第一五章 難しい乗り物
第六五話 怪しい話し合い?
「私がこの世界になったと気づいた時には周囲に誰もいなかったな。誰もいない事で気づいたというか。
大学の研究室で泊まり込み作業をしていてさ。起きても静かなままで、時計を見たらもう一限始まる時間なのに誰もいなくて。
学内を探したら私でも転ばず乗れそうなスクータがあったんで何とかアパートまで乗って帰ってきたけれどさ。あまりの運転適性の無さに涙が出てくる状態。まあ元々自転車に乗れなかったし仕方ないけれど。
なんで実家に帰るとかもっと安全あるいは便利そうな場所へ逃げるとかは諦めて、ここでちまちま生活していた訳だ」
上野台さんの話を聞いて思う。確かにあの運転では遠出は無理だろうと。
「さっきの場所の魔物、あれは魔法で倒したんですか?」
そう言えばバガブが爆発していた。あれは確かに魔法以外に考えられない。
「そう。強制熱操作で体内を一気に加熱して水蒸気爆発させた。魔物が数多く出てくると魔力が足りなくなるけれど。
使える魔法とか強さとかはこんな感じ。参考まで」
こっちにスマホを置いた。
「見ていいんですか?」
「勿論」
西島さんと見てみる。
『上野台美佳の現状。レベル:一〇。総経験値:二三七。次のレベルまでの必要経験値:九。HP四一/四一。MP一九/三一。
使用可能魔法(使用回数):強制熱操作(一~六)。強制酸化(一~六)。簡易治療(六)。照明(一九)。察知(常時)』
「表示というか使っている言葉や魔法の名前が少し違います」
確かに西島さんが言う通りだ。
「どんな感じかな?」
見てもらった方が早いだろう。見られて問題が起こりそうな事は思いつかないし。
なので俺は自分のスマホをステータス表示にして上野台さんの方へ出す。
「見ていいのか?」
「問題になるような事はないと思いますから」
「ありがとう」
上野台さんは俺のスマホを右手で受け取って画面を確認する。
「なるほど、ステータスという表記なんだね。そして魔法の名称も違う。簡易治療と察知は同じ名称でおそらく同じ効果。照明はきっと灯火と同じ。
あとレベルが高いね。私が低めというのもあるけれどさ。意識して経験値を稼いでいるのかな、これは?」
今の俺達はレベル一八で、上野台さんがレベル一〇。ちなみに今朝のレポートで平均は一六・三。
だから上野台さんから見れば高いけれどそこまで高くはない。ただここで『そこまで高くない』というのは嫌みだろう。
結果、こんな返答になる。
「ええ、レベルが高い方が安全な気がしますから。ただレポートの最終目標歪み消失率とかはあまり気にしていないです。人間は魔物の一万分の一ですから、そう影響はしないと思うので」
「確かにね。あれは魔物対魔物で減らないと達成は無理じゃないかな。ただ一応達成可能な状態には設定してある気がする。確証はないけれど」
それは俺も同感だ。だから頷く。
「ただ私も本当はレベル上げをしておいた方がいいのだろう。今はまだ魔法で大体の魔物を倒せるけれどさ。レベルが上がると今のままでは倒せなかったり、魔力が続かない程大量の敵が出てきたりするかもしれないから。
ただ足がなあ……運動神経に自信が無くて。正直自転車にすら補助輪無しで乗れないんだ。
自動車の免許はそれでも一応取った。下手すぎて36時間オーバーしたけれど。そんなんだから正直運転に自信ない。これなら大丈夫だろうと思った三輪スクーターでも速度を出したら転びそうだし。
結局家に帰ってからはこのレストランとすぐ近くのコンビニくらいしか行っていない。あとは近くで魔物が発生した時くらいかな、出歩くの」
なるほど。移動手段が無いと確かにそうなるとは思う。
「ところで何で二人は拠点を決めずに旅をしているんだい? やっぱりレベル上げの為かな」
「そうです。同じ場所にずっといたらそのうち経験値を稼げなくなりそうだと思いましたから」
「確かにその不安なあるよな。此処は一応すぐそこが船台だから多分大丈夫だけれど。ただ私もここでこのまま三五日ずっと同じ生活で大丈夫かなんて思ったりするしさ。それに気分転換で遠出してみたいなんて事も思うし」
「なら今日は一緒に経験値稼ぎと、ついでに気分転換でホテル泊まりとかしませんか。三人ならば船台の中心に近い方まで行ってもそう危なくないと思います」
おっと、西島さんが積極的だ。
「いいのかい。私にとってみればありがたいけれど、二人のお邪魔にならないか」
「いてくれた方が安心です。それにこっちも一気に経験値を稼げると思います。田谷さんもそう思いますよね」
やっぱり西島さんが積極的だと思う。この世界で初めて出会う大人の女性で、安心出来るというのがあるのだろうか。性格は微妙に変わっている気がするけれどいい人ではありそうだし。
「ああ。こっちも違う戦法の人がいてくれると安心だ。それに船台の街はネット情報でしか知らないし」
「あと私の移動方法はあのスクーターだけれど大丈夫?」
「船台の街中方面へは歩きで向かった方がいいと思うんです。ある程度のところまではバイクで近づいて。歩きならすぐに戦闘態勢がとれますから。
あと折角遠くに来たので、少しだけ観光もしたいかなって」
そう言えば観光は全然していなかった。宿の部屋とか温泉とかは堪能はしたけれど、それ以外は。
「うーん、観光か。青葉城とか伊達政宗公像とかなら今でも行けるけれど、店関係は今は全滅かな。街中はのんびり観光するような状況じゃないと思うし。
あ、でも今だからこそ試したい事なんてのもあるかな」
「ならこれからの予定を、泊まる場所含めて相談しましょう。折角だから泊まるのも温泉がいいですよね」
出たな西島さんの温泉好き。
「温泉か、いいなあ。でも私の運転では正直あまり遠くは辛いかな」
「なら何処かに三人乗れるバイクなんて無いですかね……」
そんな無茶な。なんて思いつつ俺は二人の話し合いを観察する。
あとこのステーキ、美味しい。個人的にはこの世界になってから一番かもしれない。
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