を少し走って、そして交差点を右、東方向へ。

 この走行ルートは上野台さんの指示だ。

 

「あとはこのまましばらく道なりで頼む」


「わかりました。ところで何処へ向かっているんですか」


 当初の目的地は歩いて船台駅だった。だから今は完全に予定外の方向へと車を走らせている。

 カーナビを見れば東に向かって走っているのはわかる。しかし目的地がわからない。


「中央卸売市場。折角だから美味しいものを調達して食べようと思って。生ものはもうやめた方がいいだろうけれどさ、冷凍ものなら問題ない」


 上野台さんがそこまで言ったところでスマホから警告音が鳴る。だいたい七〇〇メートルおき位で鳴っている感じだ。


 車を停めて周囲を確認。魔物は前方左側。見えた、黄色だ。


「今回は私が倒します」


「悪いね。接待プレイなんて」


「魔法を使える回数制限がありますから」


 上野台さんは魔法を使うから攻撃できる回数が限られている。

 なので接待プレイというか、バガブ以上の敵優先という形だ。


「ホブゴブなら猟銃は勿体ないですね」


 西島さんは拳銃を取り出す。まだ構えない。ホブゴブリンが近づいてくるまで待つ。

 そして銃声一発。


「それじゃ先へ行きましょうか」


 ホブゴブリン程度だとそんなものだ。

 そうやってホブゴブリンやバガブを何度か倒して、俺達がレベル一九になって、そしてすぐ。


「よし、レベル一一。魔法が増えた! でも魔力が増えた事の方が利点は大きいかな」


 上野台さんがバガブを倒してレベル一一になった。


「どんな魔法が増えたんですか」


「強制還元と強制加水分解。還元はともかく加水分解は結構ヤバい気がする」


 何というか……


「相変わらず化学っぽい魔法です」


 西島さんの言うとおりだなと思う。車を運転中なので頷いたりはしないけれど。


「私にとって効果をイメージしやすいからだろうな」

 

 なんて事を話しているうちに車は市場の正門へ。


「門を入ったら次の道を左行って、次は右で、左の建物の角を曲がった辺りのところに止めてくれ。水産物の冷凍物用の卸売り場があるんだ」


「よくご存じですね」


 そんな案内はどこにも見えない。


「一度見学に行ったんだ。案外面白い、こういうのってさ」


 なるほど。

 言われたとおりの場所を曲がって、トラックとかが着けている辺りで止める。


「車を離れる前に魔法で収納中のもののうち、外へ出して平気なものは車の中に出しておいてくれないか。市場内から獲物を持ち出すのにはその方がいいだろうからさ」


「そうですね」


 確かにそうすれば魔法収納アイテムボックスに多くの物を入れられる。


 電子レンジ、コーヒーメーカー、着替えなどを車のトランク部分へ。電子レンジは大きすぎて軽のトランクにはおさまりにくかったので、助手席へ。


「電子レンジまで持ち歩いているのか」


「ええ。ホテルの客室にはない事の方が多いので。あると便利ですよ」


「まあそうだけれどさ」


 なんて話をした後、上野台さん先頭で市場内へ。

 中へ入ってすぐ香るちょっと癖のある臭い。そして並んでいるプラスチックや発泡スチロールの箱……


「もう少し早く来たかったですね、これ」


「ああ」


 西島さんの言う通りだ。競りが終わるか終わらないかくらいの時間だったのだろう。まだまだ魚が並んでいる。


 ただこの世界になってもう六日目だ。腐敗菌が無い世界であっても蛋白質が変質しているだろう。

 腐敗菌がないからか腐ったような悪臭はしない。鰹出汁のような臭いだ。


「私一人では来ることができなかったからさ、仕方ない。でもこっちの低温売り場は大丈夫だろう」


 白い壁で囲われた一角へと入る。おっと、これは……


「このガスボンベか砲弾みたいなの、まぐろですよね」


 プロパンガスのガスボンベくらいの銀色の代物が並んでいる。エラ部と内臓を抜かれて尾鰭を切られたマグロだ。

一部はすでにスチロールケースに入っていたりする。


「ここはマグロ専門だからさ。それ以外は隣のスペース。ただこの丸まんまのマグロ、トロも赤身も含めて食べ尽くすっての、ロマンじゃないか? 解凍なら私の魔法で出来るぞ」


