第六七話 自動車移動開始

 周囲の区画を二周してみた。これでとりあえず動きはわかった気がする。

 要は急のつく操作をしないようにすれば何とかなると。


 ペダルはゆっくりじわじわを心がける。踏みすぎより踏まないが正解だ。

 勿論何かにぶつかりそうな時のブレーキは別だけれども。


 曲がるときは上り坂でない限りアクセルを踏む必要はない。勝手に車が前進するから。


 ハンドルも急に回す必要はない。前進しながらゆっくり回してやれば基本的にどんな場所も曲がれる。


 もちろん路上に他の人がいる場合、これでは駄目だろう。しかし人がほとんどいないこの世界ならなんとかなりそうだ。

 住宅地をぐるっと回って、そしてコンビニ前に車を停める。パーキングブレーキをかけて、エンジンを切る。


 扉を開けて外に出たところで、コンビニから西島さんと上野台さんが出てきた。


「どうですか?」


「人がいなければ何とか」


「普通に走れていれば上出来だよ。私なんか教習所の外周コースでいきなり失敗して外側にある溝にはまった」


 確かにそれは流石に運転の適性がない気がする。俺は教習所すら行った事がないけれど。


「ただ速度は出せませんから」


「私のスクーターよりはましだろう」


 確かにそうだとは思う。

 あと乗る前に言っておこう。


「念の為後部座席に座ってシートベルトしておいて下さい。急ブレーキや急発進をする可能性がありますから」


 今の俺の腕ではバックなんて事はしたくない。そしてこれだけ人がいない世界なら、他の車が追突してくる可能性はまずない。


 なら後席の方が安全だろう。追突しても前席があるし、エアバッグが無いと危険というような速度は出すつもりはないから。


「わかりました」


「オッケー」


 それぞれ乗り込んだところで更に確認。


「それでどっち方面に行きますか?」


「最初だから無難に広い道を行こう。さっきのファミレスの前を通って信号確か3つめ、大きい交差点を左へ曲がる。そうすれば永町近くまでまっすぐ。ずーっと下りていくと県庁・市役所方向右折の看板があるからそこを左折」


「県庁方向ですね」


 母の車と同じだからカーナビ操作はわかる。目的地設定で県庁を設定。おっと、後ろ側にルートが出た。


「カーナビで出た動物園の横を通るルートが最短なんだけれどさ。二車線だから詰まっていると走れないかもしれない」


 だから大回りでも広い道を通ろうという訳か。


「わかりました」


 違う方向へ向かえばカーナビの案内は適当にリルートしてくれる筈だ。だからあえて細かい設定はせず、全員シートベルトをしたのを確認して発進する。

 

 ◇◇◇


「理由はわかっているけれど違和感があるよな。反対車線を走るのは」


 そう。今は交差点を通過したら出来るだけ早く反対車線へ移動して、そして走るようにしている。


 スクーターだと信号前で車が停まっていてもすり抜けが出来る。しかし自動車だと軽であってもすりぬけは無理。

 となると普通に走っては信号待ちの車が邪魔で動けなくなる。それを防ぐために反対車線へあらかじめ出ておく訳だ。

 

 そしてそれさえ守っていれば案外この道、走りやすい。勿論普通に走る速度は出さないし出せない。下り坂なのでアクセルよりブレーキを踏んでいる時間の方が長かったりもする。


 それでも上野台さんがスクーターを運転するよりは速い筈だ。そんな感じ、つまり平均速度が時速一〇キロから二〇キロという感じでのろのろと走る。


 周囲は新興住宅地という感じだ。そして少し慣れたかと思った頃。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ! スマホの警告音。

 思わず急ブレーキを踏みそうになるけれど何とかじんわり踏んで車を停める。サイドブレーキをかけ、ギアをパーキングに。エンジンは止めない。エアコンをかけているから。

 

 魔物の位置は魔法でわかっている。前方右八〇メートル、動きではまだ種類はわからない。


「今回は俺がやります。距離の余裕がありますから。もし二匹目が出たらよろしくお願いします」


「わかった」


「わかりました」


 シートベルトを外してドアを開け外へ。身体が凝っている気がする。慣れない自動車運転で緊張していたのだろう。

 それでも魔物相手に動くのに影響はない。


 まずは魔物近くまで走る。察知魔法で位置を確認。まもなく魔物が見える範囲に入る。

 さて何だ。黄色、ホブゴブリンだ。距離は五〇メートルちょっと。


 ホブゴブリンがこっちを見て、俺を認識して、更に動き始める。それまでに走って距離を二〇メートル近くまで詰める。


 ホブゴブリンならこっちでいいだろう。俺は長い方の槍を収納から取り出した。

 両手で握って更に数歩。敵が数歩動いたところで俺は槍を突き出す。


 察知魔法の反応が消えた。そして他に反応はない。今回はこれで終了のようだ。

 ホブゴブリンも雑魚って感じになったな。そう思いつつ槍を収納。小走りで車へと戻る。


 西島さん達が俺が倒したのを確認して車の中へ。俺もすぐ車の中へと入る。外の熱気と違う涼しい空気。


「車はエアコンが効いていていいよな」


「そうですね。バイクだと昼間は暑いですから」


 そういう意味では車は快適だ。

 運転に慣れないからゆっくりでしか走れないし、少しでも気を抜くと信号待ちの停止車両で動けなくなりそうだけれど。

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