第六六話 適性対免許
魔物を探すのはこの辺で、この辺を観光したい。そして宿は此処にしたい。
そんな計画だけ先に決まった後、移動方法の話になる。
そして移動方法については少々不本意というか、不安な事になってしまった。
「一応AT限定の普通車免許は持っているけれどさ。私には絶対運転させない方がいいと思う。何というか根本的に運転させてはいけない気がするんだよね。教習所でもそう言われたし。
あのスクーターだってこの距離が多分ぎりぎり。大学から乗って帰ってきた時は何度も怖い思いをしたから」
上野台さんの自己申告だ。確かにこのレストランに来るまでの運転、結構危険だった。だからこの自己申告は理解出来る。
しかしそうなると、三人で移動する方法は……
「このトライクというのなら、田谷さんが運転して三人乗れないでしょうか」
スマホでそんなのを検索したのは西島さん。トライクについては実はかつて検討した覚えがある。倒れないバイクを模索した時に。
だから当然欠点も学習済みだ。
「電動は街中だけならいいけれど、ちょっと遠くに行くのならやめた方がいい。航続距離が一人乗りで六〇キロくらい。坂があったり三人乗りしたりするともっとずっと短い距離しか走らないだろうから。
あとエンジンの方は、ギアチェンジがあるからさ。その辺どうにも自信ない」
何せ俺は本来無免許だ。見よう見まねでスクーターは動かせるしここまで走って慣れた。しかしギアチェンジ付きとなると流石に自信がない。
「ならいっそオートマの軽自動車はどうかな。このトライクは幅一メートルで、軽自動車は幅一・四八メートル。だから交差点とかでも注意すれば案外大丈夫じゃないか」
上野台さん、ひょっとして……
「上野台さんが運転してくれるんですか」
彼女は首をブンブンと横に振る。
「無理。私に運転させたら最後。多分すぐ事故る。免許は取ったけれど限りなくお情けだから。普通の人の一〇倍以上時間オーバーして検定も一〇回以上受けて、奇跡的に二回通っただけだから」
「二回通れば大丈夫じゃないんですか?」
「二回というのは仮免検定で一回、卒業検定で一回って意味。どっちも一〇回以上受けてる。一割以下の確率に期待するより無免でも田谷君が運転した方がずっとましだと思うよ」
「まだ車は一度も運転した事が無いんですけれど」
「他に通行する人がいないし、ゆっくりやれば大丈夫だよ」
ゆっくりやれば大丈夫。なら自分で運転する、という選択肢は無いようだ。
「でもちょうどいい車ってありますか。その辺に停まっている車はもうバッテリーかガソリンが切れていると思いますけれど」
もちろんこれは運転しない為の逃げ口上。しかしだ。
「実は使えるのを確保してある。近くのコンビニに停まっている車だけれどさ。鍵がコンビニ内に落ちていて、使ってみると扉が開いたんだ。きっと鍵を手に持って歩いている時に消えたんじゃないかな。
ガソリンも半分以上残っているしエンジンもかかった。それ以上は怖くて試していないけれど」
乗れないくせに車の用意をしてあるとは……
仕方ない、覚悟を決めよう。ただしだ。
「まだ運転した事は一度もないので、試運転をしてからでいいですか?」
「勿論。動かし方はわかるよね」
「一応。家にも車はありましたから」
当たり前だが自分で運転した事はない。しかし何処をどう動かせばいいのかは一応理解はしている。
それなら動かせるかどうか、早く試したほうがいい。
「これを片付けたら車のところに行こうか」
「そうですね」
結構あった料理も1時間近く話していると無くなる。なので皿を重ねて皆で持ってキッチンへ。
「あとは私が片付けるからさ。先に車のところへ行って試運転してみてくれないか。キーはこれ。場所は来る途中右側の角にあったコンビニ。二台停まっているけれど軽は白いの一台だけだから」
「洗うのを手伝います」
西島さんの申し出。でも上野台さんは首をよこに振る。
「これは慣れているし、一人分のスペースしか無いからさ。流して食洗機に入れるだけだし。
それじゃこれがキー。終わったらコンビニに行くから」
キーを渡されてしまった。仕方ない。覚悟を決めて店を出る。
コンビニまでは一〇〇メートル位。歩いて行こうと思ったけれど、その前に。
「スクーターを店の下の駐車場に入れておくから。雨が降って濡れると嫌だし」
「わかりました。それじゃ此処で待っています」
スクーターのエンジンをかけ、ヘルメットは被らずそのまま走らせて店の下にある駐車場へ。雨が降っても壁で濡れなさそうな場所に停めて、そして戻って。
コンビニまで二人で歩く。一〇〇メートルしかないのでのんびり歩いても二分かからない。
そして確かにそのコンビニには車が二台停まっている。うち1台はミニバンで軽は白いの一台だけ。
幸い車種は家で母が乗っているのと同じだ。これなら何処に何があるか大体わかる。
それでも念の為だ。
「西島さん、店の中、奥の方へ入って待っていて。念の為に。一通り運転してみて、大丈夫なら車を停めて呼びに行くから」
「わかりました」
西島さんが店に入ったのを確認して、車のキーのボタンを押す。カチャッ。鍵が開いた音。
乗り込んで、シートベルトを締めて、スタートボタンを押す。当たり前だがエンジンはあっさりかかった。
ガソリンは上野台さんが言った通り充分ある。警告灯もついていないようだ。
バックで発進でなくて良かった。そう思いつつブレーキを踏んで、セレクターをDに入れる。
アクセルをできる限りゆっくり踏む。前に動きそうだ。ブレーキを離すとゆっくりと前に進んだ。そのまま歩道を過ぎ、車道に入ったところでブレーキ。
ハンドルを右に切ってブレーキを離す。どれくらい回せばどの程度曲がるのか具合がわからない。やや速めにハンドルを切って途中まで曲がったところで大急ぎで戻す。何とかなった。
とりあえずこのまま、アクセルを踏まず、すぐにブレーキを踏めるような状態で走ってみよう。周囲は碁盤目状に区画された住宅地だから練習にはちょうどいい。
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