 確かにロマンかもしれない。しかし……


「これは流石に持ち運べないですね。どう見ても俺より重そうです」


 魔法収納アイテムボックスの中を完全に空けて入るかどうか。その位の代物だ。


「まあそうか。面白いと思ったんだけれどさ。素直に諦めて仲卸のところから仕入れるか」


 ちゃんと小さく切っているものを扱っている場所も知っているようだ。勝手知ったる感じで歩いて行って、でっかい冷凍ショーケースがある場所へ。


「マグロの大トロと中トロは勿論持っていくとしてさ。あとは何にしようか」


「カニもいいですよね。冷凍のタラバがここにあります」


 西島さんが物色を開始した。


「うんうん、あとこの冷凍塩サバをシメサバにしようか」


「シメサバって冷凍の塩サバでいいんですか」


「ああ。ただ漬けて5時間くらいかかるかな」


「なら何処かで漬けてアイテムボックスに入れておけば、夕食で大丈夫ですね」


 上野台さんと西島さんとで持っていくものが決まっていく。今日の夕食は海鮮になりそうだ。

 なんて思ったところでスマホから警告音。


「今回は俺が行ってきます」


 理由は西島さんと上野台さんが楽しそうだから。魔物一体なら俺一人で問題無いだろう。


「お願いします」


「任せた」


 二人は冷凍の魚を吟味する方が大事なようだ。

 さて、魔法によると魔物は右側一〇〇メートルの位置。この建物の外だ。


 近くにあった出口から外に出る。道を挟んで魔物方向に建物があった。敵はこの建物内だろうか。


 中へ入る。どうやらこの建物は食堂街のようだ。いわゆる市場食堂の類いが並んでいる。


 観光客が食べそうな海鮮丼の店なんてのもあるし、普通の定食屋やラーメン店なんてのも。


 この辺も営業していたら観光したかったな。そう思いつつ魔物のいる方向へ近づくよう歩いて行く。

 廊下の突き当たりにある扉から外へ。そしてその先には魚の市場と同じような大きな建物。


 魔物までの距離は三〇メートル。どうやらこの中に魔物があいるようだ。

 中へ入って探すしかないのだろうか。とりあえず以前やったように大声を出してみる。


「おーい!」


 魔物の反応が動いた。こちらに向かってくる。俺の声に気づいたようだ。


 魔物の反応に近い入口へ近づきつつ長い方の槍を出す。魔法があるので位置がわかるから焦らなくて済む。


 出てきた。黄色、ホブゴブリンだ。

 ダッシュで近づいてサクッと刺して倒す。ホブゴブリンならもう慣れていて怖くない。


 来た経路を通って、そして西島さん達のところへ。品物を並べるだろう台の上に幾つか戦利品が置かれている。


「あ、良かったです。いいのが結構あったのですけれど、私の収納では入りきらなくて」

 

 置いてあるのはエビ、カニ、鰻蒲焼といったもの。それ以外、マグロとかは何とか収納したのだろう。


「わかりました。これで大丈夫ですか」


「ああ。あとはスーパーに寄る程度で大丈夫だろう。シメサバは出来るだけ早く漬けておきたいから、ここを出てすぐスーパーに寄っていいか? 場所は私が案内するから」


「わかりました」


「もう今日の夕食が楽しみです。絶対美味しいですよね、これ」


 確かに美味しいだろうと思う。こういう事は世界が普通だった頃は出来なかった。

 確かに店が営業していないのは残念だった。でもこういった楽しみ方も悪くはない。

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